アカネとミズキ
誤字脱字、変な改行、その他もろもろ突っ込みたい点は遠慮なく言って下さい!今回は主となる二人の関係性と、本作の世界観を掴んでいただきたかったので、ダラダラと文を書きましたが、次回からは少しずつ話を進めたいと思います
都心から少し外れた地で、その本屋は静かに来客を待っている。開店はいつも辰の下刻(午前九時)。なのだが、茜の幼馴染である瑞樹は別だ。幼馴染としての使命の様な何かがあるのか、瑞樹は開店前に茜の元を訪ねる。そして、それは今朝も変わらなかった。瑞樹はいつもの様に窓から店内を覗き、扉を開ける。すると、店の二階へと続く大きな階段の途中で丸くなる背中が目に留まった。顔は長い髪で隠れ、誰なのか確認する事は出来ない。だが瑞樹は、顔を見なくともその背中が誰の物なのか分かってしまい
「茜さん!」
「…⁈」
大声で名前を呼ぶと、階段にいた背中が大袈裟に跳ねた。そして、側に散乱、山積みとなっていた本が音を立てて階段から滑り落ちる。茜は眠そうに目を擦り、幼子の様に欠伸を一つ。寝起きでまだ視界がボヤつくのか、瞬きを繰り返す。そして、やっと目の前の人物が瑞樹だと気付き、尚且つ怒っているのだと理解した。ニコリ、と目だけを除いて笑っている瑞樹につられ、茜はぎこちない笑みを浮かべる。
「茜さん?俺が怒ってるの分かってますよね?」
「は、はい…」
頭上から注がれる刺々しい視線から目を逸らしつつ、茜は頷いた。しかし
「いいえ、分かってません!徹夜で本を読み漁るのは止めて下さい、と言ったのはたった三日前なんですよ⁈三日前、俺が四半刻(しはんとき→三十分)かけてした説教の中で言った事、茜さん一つで実行しましたか⁈」
瑞樹のあまりの勢いに、茜は思わず耳を塞ぐ。三日前、瑞樹に再三、口酸っぱく言われた事を挙げるならば
〝夜は床で寝る事〟
〝食事は三食しっかり摂る事〟
〝己の体力の限界を考える事〟
の三つだ。茜は、瑞樹に言われた事を実行したかどうか、考えなくとも答えられる。だが、即答すると余計に怒られそうなので、少し思案する振りをし、首を横に振った。
「ですよね…」
瑞樹は、茜の応えに溜息をつく。その溜息は呆れか、それとも諦めか。きっと両方だ。茜の、お世辞にも規則正しいとは言えない生活習慣に呆れ、何度注意したって欠片も改善されないそれに、注意という行為を諦めかける。だが、幼馴染である少女を見捨てるわけにもいかなく、瑞樹は茜への注意を続けるのだ。今日だって、階段の途中で本を読み続けた挙句、寝落ちしてしまった茜を叱ろうと口を開いた。が、今日が何の日なのか思い出し、喉まで出かかった言葉は引っ込んだ。瑞樹は、まるで母親の様な小言を言う代わりに「今日だけは夜更かしするのも、徹夜で本を読み漁るのも注意しません。萩さんが行方不明になった日ぐらい、一日中萩さんの事を考えて、手掛かりを探すのは許される行為なのだと俺と思いますから」座ったままの茜に目線を合わせ、瑞樹は口元を緩ませる。茜の兄、萩が行方不明になって今日で六年。いつも以上に、兄探しへ力を入れる茜の行動を妨げる様な野暮はいくら瑞樹だってしない。萩の居場所を探すには、それに関する本を片っ端から読み、手掛かりを探すしかないのだ。加賀鳶家の本屋にある本だけでも目眩がする程の量がある。それでもやるしかないのは、瑞樹も重々承知の上だ。
* * * * *
夕陽が傾き、本を読むには些か支障を来し始める頃、それに気付いた茜は店の会計場で読んでいた本を閉じた。客足は申の中刻(午後四時)を過ぎた頃から途絶え始め、申の下刻(午後五時)に差し掛かろうとする今では店内に客は一人もいない。茜は、すっかり冷め切った茶がまだ残る湯呑みを手に取り、閉店の準備をする為に腰を上げた。湯呑みは台所へと片付け、店の前に下げた開店を知らせる札を、閉店の札へと変える。すると、隣に建つ骨董屋から瑞樹が姿を現した。その骨董屋は、瑞樹の実家である諒咲家が営む店。ただ、諒咲家の三男である瑞樹曰く自分は、跡取りなどの厄介事に巻き込まれないお気楽な三男坊、らしい。確かに長男でない限りは店の後継問題や結婚の有無などを問われない為、茜の兄探しを手伝えるのだが、果たしてそれで良いのだろうか。骨董屋の営業時間内にも、ちょこちょこ自分の元を訪ねる瑞樹を見るたびに、茜の心をそんな不安が掠めた。しかし、本人が良いと言うのだから、無闇に首を突っ込むまい。そう割り切れば、こんな風に瑞樹が顔を出しても「まだ少し寒いから、お互いに客足が伸びないね」などと、世間話が出来る。諒咲家の三男である瑞樹と、加賀鳶家の次女である茜、双方共に年端もいかぬ内に婚約を迫られる立場ではないのだ。それ故二人の関係が未だ姉弟関係に近いという事は、本人達が一番分かっているのだろう。
(兄さんが今の私達を見たら何て言うかな……)顔も声もはっきりと覚えていない兄を思い浮かべつつ、茜は心の中でぼんやりと考えた。その時「茜さん?」顔を覗き込む体勢で名前を呼ぶ瑞樹の声に、茜は我に返った。少し不貞腐れた様な瑞樹に〝俺の話聞いてましたか〟と言われ
「ご、ごめん…何だっけ?」
「だから、夕餉(夕食)をうちで一緒に食べませんか、って」
「夕餉?あ〜……うん。えっと…」
返事に迷っているのか、茜は曖昧は言葉を繰り返す。きっと、瑞樹の両親に迷惑なのでは、と考えているのだろう。茜がこうなる事を瑞樹は予想していた。
「言っときますけど、茜さんに拒否権ないですから」
「えっ…?」
「俺と茜さんの仲なんですから、遠慮なんてやめて下さい。父さんも、母さんも是非にって言ってましたよ?」
瑞樹は、そう茜の腕を引いた。
「……うん。ありがとう」
瑞樹の言葉に茜の心が軽くなる。毎年繰り返される同じ会話に、同じ行動。去年も、一昨年も、その前も……萩が居なくなった日は諒咲家で茜は夕餉を摂る。もう何度目かの事なのに、まるで始めてする様な感覚を毎度感じた。茜は、瑞樹に招かれるがままに骨董屋へと足を踏み入れる。すると
「茜さん、こんな風に誘いでもしないと、また食事を忘れて本を読み始めそうですしね」
付け加える様に瑞樹は言い、小さく笑った。