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第二章 再会5

 ゆっくりと回復する意識。

 同時に穏やかな現実世界が視界に映り込んだ。彫刻が施された天井の梁に、自分の置かれた現状が理解できなかった。

「イテテ……」

 鞣革なめしがわで作られた三人掛けの高級ソファーの上で、トオルは痛む体を押さえながら上半身を起こした。

 ――ここは……どこだ?

 陽光が射し込む大きな窓と開放的なバルコニーが目に入った。そのお伽話に出てくるような景観に戸惑いながら、意識を失う直前の記憶を探る。

 ――確か、ジャゲに捕まったはずじゃなかったっけ?

 容赦なき袋叩き。その恐怖を思い出し、ブルっと身を震わせた。

 ――死んだわけじゃなさそうだけど

 冴えない思考力のまま、開いた両手の動きを確認していると

「お目覚めになられたようです。アガミさま」

 声のする方に顔を向ければ、立派な長机の向こう側に美しき女性と黒髭男がいた。

「お久しぶりね。トオルさん」

 わたくしのこと、覚えていらっしゃるかしら? と執務の手を止め、椅子にもたれて嬌笑する白き猫族獣人。忘れるはずがない。

 ワーゼル・セイ・クラヴェル。

 惑星ンカレッツアの配達中に単独事故を起こし、立ち往生しているところを助けてもらった恩人だ。本来ならば再会できたことを喜ぶところだが、『バブンメタル』密輸の片棒を担がされた事実を知った後では、素直に礼を述べられるはずがない。

 ――こんな綺麗な人が、何で僕や保子莉さんを陥れるような真似なんかしたんだ

 疑念を抱きながら、白猫を睨みつけていると

「新しく雇った当家の下人たちが、あなたを運んで来たのよ」

 下人? もしかして、ジャゲとビヂャのことを言っているのだろうか。だとすれば、この獣人女性の性格も相当捻くれているだろう。

「その顔から察するに、意外だと思われているようね」

 育ちの悪いあの二人と一緒にしないで欲しいものね。と、憫笑する獣人女性に対し、トオルは不愉快な面持ちをして尋ねた。

「失礼ですけど、ワーゼルさん……」

 ンカレッツア星で手渡した荷物の行方を訊こうとした途端、彼女の傍に立っていたウーヴに言葉を遮られた。

「以前、あなたに教えた『ワーゼル・セイ・クラヴェル』は世を欺くための偽名です」

 ――偽名? 僕は名前まで騙されていたのか?

 事務的な説明に言葉を失っていると、白き獣人がクスクスと笑った。

「わたくしはシーグレー・アガミ。星王シーグレー・アスタインの娘であり、次期継承者となる者よ」

 威光を笠にして権力を誇示する物言いと、人を見下す高圧的な態度。それは初めて出会った印象とは、まるで別人のものだった。同時に、関わってはいけない人物だと直感的に悟った。

 ――それでも密輸の真相を確かめて、保子莉さんの無実を晴らさなきゃ

 深みにはまる危険を恐れていると、アガミが金色の瞳を怪しく輝かせた。

「あなたに届けてもらった荷物のおかげで、大変楽しい思いをさせてもらっているわ」

 まるで手品のタネあかしでもするかのように核心に触れるアガミ。

ンカレッツアで預かった星例違反の荷物。それにより仕事を請け負った業者への罰則と保子莉が負った責任。そして、彼女の身分を知らされた。

 猫族52番惑星ナァーを統治するアスタイン星王の第二夫人の娘。

『シーグレー・ホズリ』こそが彼女だったのだ。


「保子莉さんって、もしかしてお嬢さまなの?」

 以前から言葉遣いと白髪の執事が気になって、一度だけ訊いたことがあった彼女の素性。だが、返ってきた言葉は

「単に田舎星の良いところの生まれに過ぎぬ。仮にじゃ、もし高貴なお嬢さまならば、仕事などしておらんし、第一そもそも性に合わん」

 と、笑い飛ばしていたのだ。


 ――お嬢さまどころか、お姫さまだったとは

 想像を飛び越えた彼女の地位。でも、だとしたら、なぜ彼女は密輸容疑という冤罪をこうむったのか。

 ――もしかして、跡目争い?

