7.祭りの後
祭りは盛大に行われている。
紙で出来たランプに、紅白の幕、道々には不思議なお面やお菓子のロテンが並んでいた。雲一つない星空の下、それらは純粋とも、艶やかとも取れる輝きを放つ。
ミナは無邪気に笑い、レレイもそれに続いて走っていた。
「レレイさん! これ、これはなんですか!?」
「これはですね。金魚すくいといいまして――」
――そして、興味を惹かれたモノに食いつく。
その度にミナはレレイに質問し、彼女もまた嬉しそうに答えるのであった。
俺はそんな二人を少し引いた場所から眺めて、小さく笑みを浮かべる。ペレスからの報告のことは、もちろん頭の中にあった。それでも、今こうやって楽しんでいる時間だけは嘘ではない。そう思ったのだ。
「師匠! 師匠も、こっちに来てくださいよ!!」
「ん、分かった分かった。ちょっと待てって」
鳴り響くワダイコの音にも負けない声量で、ミナはこちらを呼んで手招きする。
その姿があまりに微笑ましく思えて、しかしそれは言葉にせず、俺は彼女たちのもとへと向かうのであった。そして二人にならってしゃがみ、金魚すくいというものに挑んでみることにする。
どうやら丸い紙を貼った大き目のスプーンを使うらしい。
名前はなんだったか――そうだ、ポイだ。
「これで金魚を捕まえれば良いんだったか?」
「はい、そうですよ」
レレイに確認を取ると、彼女は満面の笑みで頷く。
よし。それなら早速、やってみるか。
「よっと、それ!」
「あ、ゲイナーさん。お上手ですね!」
すると意外にも簡単に、金魚は左手に持った椀の中に入った。
赤髪の彼女は拍手をしてくれる。さて、その様子を見ていたミナであるが――少女は、ムッとした顔になってポイを握り締めるのであった。
「師匠に負けているわけにはいきません! 見ていてくださいね、レレイさん!」
どうやら競争心を掻き立てられたらしい。
あるいは、自分だけがレレイから賛辞を送られていることへの嫉妬か。
とにもかくにも、そのどちらにせよだ。我が弟子は無謀にも、師である俺に勝負を挑んだのである。それを俺はわざとらしくほくそ笑んで見守った。
ミナは水槽に向き直る。そして――。
「でやあああああああああああああああああああああああああああっ!」
――バッシャーン!!
腕ごと行ったよ!? この子、勢い余って腕ごと行きましたよ!?
ミナは金魚をすくうというよりも、それこそ叩き潰すかのような勢いで水面を叩いたのであった。そうなるとどうなるか。結果は火を見るより明らかで……。
「…………………」
ミナだけではなく、辺り一面びしょ濡れ。
そんな状況で金魚が捕まえられているわけもなく、ポイも完全に破れていた。
「ミナ? お前さぁ……」
俺はその状況に思わず呆れて、そう口にしてしまう。
すると少女はハッとし、罰が悪そうな表情を浮かべるのであった。そして――。
「――あ、でもほら! 見てください。ここに金魚が……」
「すぐに水の中に戻してあげなさい!!」
水槽の外に飛び出してピチピチと跳ねる魚を指差し、そんなことを言う。
なので思わずツッコみを入れてしまった。
「ふふふっ」
その様子を見て、レレイが笑う。
儚く。しかし、たしかにそこにある笑顔だった。
でも、俺はもうこの時から分かっていたのである。
もうじきに、この楽しい時間が終わりを告げるということを――。
◆◇◆
――帰り道。
土がむき出しの道。
俺たち三人は、ミナを中心に手を繋いで歩いていた。そうしているとまるで、本当の家族のように思えてくる。いつまでも、それを噛みしめていたいと思った。
「でも……」
そうは、いかない。
そのように感じて俺は、深く息を吸って吐き出した。
祭りの明かりはもう遠い。そこにあるのは、名残りのみ。
「来年もきましょうね、師匠!」
相変わらず、ミナは無邪気だった。
俺はそれに応えず、ただ前を向いて歩く。
何故ならもう気付いていたから。迫りくる、敵の存在に――。
「――隠れるのは、もうやめたらどうだ?」
だから終わりを告げた。
遊びは、楽しい遊びの時間はここまでだ。
俺の言葉に周囲の空気が変わる。そして現われたのは、
「あれ、やっぱり気付いてたんだ。あははっ!」
一人の少女だった。
頬に黒のダイア模様を描いた幼い彼女は、装飾の多い黒のドレスを身にまとっている。右腕に抱えるのは、継ぎ接ぎだらけのウサギの人形。
「初めまして、ボクはパリィ――ヨロシクね!」
銀の髪を揺らしながら、パリィは恭しく礼をした。
そして、にっこりと少年のような笑み。しかしそこにあるのは――敵意。
これが、俺とミナの冒険における最初の魔王軍幹部。
パリィ・デメスギスとの出会いだった……。