4.――ひと時の安らぎと。
『それは、おかしいです』
聞こえてきたのは配下であるペレスの声だった。
通された客室で、俺は留守を任せた彼と連絡を取っている。
アレド村の現状を伝えると、返ってきた第一声はそのようなモノ。なにか考え込むような声色で、うんうんと唸っていた。
【空間収納】から取り出した魔法具『遠見の水晶』に映る彼は、首を傾げる。
『記録が正しければ、その近辺に魔王軍の支部が一つあります。いかな何もない辺境の村といえど、被害がゼロであるはずはありません……』
「なるほど、な。たしかにペレスの言う通りだ」
配下の進言に、納得してうなずく。
つまりリチャードと話していた時に抱いた違和感は、間違いではなかったということになる。彼は何かしらの嘘をついていた。あるいは――。
「――なにか、嘘をつかされていた?」
可能性としてはゼロではない。
しかし、それはどこか違うような気がした。
何故なら彼の目には、まるで迷いがなかったから。人間、魔族に問わずであるが、嘘をつくという時は多少の動揺が生じるモノのはず。
その点リチャードからは、ただただ純粋な好意が感じられた。
「それが違うとなると……」
俺は顎に手を当てて考え込む。
思いつく限りでは、いくつかあるが――まだ早計か。
「ペレス。近くにあるという魔王軍にいる魔族、その特徴について調べてくれ。それまではこちらも下手に動くことはしない」
『分かりました。ロードメルド様も、お気を付けて』
「なに、心配するな。この程度は障害にもならない」
『承知いたしました。それでは――』
――そこで、通信は途切れた。
俺は水晶を仕舞い込みながら、再び考える。
「考えられるとしたら、集団催眠の魔法か? いいや、それでも……」
それなら、何かしらの魔力の残滓を感じ取れるはずだった。
しかし何度も言うが、リチャードに怪しい点はない。それが違和感であった。
「認識阻害――それも、違うか」
それにしては、規模があまりにも大きすぎる。
なら、あと考えられるのは……。
「師匠! いま、よろしいですか?」
「……ん? あぁ、ミナか」
と、思考の渦に完全に飲まれかけた時だ。
ミナがドアをノックしてきた。
「大丈夫だ。どうしたんだ?」
俺はベッドにかけていた腰を持ち上げ、ドアを開きながら弟子に問いかける。
するとそこに立っていたのは、少女だけではなかった。
「……レレイ? キミもどうしたんだ、こんな夜更けに」
「あ、あのっ! そのっ!」
ミナの後方に控えめにいたのは、ブラウン家の娘ことレレイ。
彼女は愛らしい桃色の寝巻を身にまとい、何故か顔を真っ赤にしていた。さながら、全身が林檎のような、そんな感じになってしまっている。
こちらが首を傾げていると、彼女の代わりにミナがこう言うのであった。
「ねぇ、師匠! せっかくですから――」
それは、あまりにも予想外。
「――三人、同じ部屋で寝ましょう!」
想定外の提案、であった。
「…………は?」
俺はついつい間の抜けた声を発してしまう。
しかし、その晩はミナに押し切られる形となるのであった……。
◆◇◆
……で、結果的にどうなったかというと。
「なんで、こうなるんだ……?」
俺は床で寝ていた。
まぁ、考えてみれば当然であろう。
女子二人と同じベッドで川の字になって寝るのは、倫理的に不味い。そんなわけだからベッドは女子二人に譲り、こちらは雑魚寝、という感じである。
果たしてこれは、一緒に寝ていると言えるのか? いや、同じ部屋では寝ているけど……。
「あの、本当にすみません。ワガママを言ってしまって……」
「ん、まだ起きてたのか。レレイ」
「……はい」
さて、そんな俺の呟きが聞こえてしまったらしい。
ぐっすり眠るミナとは対照的に、しっかりと意識が覚醒しているレレイは申し訳なさそうにそう言ってきた。ミナを隔てた向こう側にいる彼女の表情は見えない。
「いいよ、別に。それよりも、こっちこそミナがすまないな」
「い、いえ! とても感謝してます!!」
「……感謝?」
「あっ……」
訊き返すと、言葉を詰まらせるレレイ。
「た、助けていただいて感謝しています! ――という意味です!!」
「あぁ、なるほどな」
それなら納得だと、俺は目を瞑った。
そして、彼女の言葉に耳を傾けることにする。
「本当のことを言えば、お二人にはずっとこの村にいてほしいのですけど。そういうわけには、いかないのですよね。……だから、せめて感謝だけでも、と」
「……………………」
俺は静かに眠りに落ちていく。
ゆっくりと、最後にレレイの呟きを聞きながら……。
「貴方たちのお陰で、私たちは終われると思うのです」――と。
空耳、であろうか。
そんな言葉を口にした彼女は、とても悲しげな表情をしている。
俺には、そんな風に思われた……。