第1部 ~ここ、一体どこ?~ 第2話 弱肉強食の世界
「ここまで歩いた道を戻るのもアレだし、このまま進んでみるか」
薫は来た道をこのまま進む事にした。
飢え死にする心配は無いが、集落が見つからなければ野宿する事になるだろう。
その予感は的中し、異世界に来て最初の夜を野宿して過ごすこととなった。
「今頃、後輩の連中は俺が行方不明になって心配してるかな?」
どうせ駅のホームでそのまま寝て、風邪をひいて寝込んでいるとでも思っているに違いない。
月明かりをぼんやりと眺めていると、どこか遠くの方から狼らしき獣の遠吠えが聞こえた。
「こっちの世界にも狼が居るのか・・・って、ちょっと待て。 身を隠せる場所がどこにも無いぞ!」
周囲によじ登れる様な木も無く、川の中で一晩中過ごす真似も出来ない。
徐々に近づく気配を感じながら、頭をフル回転させる。
すると、ここで名案が浮かんだ!
「そうだ、水に結界の効果を付与すれば良いんだ!」
早速、ペットボトルを取り出して思い描く。
(このペットボトルから、半径10m以内には誰も入ることが出来ない)
味よりも効果の方が最優先、すぐに足元に置くと1匹の白い狼が姿を現した。
グルルル・・・。
口元からヨダレを垂らして、ゆっくりと近づく白狼。
薄闇の影響なのか、かなりやせ細っている様にも見えた。
(それ以上来るなよ、来るな!)
そして残り10mほどまで近づくと、透明な壁に阻まれる様に狼はそれ以上薫に近づくことが出来なくなった。
何度も体当たりして壁を通り抜けようと試みる狼、しかしその壁を破ることは結局出来なかった・・・。
翌朝いつの間にか寝ていた薫が目覚めると、昨晩の狼がまだこの場に残り座っていた。
昨晩のは見間違いではなく、かなりやせ細って衰弱している。
可哀相に思えたが、その為にこの狼のエサになるのだけはゴメンだ。
心を鬼にして狼が諦めて立ち去るのを待つことを選ぼうとしたその時、狼の足元に横たわる小さな丸い塊に気がついた。
それはまだ小さい狼の子供だった、そして昨晩何度も結界に体当たりしていたのが母親の狼だったのだ。
放っておけば、この2匹はいずれ餓死して通れる様になる。
けれどこの時の薫はそれを黙って見ている事は出来なかった。
ペットボトルを取り出して、3本複製する。
その内の1本にある効果を付与して飲むと、薫は母狼に話しかけた。
『俺を襲わないと約束してくれるのなら、子供も一緒に助けよう』
『私はどうなっても構いません、この子だけでも救ってください』
薫は目の前の狼と会話出来る力を付与したのだ。
残る2本に充分な栄養を付与すると、子供には母乳の母狼には牛乳の味を加えて与えた。
子狼は1本を飲み干し、母狼はもう1本追加して2本飲みきった。
空腹から解放された狼の母仔を見て安心した薫は、その場を立ち去ろうとした。
すると、母狼がこう言ってきた。
『我らの主として仕えさせてください』
聞くとこの親子は魔物に住みかを追われ、ここまで流れ着いたらしい。
積極的に人を襲う事はしないが、空腹に耐えかねて薫で飢えを満たそうとした。
『我らの命を救ってくださった恩、守護狼の末裔の誇りにかけて返させてほしいのです』
『守護狼?』
守護狼とはここから遠く離れた場所にある、聖地を守ってきた狼の一族のことで彼女達はその末裔である。
主と選んだ者に忠誠を尽くし、最後までそばに寄り添うのだという。
『まあ言っている事はもっともらしいが・・・実のところ本音は?』
『夜、見張りをしますので食料を分けて下さい』
やっぱりか、尻尾をフリフリしながら言うセリフじゃなかったからな。
でも旅の道連れが出来たと思えば、それも悪くはないか。
『分かったよ、一緒に行こう。 でも夜は結界を張れるから、見張りの心配しなくて良いから子供と一緒に寝ればいい』
『本当ですか!?』
親子そろって尻尾を振り喜んでいる。
頭を撫でてやると、その手に頬ずりまでしてくるのだから現金なものだ。
『そうなると、2匹には名前をつけるべきだよな』
『呼びやすい名で構いません、それが主従の証となります』
どんな名前にするべきか悩む。
あれこれ考えたあげく、結局見た目で決めてしまうのだった。
『決めた、お前の名前はユキ。 そして子供の名前はコユキにしよう!』
子供の狼もメスだそうだし、安直な名だがこれで良いだろう。
『ユキ、コユキ。 ありがとうございます、この名前大切に使わせていただきます』
ていねいに頭を下げる狼の親子、こうして2匹は薫のお供となった。
『ところで、主の名をまだ聞いておりませんでした。 よろしければ教えていただけませんか?』
そういえば、まだ名前を教えていなかったな。
薬袋 薫だと教えるとユキが
『それでは今後、カオル様と呼ばせていただきます』
『カオル、カオル』
子狼からは呼び捨てにされているが、まあ可愛いから許す。
白狼の親子と歩き始めてから2日目の夕方、ようやく山のふもとにある小さな集落にたどり着いた。
第六なんちゃらが別の世界に旅立って以降、世界のあちこちで争いが起き100年以上が過ぎた。
そして多くの死者を出し、その間に多くの町や村が姿を消した・・・。
争いから奇跡的に巻き込まれずにすんだこの村の名は、ウッドリーフ。
人口わずか60人あまりの、村と呼べるかすら怪しい集落である。
「こんなへんぴな場所に人が訪れるのは何年ぶりだ? 一体、どこから来た?」
狼の親子を連れたあやしい男を見ても驚く様子もなく、村人が薫にたずねてきた。
「出稼ぎに都へ向かっていたが、途中で俺1人置いてかれてしまってな。 この白狼の親子は途中で飯を分け与えたら、こうして一緒に付いてくる様になったのさ」
「へぇ、狼が人に懐くとはね・・・。 これは金になりそうだ」
「今、何か言ったか?」
「いや、ただの独り言だ。 だが、もうじき日も暮れる。 村はずれに空き家があるから、そこで今晩は休むといい」
あまりにも都合の良い話だが、断る理由も無い。
薫はその村人の申し出を快諾した。
そしてその日の晩、事件は起きた。
『カオル様、カオル様!』
ユキに何度も鼻で顔を押されて、薫は目が覚めた。
窓の外を鼻で指すので見てみると、空き家の周囲をたいまつが囲んでいる。
「な、なんだこれ!?」
『どうやら、この村は訪れた旅人を襲い金品を奪うことで生計を立てている様ですね』
そこまでしないと暮らしていけない時代、この弱肉強食の世界でどんな変化を与えることが出来るのだろうか?
薫は自信を失いそうになったが、まずはこの危機から逃れなければならない。
この状況を打破する為、薫は袋の中からペットボトルを取り出すのだった。