第1部 ~ここ、一体どこ?~ 第1話 炭酸水1本で放り出された世界
「大将、ビールおかわり~なのじゃ!」
「俺は大将じゃないっての! それから、ここは居薬屋で酒場じゃないんだぞ」
「固い事は抜きだ、このビールとやらはエールと違い酔わない上に身体にも良い。 じゃから毎日飲みに来るのじゃ」
「そんな調子だから、毎日勇者にコテンパンにされてここに来る羽目になるんだよ。 魔王様」
いつ頃から、毎日魔王が薬(?)を飲みに来る様になったのだろう?
居薬屋 薬袋の店主、薬袋 薫はこの4畳半の小さな店を開くキッカケとなった少し前の出来事を思い返していた。
「・・・・う~ん。 あれ、ここは一体どこだ?」
朝日で目が覚めた薫が周囲を見渡すと、見た事も無い景色が広がっていた。
(たしか昨夜同僚と居酒屋で遅くまで酒を飲んで、それからコンビニで炭酸水を1本買ったところまでは覚えているのだが・・・)
目の前の岩の上に座ると、背広のポケットからスマホを取り出し画面を見ると圏外だった。
近くでは小川が流れている。
どうやら酔ったまま電車に乗って、ど田舎まで来てしまったのかもしれない。
とりあえず電波の届く場所まで移動しようと川沿いの道を歩いてみる事にした。
無断欠勤でクビにでもなったらシャレにならない。
しかし2時間ほど歩いてみたが、電波のアンテナが立つ事も集落を見つける事も出来なかった。
(さすがに変だぞ、これだけ歩いて舗装された道1つ見えないなんて!?)
日差しが徐々に強くなってきたので、木陰に入り一休みする。
持っていた炭酸水の封を開けようとした時、突然スマホが鳴り出した!
「うわっびっくりした! 微妙に電波が届く場所なのか、ここ?」
しかしスマホの画面を見ても圏外のまま。
薫がおそるおそる電話に出ると、聞き覚えの無い男の声が話しかけてきた。
『無事に転移出来たみたいだな。 しかし本当に何も持たずに、そちらの世界に来て良かったのか?』
(転移? そちらの世界? 何を言っているんだ、こいつ)
状況がつかめないので、事情を知っている男に聞いてみる。
「昨晩泥酔していてよく覚えていないんだが、この状況になっているのはお前が原因か?」
『お前が原因かだなんてひどいな。 昨晩、駅のホームで横になっていた君にちゃんと説明した筈だが?』
説明? そういえば終電に乗り遅れて、ホームのベンチでそのまま寝ようとしてた気が・・・。
そして誰かに話しかけられたのをようやく思い出した、駅員と勘違いしてたがこいつだったのか。
男は自身を神だと名乗った。
寝言は寝ている間に言えと即答すると、頭上に弱い雷を落とされ危うく死にかけた。
『これで私が神だと信じてくれるか?』
「あ、ああ。 神様、信じなくてすいませんでした!」
『分かればよろしい』
この神様の名前はサモンと言い、こちらの世界に新しい何かをもたらしてくれそうな人物を召喚するのが役目だそうだ。
数百年前にも1度俺と同じ世界の人間を召喚したところ、その人間は予想以上の成果を成し遂げた。
それは・・・。
『この世界を制覇してしまったのだ』
「世界制覇!?」
一体、どんな事をすれば世界を1つにする事が出来るんだ?
しかも、サモンの説明を聞くとその人は自ら魔王を名乗ったらしい。
『第六なんとかって魔王を名乗ってな。 それまで魔族を支配していた魔王を討ち滅ぼすと、支配下に置いた魔族を率いて世界制覇に乗り出した』
もしかして、もしかしなくてもあの方に違いない。
『1000人の魔族を3列に並べ、魔法を放つ列・詠唱を済ませておく列・ポーションを飲んで回復する列に分けた事で絶え間ない魔法攻撃術を編み出した。 その発想のお陰か、わずか10年で世界はその男の物となった・・・』
その後も次々と改革と呼ぶに相応しい偉業を成し遂げたそうで・・・。
『全ての関所を通る際の通行税を廃止して、物流を発展させた。 また身分や貴賎に関係なく優れた人材を見つけ出し、芸術や文化の面でも著しい発展に貢献する』
「その魔王の最後を教えてくれないか?」
家臣の謀反でこの世を去った事になっていた人物の最後がどうしても気になった。
『最後というか、世界を渡る力を自身で身に付けてしまってな。 制止する者たちを振り切って、自ら他の世界に旅立っていってしまったよ。 その後、どうなったかは分からない』
らしいといえば、らしい去り方なのかもしれない。
やる事をやってしまえば、新たな発見を探しに別の世界へ旅立ってしまう。
(貪欲に我がままに生きて、最後はきっと満足して死んだに違いない)
前の人物が偉大過ぎる所為で、薫にはそれと同じことが出来るとは思えなかった。
「俺も同じ様に世界征服すれば良いのか?」
『いや、適当に生きてくれればそれで構わない』
サモンは大雑把すぎる事を言い出した!
