8.愉悦の傀儡師
パリィはくすくすと笑う。
宵の闇の中でも何故かハッキリと分かるそれは、異様の一言で片付けられるものではなかった。まるで彼女だけスポットライトを浴びているかのような、そんな存在感。その所作は、舞台の登場人物のそれであった。
そんな彼女であったが、どこか不思議そうに小首を傾げる。
「あれれ。そっちのお兄さんはもう、気付いてるみたいだね。すごいなぁ――それじゃこの数日間は、ボクの作った世界を堪能してもらえたのかな?」
「…………師匠?」
「…………」
パリィの言葉に、ミナは不安そうに俺を見た。
しかし答えることはできない。いや、出来るのだが――この現実は幼いミナにとって、あまりに酷なモノであるように思われた。
だから、口にするべきか悩まされる。
「優しいんだね、お兄さん?」
そうしていると、パリィはニタリと笑って言った。
どうやら俺の心理を読んだらしい。おちょくるような口調だった。
「でも、その優しさが裏目に出ることもあるかもよ? ――ほら、今だってこうやってさ。そこの女の子が誰と手を繋いでいるのか忘れたのかな」
「なっ……!」
そして、そう続けて指を鳴らす。すると――。
「きゃあああああああああああああああっ!?」
「ミナ! ……レレイっ!」
――レレイが、ミナのことを拘束した。
シンと静まり返った村の中に、ミナの悲鳴が響き渡る。
俺は小さく舌を打って、二人の方を見た。だが今、何よりも警戒するべきなのはパリィ。彼女の指先の動き一つでミナの命運は決まるのだから。
「あははっ! お兄さんは、やっぱり気付いてるんだね!」
「あぁ、消去法での結論だけどな――傀儡師」
「傀儡師……?」
俺の言葉にミナが苦しげにそう呟いた。
それは、このパリィの正体――ありていに言えば、クラスだった。
「そう。ボクは傀儡師――少しだけ、死霊魔術もかじってるけどね?」
肩を揺らす銀髪の少女。
抱えたウサギの人形に顔を埋めて、どうにか笑いをこらえていた。
傀儡師――それは名前の通り、人形使いのことである。世界には数名しかいないと言われているレアなクラス。通常は彼女が手にしているような人形を操る、それだけのクラスだった。
だがしかし、パリィの場合はそれだけではない。
彼女は今ほど死霊魔術も扱えると言っていた。それはつまり――。
「……千年間も、繰り返していたのか!」
――そう。それが、この村の正体でもあった。
ペレスからの情報と照らし合わせると、答えは見えてくる。
すなわちこの少女は千年に渡り、この村を舞台として、人形劇まがいを続けていたのだ。人の魂をそこに詰め込んで。レレイやカールは、その長い時間をパリィの玩具にされてきたのだ。
「目的は、なんだ……」
俺は静かに少女へ問いかけた。
すると彼女は、不思議そうに小首を傾げる。
「……目的? 愉しいからじゃ、駄目なのかな」
「なっ……!?」
そして、返ってきたのはそんな単純ながらも信じられない言葉だった。
人の魂を人形に閉じ込めて弄ぶのが、愉しい――すなわち愉悦だと。このパリィという少女は断言した。このあまりに非人道的行為を、是としている。
どのように考えても、理解が及ぶ思考ではなかった。
「魔王――アナスティア様から、好きにしていいって言われたからね! だからボクは、この村で遊んでいただけだよ! たまに、やってきた冒険者を食料にはしたけどね!!」
パリィは嗤う。
両手を広げて、ただ無邪気な子供のそれのように。
「気付いてたなら、逃げれば良かったのに。どうしてお兄さんは逃げなかったの? もしかして、自分の力でどうにか出来ると思っちゃった?」
「……………………」
さらに、愉快そうにパリィはこっちに問いかけてくる。
俺はしばし黙って、答えを探した。しかしそれは、とても単純なことだった。
「……楽しかったんだよ。ミナとレレイが楽しそうに笑ってるのが、な」
「師匠……?」
そう俺は、ただ楽しかったのだ。
数千年間も外を知らず。しかし、故あって外へ出て最初に出来た人との繋がり。
俺はそれをただ単純に楽しんでいた。それを捨てきれなかったのは、俺の弱さなのかもしれない。ただ同時に、ミナに悲しい思いをさせたくなかったのもある。
それが、結果的にこうなってしまった。
これは俺の失策かもしれない。ただそれでも――。
「――俺は、それが間違っていたとは思っていない」
俺には、その確信があった。
この気持ちの是非はともかくとして、自分の中での答えはそれだけだった。
「ふーん。お兄さん……ボクとは正反対の性格をしてるみたいだね?」
そんな俺を見ながら、パリィはどこか不愉快そうに言う。
そして、とうとう指を鳴らした。
「でも、残念。やっぱり命取りだよ――さようなら」
――合図だ。
直後に、レレイが息を呑むのが分かった。
「あ、ぎ……!」
「ミナ! レレイ!!」
苦悶の表情を浮かべるミナ。
レレイが少女の首に腕を回して、締め上げていった。
「あははははははははははははっ! ほぉら、大切なお弟子さんが死んじゃうよ!!」
パリィが笑う。不愉快な音が響き渡る。
しかし、それに異変があった。
「あはは……ん? なにやってるんだい、そこの女!!」
「レレイ……?」
銀髪の魔族は顔を歪ませた。
その理由は、レレイが動きを止めたから。
赤髪の彼女は俺の方を見て、感情のない表情で――一筋の涙を流した。そして掠れた声でこう言う。
「逃げて、下さい。いまの、うちに……」――と。
それは、僅かに残る彼女の自我によるものだろうか。
いやしかし――それを考えるよりも先に、俺の身体は動いていた。
「レレイ、悪いっ……!」
彼女を突き飛ばして、ミナを救出する。
そして駆け出す。とにかく時間を稼がなければならない。
俺とミナは、パリィから逃れるために闇の中へと飛び込んでいくのであった……。
◆◇◆
残されたパリィは、爪を噛んだ。
そして忌々しいと言わんばかりの表情で、立ち尽くすレレイを見る。
「まさか、キミの中にそんな強い自我が残ってるとは思わなかったよ。レレイ?」
答えないレレイに歩み寄りながら、パリィは言った。
だが、不愉快な表情をすぐに切り替える。そして、こう続けた。
「それなら、キミにはもっと辛いお仕置きが必要だね。人形は人形らしく、舞台の上でボクの思うがままに動いていればいいんだよ――あはははははははははっ!」
高笑いが響き渡る。
彼女のそれは、村全体に届いていた。
パリィはすっと息をついた。
こうして銀髪の魔族、愉悦の傀儡師は動き始める。
己の意に沿わぬ者を殲滅するために――。




