1.二人の過ごす日常
「師匠! 朝ですよ、起きてくださいっ!」
「わっぷ!? こら、ミナ! いきなり布団を剥ぎ取るんじゃない!!」
「もう、師匠はお寝坊さんなんですもん。これくらいしないと、起きないじゃないですか?」
「ぬぬぬ、小生意気な弟子め。俺の安眠を妨害するのであれば、剣術の指南はしてやらないぞ!?」
「そんなこと言ってると、師匠の分だけ朝ごはん準備しませんよ~?」
「…………ごめんなさい」
その日の朝は、そんな会話から始まった。
ミナが俺の弟子になって半月が経過。ずいぶんと互いに遠慮もなくなってきた。
それだけ信用と信頼が生まれてきた、ということなのだろう。師弟関係とはいえ、その前に俺たちは新たな家族のようなモノだ。これは、好ましい変化だった。
なのだけれど、互いを知れば知るほどに驚くことがいっぱいだ。
「それで、ミナ。今朝のメニューはなんだ?」
「今朝は、昨日の狩りで獲った野ウサギの塩焼きですよ!」
「……もしかして。お前、自分であのウサギの皮を剥いだりしたのか?」
「ん? だって、そうしないと食べられないじゃないですか。村では、普通にやってましたよ?」
まずはこのように、このミナという少女――サバイバルスキルが異様に高い!
俺でもちょっと可哀想になって躊躇するウサギの調理も、これこのように。あっさりとやってのけたりする。そして、さらには女の子らしく料理の腕もなかなか。
いつの間にやら、この分野における俺とミナの立場は決定していた。
「まぁ、それはそれとして」
と、そこで俺は頭の中を切り替える。
いつまでも彼女のターンにしていてはいけない。
「今日は剣術の稽古をつけるぞ。いいな、ミナ」
「あ、はいっ! よろしくお願いします、師匠!!」
そう、調理中の彼女に言う。
するとミナは器用に作業しながら振り返り、返事をした。
俺はその元気いっぱいの声に頷いて、空を見上げる。本日は雲一つない快晴。絶好の稽古日和だった。しかし、俺にはその前にやるべきこともあって……。
「さて。飯が出来るまで、もう一眠り……」
……もぞもぞもぞ、と。
簡易テントの中に潜り込むのであった。
なお、この後にミナから大目玉を食らったのは言うまでもない。
◆◇◆
さて。しかし、その上下関係も、昼になれば逆転だ。
俺は迫りくる切っ先を、半身で避ける。
「ふあっ! っとと――」
「――それっ」
「きゃっ!?」
そして前のめりになったミナの足元に、自身のそれを出す。
すると彼女はすってんころりん。可愛らしい悲鳴を上げながら、思いっきり倒れるのであった。その様子を見てくすくすと笑っていると、ミナは膨れっ面でこっちを見る。
「し、師匠!? 笑わないでくださいよっ!!」
「いやぁ、スマンスマン。ここまで見事にすっ転ぶ奴は珍しいな、ってな」
「むぅ~っ! そうやって笑っていられるのも、今のうちですからね!!」
で、そんな馬鹿話。
もっとも、ミナにとっては真剣そのものなのであろうが。どうにも、この少女の運動神経のなさには笑ってしまうのであった。――この子、ホントに勇者?
「まぁ、でも。最初よりは良くなってきたんじゃないか? 剣だって真っすぐに振れるようになってきたわけだしさ」
「…………それでも。まだまだ、です」
それでも、褒めると今度は拗ねてしまう。
むむう。『馬鹿でも出来る剣術指導』という本を持ってきて、勉強してはいるのだが――なかなかに、メンタル部分をコントロールするのは難しい。
しかし【空間収納】の中に、それっぽい本はあっただろうか……。
「……むむぅ」
「師匠? どうされたのですか?」
考え込んでいると、ミナがいつの間にやらすぐそばに。
こちらを上目遣いに見上げてきていた。とりあえず、今は考え事をしている時じゃないな。稽古は稽古だ。そっちに集中しないといけないだろう。
「あぁ、いや。なんでもない。それじゃ、今日はもう一本――」
そう思って、次の指示を出そうとした時だった。
「――きゃあああああああああああああああああああああああっ!?」
「!? 今の悲鳴は!!」
女性の甲高い悲鳴が聞こえてきたのは。
俺は即座に、声のした方へと視線を向けた。
「師匠、行きましょう!」
「あ、ちょっと待て!」
しかし、より早く行動を起こしたのはミナ。
少女は剣を持ったままに、走って行ってしまった。
「ったく。仕方ないな!」
まぁ、どうせ俺だってそうするつもりだったのだ。
ほんの少しの悪態をつきながらも、すぐにミナのことを追いかける。
その先での出会いが、一つの事件の始まりになるとは知らずに――。