 シーグレー家の詳しい事情は分からない。だがエテルカは言っていた。近いうちに『星王即位式典』が行われると。しかもアガミ自身も『次期後継者』と名乗っているのだから間違いはないだろう。

 ――全て、この人が仕組んだことなのか

 保子莉を陥れるための画策。同時に自分も利用されていたことに気づかされ、主犯格であるアガミを恨めしく睨みつけた。

「ショックだったかしら?」

 当たり前だ。罠にはめられて喜ぶ奴など、どこの世界にいるものか。

「でも、わたくしから言わせてもらえば、あなたが世間に対してうとすぎるのよ。裏工作や根回し。それはあなたの星でも行われているはずよ。特に政治においてはね」

 数々の不正における隠蔽や情報操作。漫画や映画のような陰謀説を唱えるアガミに、トオルは憤りを感じた。

「そんなはずはない! 少なくとも僕の住んでいる日本ではありえない!」

「あなたが知らないだけよ。故郷の星に帰ったら、調べてごらんなさい」

 きっと面白いように隠れた真実が見えてくるから。と憫笑し

「もっとも、それ以前にそんな余裕があればの話だけれど」

 含み笑いをしながら隣に立つ黒髭男に顔を向けた時、コンコンと執務室の扉がノックされた。

「お入りなさい」

 アガミの入室許可の声に合わせ、アンティーク調の扉が開かれた。

「失礼します。キュートさまをお連れしました」

 頭を下げる獣人召使いの言葉に、トオルは眉をひそめた。

 ――キュート? 今、九斗って言わなかったか?

 いや、そんなはずはない。そもそも九斗はリーンに連れて行かれたのであって、こんなところにいるはずがないのだ。すると獣人召使いに続いて、非獣人の少年が執務室に入ってきた。

「用ってなんだよ。こっちはお姉ちゃんと遊んでんだから、急に呼びつけてくんなよな」

 仏頂面してボヤく少年に、トオルは言葉を失った。

 ――な、なんで……ぼ、僕が……この僕が……

 突如、現れたもうひとりの自分。その存在は、そっくりなんて生易しいものではなかった。背格好も同じ。顔も同じ。声も同じなのだ。強いて違いがあるとするならば、気の強そうな態度と喋り方くらいだろう。瓜二つ。生き写し。ドッペルゲンガー。その狐につままれたような現実に、次に出る言葉が思いつかなかった。

 もつれた糸のように混乱する思考。……が、深月の予知夢の話を思い出し、すぐにひとつの推論を導き出した。

 ――まさか、九斗は僕のクローンなのか?

 同時にひとりのマッドサイエンティストの存在が浮かび上がる。

 リーン・プロット。

 信じたくはないが、間違いなくあのクレハ星人が関わっているとみていいだろう。

 ――だけど、どうして……こんなに成長しているんだ?

 夏のキャンプで会った時はまだ幼い子供だった。それが、わずか数ヶ月足らずで自分と同じまでに成長しているのか。

 ――まさか、これもリーンの仕業か

 宇宙の医療技術をもってすれば、それも可能だろう。何しろ頭を失ったトオルの肉体から、数週間足らずで再生体を生み出したのだ。しかもリーンの場合、有機生命体を作り出す技術を持っているだけに、短期間で幼児を高校生まで促進させることは造作もないはず。

 ――だとしても元となる細胞は、いったい誰から?

 初めてリーンと九斗と会ったのは夏。ゆえに自分から胚細胞を摂取していたとは考えにくい上に、時間的に辻褄が合わないのだ。

「あれれ? 誰かと思ったら、トオルにいちゃんじゃん」

 トオルとの再会に、九斗は驚く風もなく言った。

「ほら、保子莉お姉ちゃん。いつまでもそんなところに居ないで、こっちにおいでよ」

 トオルにいちゃんが来てるんだからさ。と、扉の外へと出て行く九斗。

 ――保子莉お姉ちゃん? まさか保子莉さんも一緒なのか?

