6.約束
「滅んでいる……? 千年前に!?」
ペレスの進言に俺は耳を疑った。
思わず声に出してしまう。しかし、それも仕方のないことだろう。
『本当です。昨日、ロードメルド様から話を聞いた時点で違和感がありました。――現代の地図の中に、アレドという名の村は、存在しておりません』
「……………………っ!?」
驚くこちらとは対照的に――いいや。こっちをより困惑させないために、我が右腕は冷静に、淡々と事実を述べていく。
しかし、俺は震えを抑えきることが出来なかった。
考えてしまうのだ。それなら、レレイやカールはいったい、と……。
『とりあえず、ロードメルド様の今いる村はアレドであって、アレドではありません。私からお伝えできることがあるとすれば、そこに長居しないほうがいい――たったそれだけでございます』
心痛な声色になり、ペレスは最後にそう言った。
こちらの心情を察してであろう。この部下はとても心優しい。
今はそれがありがたく、かつ救いであった。おかげで、多少なりとも冷静に状況を判断することが出来そうだからだ。
「……ペレス。お前から見て魔力の残滓、あるいは流れは探知できたか?」
こちらが訊ねると、水晶越しの彼は静かに首を左右に振った。
『残念ながら、魔法の類――という線は薄いでしょう。【時間操作】や【認識阻害】、あるいは【幻視】とも異なります。これはもっと、別の何かです』
「やはり、そうか……」
俺はペレスのその言葉に、考え込む。
つまりこの現象は魔法的なモノではなく、物理的ななにか、ということ。
そうなると、可能性は――。
「――――――――っ!」
思い当たるのが、一つ。
しかし、その可能性を考えて俺は息を呑んだ。
何故ならそれは、あまりに惨い。倫理観が弾け飛んでいると、そう言っても過言ではなかった。思わず舌を打ち、眉間に皺をよせてしまう程に……。
『ロードメルド様。もしかして……』
「あぁ、どうやらそのようだ。ペレスも同じ結論か」
『……はい。おそらくは、貴方様と似た結論に至ったかと』
俺は忠臣の言葉に静かに頷き、深く息をついた。
そして、整えた呼吸で話す。
「おそらく、この事態の犯人は魔王軍支部の者だな?」
『はい。ですが、もしそうなら……』
「………………」
ペレスはそこまで言って、空気を察したらしかった。
そうだ。俺たちの見立てでは、その犯人を止めてしまうことは、すなわち――。
「――師匠! よろしいですか!!」
その時だった。
ミナが昨晩同様に、強くドアをノックしたのは。
「ペレス。とりあえず判断はこっちに任せてくれ――追って連絡する」
『分かりました。ロードメルド様――御武運を』
それを聞いた俺は、ペレスに言って水晶を仕舞った。
そして何事もなかったかのように装い、ドアをゆっくりと開く。するとそこに立っていたのは、ミナと――やはり、レレイだった。
二人はまだ風呂に入っていないのか、服はそのままだ。
「どうしたんだ? こんな夜更けに。それに、風呂もまだだろ」
「いえ、その前に話をしておこうかな、と!」
こちらの指摘に、ミナは大げさに首を左右に振って言う。
だがそれは、あまりに予想通りなモノだった。
「明日のお祭り、三人で回りましょう!」――と。
ミナはなんとも無垢に、無邪気にそう提案した。
後ろに控えるレレイは――どこか、寂しげな笑みを浮かべている。
もしかしたら彼女は、どこかで気付いているのかもしれない。そんな予感が、俺の中に生まれて消えて行った。だからか、ふっと息をついてから、
「……分かった。明日は、思う存分楽しむとしよう」
俺は二人にそう答えていた。
それを聞いて、飛び跳ねて喜ぶのはミナ。
ずいぶんと懐いているらしい。レレイに抱きついて、満面の笑みを浮かべた。
「それじゃ、明日はよろしくな」
「はい! 師匠も、しっかりと準備をしてきてくださいね!!」
そう、最後に言ってミナは去って行った。
おそらくは風呂だろう。結果的に残されたのは、俺と――。
「――ミナちゃん。ホントに、愛らしいですよね」
愛おしそうに少女の消えて行った先を見つめる、レレイだけだった。
彼女は前で手を組んで、淡い微笑みを浮かべる。
その姿からは、感じられたのは――。
「すみません。お願いしてもいいですか?」
「……ん? どうしたんだ、レレイ」
――覚悟。
俺は彼女の言葉を静かに聞くことにした。
きっとそれは、こちらの考えと合致しているとしても。
彼女の――レレイの口から聞くことに、その意味があるように思われた。
「明日のお祭りの後に、私たちのことを――」
そして、それはやってくる。
レレイは静かに、おもむろに唇を開いて、ハッキリと言った。
「――私たちの命に、終わりを下さい」
そう。どこか、懇願するように。
彼女の声は、たしかに俺の胸の中に残響していくのであった……。