異世界転移
なろう系小説では当たり前である異世界転移。手軽な導入、伏線を仕込める余地、物語を進めるうえで相棒やヒロイン役を主人公にあてがうシーンの描写、いろいろな役割を持たせられるパーツであるこのシチュエーション。考えれば考えるほどにご都合主義であると批判が絶えないものであるが、便利さと同じくらい批判される理由もある。
「異世界転移」という単語は小説家になろうにおいて、まず現代に生きる主人公がタイムスリップのごとく中世ヨーロッパ風異世界になんらかの理由で移動してしまうことを指す。肉体を喪失し魂だけの転移をするものは異世界転生モノと呼ばれ、これが過去への転移ならば逆行転生、未来に転移すればSFと呼ばれるジャンルになる。
物語になるのはほんの一部の幸運な主人公だけ、というのはいつか述べた言葉だと思うが、この異世界転移に関しては幸運というには生ぬるい数の死体が積み上げられているものだと思う。
異世界に突然移動したとき、その異世界はヒトが生存するに適した環境なのだろうか。同じ世界であってもヒトが生きることができる環境というのはとても狭いものなのに、それが異世界となったら・・・と。
転移先の場所はいろんなシチュエーションが考えられる。転移した先がどういう環境なのか全くのランダムであるとするなら、宇宙空間に飛び出した状態で転移する確率が最も高い。宇宙は広く、人の想像力より広く、なお広い。
ごくごくわずかな幸運によってどこかの星に転移できたとしても、月や火星のように大気・空気がないかもしれない。またその空気があったところで水素やヘリウム、はたまたアルゴンでできた星かもしれない。
次の数字は調べてすぐに出てきたものであるが、地球の大気は主に窒素78%、酸素21%、アルゴン0.9%、二酸化炭素0.03%で構成されている。これが例えば二酸化炭素の濃度が0.05%で吐き気やめまいを起こし、4%になるだけで人は死ぬ。
大気の組成だけでこれなら今度は大気圧は?雨が降る度に憂鬱になる人種というのがいる。残念ながら自分は雨を浴びるほど好きなので体感はできないが、これは気圧が下がることにより「わずかな体調不良を起こしている」という話がある。たかだか1000hPaから990hPaに下がっただけなのに、である。
もちろん、こんなわずかな差でなくとも、気圧によってはヒトは自分の体温によって血を沸騰させ気化させてしまう。常温25度の状態でも真空に近づいていけば水は沸騰し、その気化熱で自らを凍らせてしまう。低くなくとも今度は高ければ、空気中の窒素が血中に急激に溶け込み体は機能不全を起こし、死に至る。
今度は気温を考える。ヒトの平熱は36℃程度だといわれるが、風邪やインフルエンザで熱を出したとき、38℃、40度まで体温が上がることがあるかもしれない。より重篤な場合は41℃、42℃まで上がることがある。ところで人間の体は水のほかはタンパク質が豊富であるが、このタンパク質は42℃で変性し、元の機能を失う。熱が高すぎるとき、体温を下げようとするのはこうした理由がある。また低温もある。ヒトの体温は34℃程度になれば低体温症になり、30℃程度で放置していれば死ぬ。
気圧なら上は2000hPa、下は800hPa、体温なら30~40℃。人間が生きられる条件は非常に狭い。もし地球と同じ環境の惑星だとしても、人間の居住可能な環境は狭く、例えば砂漠や極に近い地域では人間は生存不可能になる。人間は宇宙を飛ぶことはできないし、海に自由に潜り泳ぐことはできないのだ。
では仮に条件をヒトが生存可能な惑星の、さらに居住可能な地域に転移したとしよう。すると、今度は転移した空間がどういうものかも問題になる。「いしのなかにいる」問題である。
石の中、土の中、氷の中、水の中、はたまた溶岩の中、樹木の中、もしかしたら人間や武器と同じ座標に転移するかもしれない。
この転移という現象は考えれば考えるほど面白いもので、例えば転移した先が気体や液体であれば気体や液体と混じって転移するのか、それとも押しのけて転移しているのかとなってくる。混じって転移しているのであれば転移した先に物体があるだけで致命傷になるし、押しのけているのであれば転移した先のものはどうなったのかと考えられる。
転移した先に気体、液体、固体と物体があった場合、押しのけて転移、混じって転移したのであれば転移という現象は唐突に牙を剥く。転移魔法を使い、適当な物体を敵の体の中に転移させたらどうなるのか、というやつである。これがもしステータス制の世界観で「心臓の位置や脳の位置に石やガラス片を転移させる」となってしまえばもはや世界観の崩壊と共に駄文になる。
人間や動物がいた空間に主人公が転移すれば、融合するか、もしくはその空間にいた人間を内側から破裂させながら転移することになる。置換する方法で転移しているのであれば、その空間にあったものは主人公が元いた世界に転移の痕跡として残る。
転移という現象はただランダムに引き起こされるには現実味が薄いのである。転移自体が非現実的じゃないかとも思うが、説得力に欠けると言い換えられる。
異世界転移物語の冒頭が往々にして神やそれに連なる神性、転移を引き起こした魔法の存在を必要とするのは、転移がなされた理由付けを作者が欲するからなのである。転移に説得力を持たせたい、リアリティを持たせて物語に没入して欲しいという欲望があるからである。
もちろん、これは悪いことではない。正直なところ、異世界転移で転移した先がどういう環境かなど重箱の隅をつつくどころかメンガーのスポンジに穴はいくつあるのかと問うようなものだと思う。つまり的外れなのである。
主人公がその世界で活躍するにはこうした必然性があったのだと説明できるならいいが、その物語を作るのは並大抵のことではない。多くの物語は唐突に始まるものである。逆に、延々と主人公の日常を見せられ、やっと異世界に転移したと思ったら世界観について延々説明がされてもみれば、自分ならその時点で作品を見るのを止める。
「お約束」は読む際において理解しやすい助けになる。童話の中でも「魔法使い」という単語が出てきたとき、それは主人公にとって最大の味方や敵になる。「魔法使い」としてはなんら主人公を助ける必要がないのに、敵対する必要がないのにである。「異世界転移」はあくまでお約束であり、テンプレと揶揄されるのも仕方のない面もある。しかし、そこに不条理、不合理であるとの指摘はしてはいけない「お約束」なのである。
さんざん異世界転移は不条理、不合理であると書き連ねたが、書く側としてその批判を恐れる必要はない。「オレの書きたい物語はこれだ!」と叫べばいい。誰もそれを咎めたりしない。ただ、その作品はその人にとって面白いか、面白くないかという違いだけがある。物語に流行り廃りがあるなか、乗っかれるあらその流れにどんどん乗っかればいい。かつてない鬼才、天才がその流れを打破してくれるまで、使い古しと呼ばれるなるまで、そのシチュエーションを使い倒してやればいいのだ。
PCが壊れていたため執筆を中断していました。これから細々とながら執筆を再開したいと思います。
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