プロローグ 少女との出会い
――視界は真っ赤な炎によって包まれていた。
私はその中を、涙を拭いながら必死に歩く。はぐれた母を探して、村を守りに行った父を探して。それでも、歩けど歩けど、見えるのは朱い幕だけ。
とうとう私は、その場に倒れ込んでしまった。
「うっ……うぅ……」
視界が霞んでいく。
仰向けになって天を見上げれば、そこにあるのは黒煙と、皮肉なほど綺麗な満天の星空であった。それが、だんだんと見えなくなっていく。
呼吸も苦しい。息が、出来なくなってきた。
まだ十数年しか生きてはいないけど、それでもこれが何か理解できる。
「私、死んじゃうの……?」
悲しみからか、諦めからか。
そんな言葉が漏れ出した。それは、誰に聞かれるでもなく溶けていく。
そうだった。私の短い人生はこれで終わり。私は――ミナは、ここで死んでしまう。訳も分からないまま、魔王軍に突然村を襲われて、そのまま……。
「そうはさせない。ようやく、見つけたんだからな……」
「えっ……?」
しかし、そう思った時。
そんな男の人の声が聞こえた。
驚いて見ると、そこには剣を構えた一人の――何?
「貴方、は……?」
何故だろう。その人の背中からは、不思議な黒い影が見えていた。
そんな彼の前には、数体の魔族――ダメだ、止めないと。どうせ私はここで死ぬのだから、せめてこの人には逃げてもらわないと。私を守る必要なんて……。
「あるさ。キミを探して、俺はここにやってきたんだからな」
「え……?」
その時、まるでこちらの心を読んだかのように彼はそう言った。
そしてその直後に、信じられない光景が広がる。それは、男性の一振りで――。
「う、そ……」
――魔族が、霧散した。
軽く払ったそれだけで、彼は数体の魔族を倒したのだ。
「さぁ、逃げるぞ。キミ――名前は?」
「ミナ。ミナ・エレストリーナ……」
名前を聞かれて、抱え起こされる。
その大きな背中に背負われて、炎の中を歩き出す。
私の記憶に残っていたのは、そこまでだった。ミナ・エレストリーナが見た最後の故郷の姿は、無残で、残酷で、耐えられない苦痛なモノ。
遠退く意識の中で、私は願った。
ただただ、全てを守れるだけ強くなりたい――と。
◆◇◆
少女は静かな寝息をたてている。
俺は彼女の村から離れた場所にある森の、その開けたところで火を焚いていた。
パチパチという音と共に。焼け落ちていくのを見るしか出来なかった村の、そこに住む人々へと祈りを捧げる。せめて安らかに、と。
「狙いは、やはりこの少女か……」
それを終えてから、静かにそう口にする。
あの村には、おおよそ魔王軍の脅威となる物はなかった。
農業を生業とし、自給自足の生活を送る長閑な村である。そこにもし、アナスティアを脅かすモノがあるとすれば、それはそう――。
「――勇者、か」
俺はそう呟きつつ、ミナと名乗った少女に向かって手をかざした。
すると分かるのは微量ながら、希少な神の加護の輝き。それは間違いなく、未熟ながらも彼女が現世の勇者であるという、その証拠であった。
せめて、彼女だけでも救い出せて良かった。
俺は心の底からそう思いつつ、ミナが目覚めるのを待つ。
「それにしても、幼いな……」
その間に、俺は彼女のことを改めて観察した。
煤けてはいるが、肌は白く美しい。ツーサイドアップになった金の髪に、幼くも整った顔立ち。背丈は決して高くなく、人間の年齢にしておおよ十歳程度。
身にまとっているのは、どこの村にでもいそうな極めて平凡な服だ。
そんな少女の行く末に、過酷な未来があるのだと考え、俺は胸を痛めた。
しかし、それは避けられないこと。世界を守るための――。
「んっ、うぅ……?」
――そう考えていた時。
ミナは、小さく声を発しながら目を開いた。
澄んだ青の輝きが自然、俺の方へと向かってくる。
「貴方、は……?」
「俺の名前はゲイナー。しがない冒険者だ」
少女の問いかけに静かに答えた。
冒険者というのは、魔族を狩ることにより生計を立てる者たちを指す。
この旅において、俺は自らの身分を隠すためにその名を騙ることとした。それならば様々な村を渡り歩き、魔王軍の支部を破壊しても違和感がないからだ。
「ゲイナー、さん……!」
それを素直に信じたのであろう。
ミナは、居住まいを正して俺の方へと向き直った。
そして頭を下げてこう懇願する。真っすぐな気持ちを、そこに乗せて――。
「――お願いです。私を弟子にして下さい!!」
その願いに込められた気持ちは、ただ強くなりたいというモノ。
誰かを守れるようになりたいというモノ。
「そうか。分かった……」
それを聞き届けた俺は迷いなく。
【空間収納】から、鞘に入った一本の剣を取り出した。
「それなら、ミナ。キミには、これを預けよう」
「これ、は……?」
受け取ったミナは、首を傾げる。
そんな彼女に、こう簡単に説明した。
「それは、ある資格のある者にしか使えない剣だ。持ち主と共に成長し、いずれは巨悪を断つに足る力を得るだろう」――と。
…………要するに、ゲイナー印の聖剣である。
ここは少し恥ずかしい話なのであるが、夜なべして作らせていただいた。
「それを持って、ミナは俺と旅をしてもらう。いいか?」
「はい、師匠! よろしくお願いします!!」
俺の言葉に、ミナは畏まってそう答える。
だが、それに対してちょっとした注文を付けるのであった。
「そんなに固くならなくていいから。まぁ、呼び方は好きにしていいけどな」
「あ、その……はいっ! 分かりました、師匠!」
「……よろしく、ミナ」
こちらの申し出に、ミナは天真爛漫な笑みをもって答える。
それが、俺たちの始まりだった。
少女は残酷な運命を胸にしまい込み、微笑みを作りだす。
それを俺はあえて指摘せず、夜は更けていくのであった……。