王の晩餐
かなり短いです。お気を付けください。
「もういい。皿をさげよ」
とある王国。とある王城。赤絨毯の大地と光り輝く豪奢なシャンデリアの太陽が照らす部屋の中で、王は静かにそう告げた。
突然のその言葉にメイドたちは驚き固まる。そして数秒をあけ、王の言葉を理解した料理人は絶叫した。
「王よ。何故私の皿を下げるのですか。何がいけなかったのですか?何がまずかったのですか?」
泣き叫び、叩きつけるような料理人の問いに対し、王は答えなかった。
ただ群がる虫を払うように絶叫する料理人の手を跳ね除け、護衛を一瞥する。
護衛達は淡々と王に縋りつく料理人を叩き伏せ、引きずるように部屋から連れ出す。
城中に響き渡る料理人の懺悔の声。しかし、その声に王が表情を変えることは無かった。
翌日、王の不興を買ったとして一人の男が王城から追放された。長年仕えてきた家臣が門から叩き出されたその瞬間でさえ、王の顔に感情が浮かぶことは無かった。
その日から、王の狂気は始まった。
著名な料理人が王の専属料理人の名をかけて、競いあうように皿を出した。例え命がかかるかもしれないとしても、王専属の名はそれだけの名誉があり、それだけの価値があったのだ。
しかしどれほど美味そうな料理であっても王は一瞥するだけで口にすることなく。
「いらぬ」
王の無慈悲な言葉と共に、料理人達は次々と城から追い出されていった。
その間、王は水と塩以外のものに手をつけることは決してなく、その体はどんどん痩せ衰えていく。
王の周囲の人間はこれを見過ごすわけにはいかなかった。確かに王は狂ったが、それは食事に関することだけ。王の政務に問題は無く、今でも国が国である理由に王の存在は決して欠かすことはできなかったからだ。
しかし、王は家臣の願いに頑として首を振らなかった。
「何故料理を口にしないのです。貴方が倒れては私が……」
例え、愛しき后に縋られようと。
「王よ。せめてパンだけでもお食べください。王が倒れては、この国が……」
例え、信頼する大臣達に懇願されようと。王は決して料理に手を付けることは無かった。
このままでは王が危ない。痩せ細っていく王を見てそう考えた大臣は、国内国外問わず広く料理人を募集した。
―――王が食すことができる料理を作れ。それを成し遂げられたものは、どんな願いでも一つだけ叶えよ
う、と。
財貨を求め、名誉を求め、権利を求め、大陸中のあらゆる料理人がそれに挑戦した。美食、郷土食、怪食が、連日王の前に所狭しと並べられた。しかし、王が食器を手にもつことは一度たりとてなかった。
いつしか王の体は骨と皮だけになり、挑戦者もあらわれなくなった頃、一人の少女が現れた。
料理人の正装たるエプロンすら身に纏わず、泥まみれの手の上に乗せられたのはひび割れた深皿だけ。
薄汚れた少女が差し出したその料理は、危険な毒草や奇怪な毒虫がドロドロに溶けた泥水のスープであった。
あまりにもひどいその料理に人々は悲鳴をあげる。ざわめく部屋の中で、ただ一人沈黙を続けていた王に少女は言った。
「私が求めるのは、貴方の死である」、と。
王への叛意ありと判断した護衛が動き出す。だが、それよりも早く動いたのは王であった。
王は食器も使うことなく、深皿に口をつけ一息に泥水のスープを飲み干してしまったのだ。
一瞬の静寂の後、部屋の中が怒号と絶叫で埋め尽くされた。大臣は大慌てで医者を呼びに走り、護衛達は少女を取り押さえる。
しかし王はその阿鼻叫喚の中、小さく微笑み囁いた。
「最初の料理人は思いの篭らぬ惰性の料理であった。続く料理人は王の専属の名に向けて料理を作った。その後の料理人は自らの欲望のために料理を作った。后の心配は己自身のために、大臣の懇願は国を思って
――我を思い、我のため料理をつくったのはお主だけであった。
毒に犯された青い顔で、王は満足したように笑みを浮かべたまま死んだ。
翌日、国中が王の死を悼む中、ひっそりと一人の少女の首が落とされた。
少女は、最初に追い出された料理人の娘であった。
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