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プロローグ

「それは誠か?」

 冬空の下。

 利用者のいないキャンプ場に住まう大男の問いに、少女が白い息を吐いた。

「やっぱり、あなたには伝えてなかったんだね」

 とりあえず座ろうよ。と焚き火の前に横たわる丸太に腰掛ける少女に、大男も険しい顔をして彼女の隣に座った。

「それで兄者は、いつ頃旅立ったのだ?」

「三日前から連絡がつかないから、多分、その頃からだと思う」

 そう言って少女はダウンジャケットのポケットからスマートフォンを出して渡した。大男は黙って、その画面に映るメッセージを見つめ……そして顔をしかめた。

『行ってくる』

 それを最後に、彼との連絡は途絶えてしまったと少女が付け加える。

「電話を掛けても繋がらないし、メールをしても返信もないの」

「ちょっと、まってくれ。拙者のほうでも確認する」

 大男はスマートフォンを少女に返すと、テントに入って自分の端末を持ち出してきた。外惑星の配達仕事で使用していた宇宙端末機。これならば連絡が取れるはずだった。だが……

「ダメだ。繋がりはするが応答がない」

「そう……」

 期待を削がれた少女は、パチパチと爆ぜる火に視線を落とした。

「それで……どうするの?」

 暗い表情を忍ばせ、口元を引き締めたまま返事を待つ少女に、大男は黙っていた。

 燃え盛る炎と立ち昇る煙。周囲を見渡せば、夏の頃の面影はなく、ほとんどの木々は紅葉を終えて葉を落としていた。

「ここも、すっかり冬景色になっちゃったね」

 と唐突に沈黙を破る少女。心なしか声に張りがない。数週間毎に大男の許へと通っていた頃の少女はいつも元気だった。だが、今日はまるでお通夜のように沈んだ表情をしている。

「ミヅキ。もしかして拙者に隠し事をしてはいないか?」

 すると少女は身を硬直させ、沈鬱な表情を隠すように顔を伏せた。

「もし……もし、わたしが行かないで。って、言っても……あなたは宇宙に行っちゃうんだよね?」

 大男の問いに、質問で受け答えする少女。その曖昧な返しに「当然だ」と、大男は灰色の雲に覆われた冬空を見上げた。

「兄者ひとりでは、危険な場所だからな」

 そのためには拙者も同行して力を貸すことは惜しまないつもりだ。と決意を口にする。

「そう。……そうだよね」と少女は嘆息する。大男の性格を考えれば分かりきった答えだった。

「じゃあ、約束して」

 少女は顔を上げて、大男の瞳を見つめた。

「必ず、地球ここへ……いえ……」

 と涙ぐむ声を押さえて首を横に振り……語気を強める。

「必ず、わたしのところへ帰ってくると約束して」

 予知夢の力を持つ少女の哀しげな表情に、大男は己の運命を悟った。もし彼女の能力が本物ならば、自分は死ぬ運命にあるのだろう。口では語らずとも、少女の涙溢れる瞳が如実にそれを物語っていた。

 この世に愛する者をひとり残すことに一瞬だけ躊躇する大男。だが、血を分けた兄弟を放っておくわけにもいかないのだ。

「約束しよう」

 意を決し、重く言葉を絞り出す大男に、少女は鼻をひとすすりして右小指をグッと突き出した。

「じゃあ、指切りげんまん」

 促されるまま大男が小指を出すと、少女が小指が絡ませた。

「これは日本に伝わる約束の儀式だよ」

 そう言って少女は歌い始めた。

「嘘ついたら針千本飲ーます。指切った」

 そう言って指を離し、微笑んだ。

「面白い風習だな」と、大男が歌の内容に感心していると、少女が大男に抱きついた。

「約束したんだから、必ず戻ってきてね」

 堰を切ったように泣き始める少女。大男は嗚咽する少女の肩を優しく抱き寄せ

「安心しろ。何があっても拙者は死ぬことはない」

 運命は切り開くものだ。と、大男は少女の頭を優しく撫で続けた。



「無事に保子莉お姉さまの星に着いたかなぁ?」

 ツインテールに髪を結わえた少女が、自室のベランダから冬空を見上げていた。

 大好きな兄が宇宙へ旅立ってから、すでに三日。

『芝山田君と旅行に行ってきます。五日ほどで帰ってきます』

 両親宛てに書き置きを残し、家を出ていった兄。

「正月までには戻るつもりだから」と、妹だけには本当のことを告げていた。いつになく真剣な表情。もちろん妹も宇宙がどれだけ危険な場所なのかよく知っていた。だが、それでも兄の決意は固く、少女も止める気はなかった。

 危険を承知で、好きな女性を迎えにいく兄。

 それは幼少期の頃から憧れていた物語だった。

 愛する姫を魔の手から救おうと、困難に立ち向かう王子さま。

 兄がしようとしているのは、正にそれだったからだ。

「必ず、保子莉さんを連れて戻ってくる」

 そう言って宇宙へと旅立った兄を想い

「神さま。どうか、トオルにぃが保子莉お姉さまに逢えるようお願いします」

 と少女は目を瞑り、両手を握り合わせて宇宙そらに祈りを捧げた。

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