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第8話【襲撃】

「お待たせ──おお、昼飯がある。そう言えば夜勤明けで何も食べてなかった。横田さんも荷物を置いて──あ、佐々木さん」


 野上と横田が、邪魔にならない場所に荷物を下ろし、遅めの昼食を摂った。


「やっぱり、真島さん居なかった?」


 はい、と佐々木が頷いた。


「野上さんと横田さんは、何か荷物を取りに?」


 横田が、頬張ったおにぎりを飲み込み、答える。


「俺のアパートに、武器になる物と、何かに使えるかもと思って工具箱を」


 武器ですか、と驚く佐々木に、包みを指差し野上が続ける。


「──さっき横田さんに加工してもらった、先の尖った鉄パイプが6本。あとは手頃な長さのパイプが4本、かな」


 まぁ、使いたくはないけど、と野上は苦笑した。


「横田さんに手間掛けて貰って言うのもなんですけど……本当に、いざという時だけにしましょう。これはゲームや映画じゃない。死んだら──」


 ──終わりなんだ。


 分かってます、と横田が豚汁を飲み終えて返事をした。


 野上が京介を見る。

 京介も、無言で──しかし力強く頷いた。

 理解している、という気持ちの現れだろう。


「よし。じゃあ、片付けたら、自由時間にしましょう。俺、正直……眠い、です」


 そうだろうな、と村田が労う。

 普段ならとっくに寝ている時間だ。

 食べ終わった食器を女性陣が手際よく片付けた。


「お父さん、また外に遊びに行って良い?」


 一馬がウズウズしながら訊いて来た。


「うん? ああ、そうだな。由美、悪いけど、付いて行ってあげて」


 了解、と由美が応じ、佐々木も莉菜を連れて四人で外へ向かった。


 ──今のところは、平和だな。


 これだけの人数が居て、校門にも見張りが居て……


 野上は安心感からか、強烈な睡魔に襲われた。

 横になり、目を閉じる。床が固く、背中が痛いが構っていられない。


 暫く微睡む……


 ──なんだ。やけに騒々しい……


 ──気のせい、じゃない!


 野上は起き上がり、壁掛け時計を見た。

 15時を少し回ったところだった。


 体育館の出入口や、グラウンドを見ることが出来る場所に人だかりが出来ている。


 グラウンドに面する壁には、嵌め殺しのガラス窓があり、グラウンド全体が見渡せるようになっている。


「野上君、南門の方で何かあったみたいだ」


 南門──グラウンド側から出入りが出来る門──で?


 村田が緊張した面持ちで野上に告げた。


──由美達はまだグラウンドか──?


 野上と村田は、グラウンドを見る為、ガラス窓まで急ぐ。

 そこには既に横田と京介、君江が居た。

 グラウンドにはまだ子供達や、その保護者達が居る。皆、立ち止まり、南門の方を見ている様だ。

 窓からはグラウンド全体が見渡せるものの、南門自体は校舎に遮られて見えない。


 ──由美達は……居た!


 南門に程近い遊具で遊んでいたらしい。由美と佐々木、一馬と莉菜が固まっている。


 ──パァン!


 空砲の様な、何かが破裂した様な音が響いた。


「なあに? 今の音……」


 君江が身を乗りだす。


 一瞬遅れ、悲鳴と怒声がほぼ同時に上がる。

 校舎の陰から、南門を見張っていたと思われる大人が数人、グラウンドの方へ走って来た。ある者はよろけ、ある者は転び……相当慌てている様だ。

 見張り役は、手を振りながらグラウンドに居る者達に向かって何かを叫んでいる。

 それを合図に、子供達や保護者達が皆一斉に体育館に向かって走り出した。


「なんだ? 何が起きている!」


 ──パァン!