『結局統一された世界も、魔王が去ってしまった後は後継者争いで幾つもの国に分かれてしまった。 人族や魔族もまた互いに憎しみ合う様になり、様々な魔物も増えている。 しかし君が何気なく生活するだけでも、この世界の思想等に何かしらの影響を与えてくれる。 だから君には普段通りのまま生活して欲しい』
やれやれ、想像以上にややこしい世界に来てしまったみたいだ。
サモンの言う事から推察するとこの世界では、人族同士や魔族だけでなく魔物とも戦う可能性が高い。
そんな世界に炭酸水1本だけで来たのは、どうみても自殺行為だろう。
「俺が悪かった、どう考えても炭酸水1本じゃ数日もしないで死ぬ未来しか思い浮かばない。 何か助けになる物をくれないか?」
『ちなみに何が必要なんだ?』
「まずは水だ、今持っているペットボトル1本では無謀すぎる。 あとは餓死せずに栄養が取れる方法を手に入れたい。 この世界の法はどんな物か知らないが、他人の物を奪わずに済む方法がベストだな」
電話の先で何やら考え込んでいる様子がうかがえた、適当に生きるにしても最低限それくらいは保障してもらわないとな。
『君の望むレベルの水質の水が分からないので、とりあえずその持っていったペットボトルの数を増やせる能力を与えれば良いか?』
ペットボトルの数を増やす?
どうやって増やすというのだろうか?
すると突然スマホのスピーカーから、キーンと甲高い音が鳴り響いた!
思わず耳をふさぐと、脳裏に【複製】の言葉が焼きついた。
『まずは複製というスキルを授けよう。 目の前にある物であれば好きなだけ数を増やせるが、複製出来る対象は非生物に限られる。 次は餓死せずに栄養が取れる方法だったな、少し待ってくれ今用意する』
しばらくしてやはりスマホから甲高い音が鳴り響くと、今度は【付与】の言葉が焼きついた。
『栄養を簡単に摂取する方法を思いつく事が出来なかったので、君に付与というスキルを授けることにする。 付与は対象に望む効果を与えるもので、君の炭酸水に必要な栄養を付与すれば餓死する心配は無くなる筈だ』
(何、その便利スキル!?)
薫は2つのスキルを試してみる事にした。
まずはペットボトルを5本に増やし、1回の食事で必要な栄養を付与してみる。
見た目では判断出来ないが、複製が問題なく使えたので栄養も付与されている筈だ。
しかし、味のしない炭酸水を毎回飲んでいたら飽きそうに思えた。
「味のまったくしない水を飲み続けるのもアレだな」
『それならば、それに味を付与すれば良いのではないか? 舌の味覚に効果を与えるものだから、付与出来る筈だ』
それは盲点だ!
薫はさっき栄養を付与した炭酸水にエナジードリンクの味を付与する。
ゴクゴクゴク・・・。
栄養が身体のすみずみまで行き渡る感覚だけでなく、何故か眠気まで覚めてしまった。
『それはきっと、君がイメージした物の効果も無意識に付与してしまった結果だろう。 これだけ有れば、その世界で生きてゆけるか?』
「ああ、大丈夫だ。 そういえば、この複製で増やしたペットボトルを捨てられる袋とかない?」
複製で増やせるのはありがたいが、分解出来ないプラスチックゴミを増やすのは頭を悩ませる問題だ。
せめて、この世界の環境だけでも守るのが筋ではないか?
そんな薫の願いが届いたのか、サモンは1つの大きな袋を転送させてきた。
「これは?」
『それは収納兼不用品回収袋だ。 その袋に入る物で必要だと思う物は保管されて、不要に思った物は回収され処理される。 保管された物は入れた時のままだから、ペットボトルを入れておけば劣化する心配も無い』
これでプラスチックゴミを出さずに済む、しかも保管しておく事も出来るなんて最高だ!
それから少しの間、薫はサモンから色々と聞き出した。
最初言葉の壁を心配していたが、薫が寝ている間にこちらの世界の言語や文字を脳に焼きつけてあったそうだ。
何でもかんでも脳に焼きつけるとは、とんでもない神様である。
また現在居る国の名前はサンキタン王国といって、比較的な穏やかな人達が住んでいるそうだ。
しかし亜人(獣人・魔族などのハーフ)を蔑視する風潮もあり、人族以外には住みづらい土地柄らしい。
『出来るだけ過ごし易い場所を選んだつもりだが、合わない様なら別の場所に移り住むのが良いだろう。 あと町や村にある教会の中でならそのスマホを通じて会話出来る様にしておく。 相談したい事があれば遠慮なく聞くが良い』
その言葉を最後に通話が切れた。
そして新たな世界での第一歩を踏み出そうとした時、薫はもっとも大事なことに気がついた!
「この世界の地図をもらうの忘れてた! ここは一体、どこなんだ!?」
今まで来た道を引き返すか、それともそのまま進むべきか。
薫の脳裏に最初の選択肢が現れていた・・・。