 予想だにしなかった九斗との再会に続き、安否を気にかけていた彼女までがいたとは。

「どう? ご自身と対面した気分は?」

 振り向けば、アガミが意味ありげに笑っていた。倫理観が狂った状況なのに、何がそんなに面白いのだろうか。

「リーンか?」

 前置きなくマッドサイエンティストの所在を尋ねた。もし、この星のどこかにいるならば、直接、問い詰めたかった。が、しかし……

「そうよ。でも残念だけど、あの子はここにはいないわ」

「なら、どこにいるか教えろ!」

 らしからぬ命令口調。相手が偉い地位に就いていようが、この際もう関係なかった。

「教えたいところだけど、わたくしも知らないのよ」

 肩をすくめて、おどけてみせるアガミ。美しい獣人だけに、何もかもが鼻について気に食わなかった。

「ところでリーンから聞かされたんだけれども、九斗の元となる細胞は、もうひとりのあなたから採取したそうだけれど、本当なの?」

 ――もうひとりの僕だって? それって、まさか……

 トオルの知る限り、自分と同じDNAを持つ者はひとりしかいない。再生体だ。ダストホールに閉じ込められた再生体を、リーンは救済し、保護したと言っていた。あとは考えるまでもなく簡単なことだ。つまり再生体の細胞から九斗を生み出したのだ。

 ――命を何だと思っているんだ、あいつは

 分別なく生命の複製を生み出すマッドサイエンティストに怒りを感じていると

「もしかして、あなた、知らなかったのかしら? だとしたら、とんだお笑いぐさね」

 本人の知らないところで、クローニングされてるんだから無理もないわね。と高笑うアガミ。こめかみがブチ切れそうなくらい不快な気分だった。自我をも見失いかねないほど自分そっくりな存在と対面し、どこに怒りをぶつけていいのか分からないでいるのに、まるで喜劇でも観るかのように笑うアガミがいるのだ。

 ――この人の感覚は狂ってる

 トオルにとって、それは歪んだ狂気としか言いようがなかった。

 だが、それだけで終わらなかった。

「ほらほら、早く早く。トオルにいちゃんが来てるんだから、早くおいでよ」

 廊下へと繋がる赤い紐縄をグイグイ引っ張る九斗に眼を向ければ

「ほら、恥ずかしがってないで、早く入って来なよ」

 ピンっと張った紐縄をグイッと乱暴に引いた途端、部屋の中に赤い首輪をした黒い獣が転げ入ってきた。

「もう、意地なんか張ってるから転ぶんだよ」

 笑顔で獣をたしなめる九斗に、トオルの表情が凍りついた。

 黒い毛に覆われた大きな猫。長い尻尾と灰色に萎れ掠れた右の猫耳に、トオルは我が目を疑った。

「ほ、保子莉……さ……ん?」

 すると黒猫の翡翠色の瞳がトオルを捉え……すぐに顔を背け、両腕で自身の体を隠して肩を震わせた。

 裸同然の獣姿を恥じているのか。それとも首輪をされた自身の姿を哀れんでいるのか。どちらにしても保子莉を侮辱したことが許せず……気づけば怒声を発していた。

「ふざけんなっ! このやろうっ!」

 九斗に飛びかかり、押し倒すや否や馬乗りになって両拳を顔面に叩き込んだ。

 保子莉さんを、こんな風にしやがって!

 保子莉さんに、首輪なんかしやがって!

 保子莉さんは、お前のペットじゃねぇんだよっ!

 もう頭の中がグチャグチャになっていた。怒り任せに何度も何度も九斗の顔を殴り続け、ついには……

 ――殺してやるっ!

 我を忘れ、本気で九斗の頸動脈を締めあげた。対し、九斗も必死の形相でトオルの両手首を掴み抗う。鬱血していく九斗の顔面。それでもトオルは躊躇なく両手に殺意を込めた。自分と同じ顔を持つ相手が、彼女に非人道的な扱いをしたのだ。殺したところで誰も文句は言わないだろう。だが……

「トオルっ! もう良いっ!」

 気づけば、背中から黒猫と化した保子莉の細い両腕が、トオルを抱きかかえていた。

 ――保子莉さん?

