プロローグ 旅立ち
「……ふむ。最近、アナスティナ・ブルーフからの連絡がないな」
私は後輩からの使者がこないことを不思議に思った。
こちらの配下として活動して1000年。彼女は独立し、一国一城の主となっていたはずだった。しかしそれ以降も、私への定期的な連絡は怠らなかったはずなのに。いったい、どうしたというのだろうか……。
「ペレスよ。なにか、報告はないのか?」
「はっ! ゲイナー・フレミア・ロードメルド様。ペレスはここに……」
訝しんだ末に、自身の配下――ペレスを呼んだ。
すると一角悪魔の彼は、素早く、転移の光の中から姿を現した。片膝をついて、玉座に腰かけるこちらへと向かって頭を垂れる。
「済まないな。一つ訊きたいのだが、いまアナスティアはどうしている?」
「アナスティア様、ですか……」
そこで私は改めて、ペレスに元部下のことを訊ねた。
だが返ってきたのはどこか歯切れの悪い声。首を傾げると、こう彼は続けた。
「アナスティア様はいま、遥か遠方にて『魔王』を名乗っております」――と。
それを聞いて、さらに深く首を傾げる私。
「『魔王』、とは何だ……?」
何故ならそれは、聞き慣れない言葉だったからだ。
我々はたしかに魔族や魔物だと、人間たちに呼ばれている。しかしそれでも、決して王政などは行っておらず、一定の上下関係はあっても、皆で協力する社会を築いてきていた。
だから、そも『王』などというモノは存在しないはずなのである。
「えーっと、ですね。すなわち言葉の通り、アナスティア様は自らを魔族の王であると名乗っているのです。そして、世界をめぐって人間側に宣戦布告を――」
「――なに? 人間に、宣戦布告だと……!?」
しかし、それを耳にして私は眉をひそめた。
「なにを考えているのだ。世界とは一種族のためのモノではない――多種族との争いとは、暗黙の了解のうちに禁じられているはずではないか!!」
そう。そうなのである。
我ら魔族と人間は、互いに極力の不干渉を貫いてきた。
知性の低い魔物たちは少々の軋轢をもたらしてはいたが、それでも目を瞑ることのできる範囲である。しかし、アナスティアの行っていることは程度が違った。
世界の主導権の争い。
それは、種の優劣を計らんとするモノ。
「アナスティアよ。愚かな我が後輩よ――種に優劣はないと、あれほど……」
頭を抱えてしまった。
たしかに、彼女にはどこか人間を軽視している節があった。
だがしかし、ここまで愚かな行いに走るとは思ってもみなかった。
「うむ、ペレスよ。ならばアナスティアに使者を――」
「――それが、我が主。申し訳ございません」
「む? どうしたというのだ」
私は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる部下を見て、軽く首を傾げる。
しばしの間を置いた後、ようやく彼は口を開いた。
「申し訳ございません。アナスティア様には、幾度も使者を派遣しております。しかし、すべてが門前払い。最悪の場合は、殺された者もいると聞きます」
「なに……?」
それを聞いて戦慄する。
いったい、アナスティアはなにを考えているのか、と。
「このままでは、いけない。世界の均衡が崩れてしまう……」
そして、次に頭に浮かんだのは最悪の事態であった。
来たるは戦乱。破壊。さらには、世界の破滅。それは何がなんでも防がなければならない。先ほども言ったように、世界は皆のためのモノであるからだ……。
ならば、どうするか。私には何が出来る――?
「――自らが、動くしかない、か」
至った結論は、単純明快なモノであった。
それは他でもない自分が、部下の不始末の責任を取るということ。
したがって、私はいても立ってもいられずに、玉座から立ち上がろうとする。
「落ち着いて下さい、ロードメルド様! 貴方様が動けば、それだけで世界のバランスが崩壊してしまいます!!」
「くっ……!?」
だが、それを止めたのはペレス。
彼の忠告は、もっともなことであった。
決して自慢ではない。誇ることではないのだが、私の力は膨大であった。それ故に、外界へと向かうだけでも世界に変動を起こしてしまう。
そのため、このような辺境にて少ない部下と共に暮らしているのだ。
「ならば、致し方あるまい。【分身】を創り出し、活動するとするか……」
考えた結果、私はその答えに行きついた。
【分身】は元の能力からは大幅に力を落とすことになる。しかしながら、自分の【分身】ならば、この世界において不自由することはないと思われた。
「姿形は、人間に寄せておくか。それならば、動きやすいであろう」
手をかざす。
するとそこからは、魔力の塊が放出された。
手から離れたそれは次第に人の形となり、やがて完成する。
「ふむ。外見は、これで良いか」
そして現われたのは、まだ歳若い青年であった。
彼は静かに目を開くと、何度か瞬きをしてからこちらを見つめる。
私の脳裏には、その瞳が映す魔族としての私の姿があった。闇に紛れてまともに輪郭は捉えられていない。だが、どうやら分身は正常に創られたようだった。
「ならば、頼んだぞ。我が分身よ……」
意識の主導権を分身に譲渡する。
そうすると、私の意識は一度――深い闇の中へと。
◆◇◆
俺は目を覚ました。
本体からの意識の譲渡を受けて、ここに自我を得たのである。
「ペレス。ここからアナスティアのいる場所へは、どう行けばいい?」
「はっ! この地から、北へと行けばいずれ辿り着くかと」
「そうか。しかし、それだけだと不十分だな……」
「不十分、といいますと?」
こちらの言葉に、ペレスは首を傾げた。
本体もその可能性を考えていたらしいが、言葉にはしていない。それは――。
「アナスティアの部下は、人間に害をなしているんだろう?」
――そう。そのことについてだった。
俺は一角の魔族である部下に向かって、視線で確認を取る。
すると彼は、深く頭を垂れてこちらの意見に同意を示したのであった。
「流石にございます。ロードメルド様の仰る通り、アナスティア様は各地に魔王軍支部を配置しております。そのため、各所では人間と魔族の争いが絶えません」
「なら、それも潰していかないと、な」
「そうですね……」
ペレスは俺の言葉に同意する。
そして、それと同時にもう一つ目的を口にした。
「あとは、勇者を探さなければいけないな」
「勇者、ですか?」
そう、それは悪に対する世界の対抗システム。
魔王のようなモノを名乗る存在が現れたのであれば、勇者の力に目覚める者がいてもおかしくはない。何故なら、それがこの世界のシステム、構造なのだから。
「俺はその者を弟子とし、育て上げる。それが俺に出来ることだ」――と。
俺はペレスにそう告げて歩き出した。
数千年ぶりに、外の世界へと。
愚かな後輩の間違いを正す旅。世直しとも言える旅へと向かって……。
初めましての方は初めまして!
鮮波永遠です、よろしくです!!
次話は10時くらいに投稿します!
応援のほどよろしくお願い致します!!
<(_ _)>