3.アレド村での夜と――。
アレドの村は、三方向を山に囲まれた自然豊かな場所にあった。
水に草木、そして農耕による作物。客人である俺とミナは、それらの料理に舌鼓を打った。どれも、やや濃い味付けではあったが――うむ。とても美味しかった。
「さて。それで、村長のリチャードってのは、どんな人間なんだ?」
その食事の最中に、俺はレレイに訊ねる。
すると彼女は少し考えてから、こう答えるのであった。
「……とても良い人ですよ。きっと、お二人のことも歓迎してくれます」
「そうか。それなら、良い情報を得られるといいな」
「そうですね。師匠……はむっ!」
彼女の情報が確かならば、魔王軍の支部の情報や、その他にも様々なことを教えてもらえるかもしれなかった。この食事を終えたら、すぐに向かうことにしよう。
そう考えて、レレイには申し訳ないが食事のスピードを上げた。
「……っと。ごちそうさま!」
「はい、お粗末様です。ゲイナーさん」
さてさて。
そんな感じで俺は食事を終えた。
まだ夜も更けきっていない。――よし、これなら……。
「……あ、師匠。私はここで待ってます!」
「ん? なにかあったのか?」
ミナと一緒に村長宅へ向かえる。
そう思ったのだが、我が弟子は何やら用事があるらしい。
ちらりとレレイの方を見て、にっこりと微笑むのであった。レレイもそれを受けて笑うが、彼女の場合はどちらかというと苦笑い。
「女の子同士の秘密、ですよっ!」
でも、そんな相手の様子など関係ない。
そう言わんばかりの勢いで、ミナは言い切った。
「ん~? まぁ、いいか。それじゃ、留守番を頼むな」
「分かりました、師匠!」
そうなったら、俺から口を挟むことは出来ないだろう。
とりあえずの決まり文句を言い残して、こちらはブラウン家から外へと出た。
◆◇◆
「やあ、旅の冒険者殿。この度は、村人の命を救っていただき感謝いたします」
「いや、それは大丈夫だ。成り行きで助けたに過ぎないからな」
「いやいや。それが有難いのです」
俺が赴くと、村長のリチャードはこちらを温かく出迎えてくれた。
頭の禿げあがった好々爺然とした、小柄な男性。そんな彼は、テーブルを挟んだ向かいのソファーに腰かけていた。ニコニコとした、皺くちゃな顔が印象的。
だが、いつまでもこんな問答を続けているわけにはいかなかった。
「すまないが、リチャードさん。魔王軍について、なにか情報はないか?」
そのため、俺は単刀直入にそう訊ねる。
するとリチャードは一瞬だけ驚いたように目を開き、
「……ほっほ。ゲイナー殿は面白いことを仰る」
しかしすぐに、そう言って笑った。
こちらが首を傾げると、彼はこのように続ける。
「貴方も見たでしょう? この村は平穏そのものです。元より辺境の地にある田舎です故、魔王軍の手も伸びてはおらぬのですよ」――と。
だから、自分たちは困っていない。
リチャードはとても柔らかな口調でそう告げるのであった。
「ふむ……」
それを聞いてから、俺は考え込む。
たしかに彼の言う通りだった。このアレド村には、どこにも魔王軍の形跡が見当たらなかったのである。それはつまり被害を受けていない、そのままの意味だ。
だが、どこか――。
「――あぁ、分かった。ありがとう、リチャードさん」
「いえいえ。お力になれず申し訳なく思います」
そこで、いったん思考を止めた。
そして俺はリチャードに提案をする。
「数日ほど、この村で休息したいと思うのですが――それでも?」
「えぇ、えぇ。構いませんとも。すぐに宿の方を用意させましょう」
「いや、それはいい。ブラウン家に世話になりたいと思います。幸い、その家の二人も歓迎してくれている様子ですので……」
「そうですか。では、そのように……」
「では、失礼します」
会話を強引に終わらせた。
一礼し、リチャード宅を後にする。
「この、違和感はなんだ……? あまりに平和すぎる」
そして、帰りの道すがらそう空を見上げて呟いた。
これは少し探りを入れた方が良いだろう。俺は、そう思うのであった。
◆◇◆
――一方その頃。
ブラウン家。レレイの部屋ではこんな会話が繰り広げられていた。
「それで、レレイさんは師匠のどこが好きなのですか!?」
「え、えぇっ……!」
レレイの寝巻を借り、着替えたミナはぐぐいっと彼女に迫る。
どうやらこの少女、レレイがゲイナーに対して脈があると踏んだらしい。
「そ、そんな。アタシはゲイナーさんのこと、そんな風には……!」
「師匠、どうやら独身らしいですよ?」
「ほ、本当ですか!? ……あ」
そして、その予測は正しかった。
ミナの誘導にこれまたあっさりと、レレイは食いついてしまうのであった。
そうなってしまうと、もうミナの攻勢だ。少女は解いた長い金の髪を揺らしながら、互いの息が触れる距離まで顔を近付ける。その目は、キラキラと輝いていた。
そうとなっては、レレイも観念する他ないのだろう。
ふっとため息を吐いてから、話し始めた。
「その、単純なのですが――お強いところ、が」
「ふむふむ!」
そして、こう語る。
「もしかしたら、この村を救ってくれるかな、と……」
あまりのも自然に。
それは、レレイの口から零れ落ちた。
「救う……?」
さすがのミナも、その言葉の異様性に感付く。
繰り返し問いかけ、首を傾げた。するとレレイはハッとした顔になって、
「アタシ、今……なんて?」
次いで、キョトンとしてミナを見る。
その後に続いたのは沈黙。
しかし、それが歪みの一つであると――この時のミナは気付かなかった……。