「お願いじゃから……お願いじゃから、もうやめてくれ」

 背中越しで懇願する彼女に対し、トオルは声を荒げた。

「何でだよっ! こいつに非道いことされているのに、何で庇うんだよっ!」

「それでもダメじゃ……。トオルが、そんなことをしてはダメなのじゃ。わらわのために人を殺めてはならんのじゃ」

 泣訴する彼女に、殺意が揺いだ。

 ――でも……それでも、こいつだけは許せない……

 それなのに彼女の説得を聞いた途端、両手から力が抜けていく。

「くそっ! くそっ! くそぉぉっ!」

 どんなに頑張って力んでも、もう九斗の首を締め上げられなかった。

 ――チクショー! どうして僕はこんなに弱いんだよっ!

 貫き通せない意思を歯痒く思い、両手を緩めた途端

「カッコ悪いなぁ、トオルにいちゃん」

 見下ろせば、九斗が咳き込みながらヘラヘラと嘲笑っていた。同時に鼻っぱしに九斗の拳が飛んできた。鼻の骨が折れるような激痛に堪えきれず前屈みになった途端、今度は左フックが右のこめかみに食い込み、続けざまに強烈な右フックが左顎に伝う。その連打に脳みそが揺さぶられ、グラっと目の前の世界が揺れた。

 ――くそっ!

 床に倒れ、定まらない眼球と共に思考がブレ、鼻の奥から気管を伝ってくる血の味に咽せ返った。

「……ったくよ。ぼくをコロスつもりかよ!」

 顔を上げる暇もなく、九斗に脇腹を蹴り上げられた。

「お前なんか、もうにいちゃんでも何でもねぇや!」

 悪罵しながらトオルを足蹴にし、腹部や脚を散々蹴りあげ、ガンッとトオルの頭部を踏みつける九斗。形勢逆転。だが、それでもトオルの怒りは収まらなかった。

 ――こっちこそ、願い下げだ

 背を丸め、うずくまったまま呻いていると

「もしかしてトオルにいちゃんってさぁ、保子莉お姉ちゃんのことが好きなの?」

 頭の上から降ってきた不躾な問い。悟られたくなかった恋心。それを軽々しく口にする九斗に対し、はらわたが煮えくりかえった。と、そこへ……

「いい加減にせい!」

 黒猫に押し退けられた九斗の足がトオルの頭から離れた。

 ――保子莉さん……

 打撲により熱を帯びた顔を持ち上げれば、トオルを背にして九斗の前に立ちはだかる黒猫の背中が見えた。

「もう充分じゃろ!」

 尻尾を逆立てて訴える保子莉に、九斗が意地の悪い笑みを浮かべた。

「まだ全然足りないよ。って、言ったら?」

「わらわが、トオルの代わりとなって相手になるまでじゃ」

 そう言って両指の爪を伸ばして威嚇の声を忍ばす黒猫だったが

「ホズリさま。弟ノーグァさまのためにも、軽率な行動は慎んだ方がよろしいかと」

 穏やかに忠告する傍観者ウーヴに、黒猫の尻尾が硬直した。

 ――弟だって?

 初めて耳にする弟の存在。彼女から知らされていなかった姉弟関係に驚いていると、アガミが机に両肘をつき組んだ両手の甲に細い顎を乗せて微笑んだ。

「そうよ、ホズリ。弟を生かすも殺すも、あなたの行い次第よ」

 ――弟を殺す?

 朧げながら見えてきた事の起こり。何らかしらの取引材料として彼女の弟を人質にしているのだろう。すると、そのことを示し合わすかのように黒猫が怒声を上げた。

「幼きノーグァを薬物中毒にさせただけでは飽き足らず、トオルまで毒牙にかける必要はなかろうっ!」

「人聞きの悪いことを言わないで欲しいわね」

 私はただ興を添えただけじゃない。と、冷笑する白猫獣人。その酷薄な物言いに、トオルはアガミの本性を垣間見た気がした。

 ――保子莉さんの弟を人質にして、平然と笑っていられるこの人は相当ヤバいかもしれない

 きっと逆らえない状況へと追いやり、さらにその立場を利用して彼女を黒猫に変えた挙句、その身を九斗に委ねたに違いない。

「玉座を狙うがために人を陥れておいて、何が興じゃ! 人をダシにして馬鹿にするのもいい加減にせい!」

「口が過ぎるわよ、ホズリ。そう……あなたがそのような反抗的な態度を取るなら、わたくしにも考えがあるわ」

 肩を震わせて爪先に怒りを灯す保子莉に対し、アガミは側に立つ黒髭執事に命令する。

「ウーヴ。例の物を用意して」

「かしこまりました」

 ウーヴは戸棚の引き出しから白い携帯電話のような物を取り出すと、拳銃のような形へと変形トランスフォームさせた。

 ――あれは……確か……

 見覚えのある形。保子莉が所持している携帯電話とそっくりな端末機器。間違いなければ、記憶改変機能をかねる宇宙端末だ。

「そんな物で、いったい何をするつもりじゃ?」

「殺すわけじゃないんだから、そんな怖い目をして人のことを睨むんじゃなくてよ」

 アガミはわざとらしくおどけてみせると、九斗に目を向けた。

「先程、ウーヴに面白い記憶プログラムを組むように頼んでおいたの」

「あとは、キュートさまが引き金を引くだけとなっております」

 ウーヴは九斗に拳銃型端末を手渡すと、床に這うトオルに目を向けた。

「使い方は対象者の頭部に向けるだけです」

「これを使うと、トオルにいちゃんはどうなるの? 記憶が消えちゃうの?」

 それはちょっとイヤだなぁ。と、九斗が残念な表情を浮かべると

「記憶は消しません。ちょっとしたイタズラをするだけですので、ご安心を」

 すると九斗は子供っぽい笑顔を浮かべて、トオルを見やった。

「よく分かんないけど……でも、面白そうだね」

 冗談じゃない。記憶操作などをすれば、ろくなことにはならないのは目に見えている。

「……やめろ、九斗」

 フラつく足腰でもって片膝を立て、乱れる呼吸で制止した途端、九斗に顔面を蹴られ、再び床に伏せられた。

「うるさいなぁ。ぼくがしたいんだから、好きにさせてよ」

 ――もしかして、中身が子供の頃と変わってないのか?

 捕まえた虫の羽や足を平気な顔をしてもげる精神年齢に気づかされ、イタズラっ子のように笑う自分の顔にゾッとした。

「違うぞ……九斗。ちゃんと周りを見極めないとダメだ」

 結論を急ぐあまり、自分で何を言っているのか分からなかった。大人になれ。本当はその一言で良かったはずなのだ。が……

「うるさいよ、トオルにいちゃん」

 キツイ蹴りを頭に一発、脇腹に二発喰らい……そして髪を掴み上げられ、拳銃型の端末機を額に突きつけられた。

「九斗! お願いじゃから、やめてくれ!」

 腫れ上がった瞼の向こう側で、ウーヴに取り押さえられた黒猫が泣き叫んでいた。

 ――頼む……頼むからこれ以上、保子莉さんを泣かすような真似をしないでくれ

 彼女の悲痛な訴えに、怒りと悲しみが交錯し、胸がえぐられるほど痛かった。何とかして彼女を解放してあげたかった。だが誰一人として止める者はおらず、アガミと九斗が残酷な笑みをこぼすだけだった。

「どうなるのか楽しみだね。トオルにいちゃん」

「やめろ……」

 痛みで内臓が悲鳴を上げる脇腹を押さえて訴えるトオルに、九斗が冷笑する。

「イヤだね」

 眼前で強い閃光が放たれ、同時に頭がグラっと揺らいだ。

「トオルぅぅぅうっ!」

 霞んでゆく視界の中で黒猫が手を伸ばし、泣き崩れていた。

 ――保子莉……さ…………ん…………

 急激に襲ってきた眠気と薄れていく意識に逆らえないまま、トオルは力を失った。

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