「な……?」


 野上は硬直した。


 見張り役の内の一人の頭部が──破裂した。頭を失った身体がそのまま二、三歩進み、倒れた。


「の、野上君……!」


 村田が横で声を振り絞って野上を呼ぶ。


 校舎の陰から、男が一人、フラフラと歩いてグラウンドに侵入して来た。

 手には何も持っておらず、ここから見る限り、見た目は普通の、痩せ型の男性だった。


 だが──


 男は、頭部を失った見張り役の所で四つん這いになり──

 死体を貪り始めた。


「ば、化け物だ!」


 横田が叫ぶ。


 野上はもう一度、由美達が居た場所に目を遣る。

 由美は一馬の手を引き、佐々木が莉菜を抱き抱えて、既にこちらへ向かって走っている。佐々木が逸早く危険を感じ取ったのだろう。


「どうする? 野上さん!」


「由美達を迎えに行く!」


 野上は急ぎ包みから鉄パイプを引き抜く。


「俺も行きます」


 横田も鉄パイプを引き抜く。


「いや、危険だ。由美達を連れてここまで戻って──」


「でもそれじゃいずれ、化け物はこっちへ来ます! ここは安全だったかも知れないけど、逃げ場もないんです!」


 なら、打って出る──か。


「……分かった。でも決して無茶はしないで下さい」


 分かってます、と横田が頷いた。


 京介が不意に、鉄パイプを引き抜いた。


「京介──アンタはここに居なさい!」


 君江が大きな声で京介を止めた。


「──子供扱いしないでくれ。ここで黙って見ていても……誰かがやらなきゃ結果は一緒だろ?」


「この子は……! 野上さんからも言ってやって!」


 野上が京介を見る。勿論、思い留まらせる気だ。


「京介君。気持ちは解るが君はまだ──」


 ──子供扱いはするな、か。


 野上は村田を見た。

 村田は一瞬躊躇ったが、頷いた。


「絶対帰って来い。お前は君江を──母さんを守って行くんだからな」


 お父さんまで──と君江がこぼした。

 君江は目を瞑り、幾度か頷き、


「本当にもう、いつの間にか逞しくなっちゃって……野上さん! 京介をお願いします!」


 野上は躊躇う。はっきり言って、守ってやれる自信がない。


「京介君。危ないと思ったら構わず逃げろ。絶対に……無茶はしないでくれ」


 京介が頷いた。

 野上は横田と京介に目配せをし、再度確認をした後、村田に向かい、


「村田さんはここで待機して、由美達が戻ったら保護して下さい」


 村田が頷く。


「よし、横田さん、京介君。行こう!」


 三人は、右往左往する人々をかわしながら体育館を出た。

 グラウンドの方を見る。

 子供達や保護者達が体育館に向かって次々に戻って来る。

 野上はそれをかわしながら由美達を探す。


「居た! 由美! 早く!」


 由美達は野上の姿を見て、こちらへ向かって走って来た。

 野上達も走る。


「優ちゃん! 化け物が!」


「分かってる。由美達は早く中へ──村田さん達と一緒に居てくれ」


「野上さん達は……まさか」


 佐々木が、鉄パイプを持った三人を見て、驚く。


「大丈夫。危ないと判断したら一旦退くから。無理はしない」


 さあ早く、と四人を体育館の方へ促す。


 グラウンドの方を見ると、化け物がゆっくりと立ち上がっていた。


「優ちゃん! 気をつけてね! 絶対、無理しないでね!」


 分かってる、と野上は頷いた。


 再び化け物を見る。

 他のグループの者達数人が、化け物に向かって行くのが見えた。それぞれ、手には竹箒の柄を折って先を尖らせた物や、草刈り鎌を持っている。

 戦う気だ。


 躊躇いなく化け物へと接近した所を見ると、彼等の中には化け物との戦闘経験者は居ない様だ。

 明らかに野上が遭遇した化け物とはタイプが違う。

 相手の攻撃方法が判らない以上、不用意に近付くのは危険──


「みんな、危ない! 一旦──」


 まだ化け物との距離が少しある為、野上が先に到着し化け物を包囲する者達に向かって叫ぶ。


 化け物の顔に変化が現れた。

 両目を閉じていた。

 右目の(まぶた)、その周辺が、膨らみ始めた。

 どんどん膨らむ。包囲した者達が呆気にとられている。


「早く! 離れろ!」


──パァン!


 さっき聞いたのと同じ音がした。

 化け物の正面に居た人の、頭が吹き飛んだ。


「な、なんだ? 今の! 目が……伸びた?」


 化け物は、物凄い速度で眼球を相手に向かって撃ち込んだ様だった。

 瞼の内側で力を溜め、それを一気に放出している。

 あれは、発射音だった様だ。

 化け物の右眼窩から伸びた管の先に付いた眼球が、するすると戻って行く。


──パァン!


 続けざまにまた音がした。

 隣で呆然としていた者の頭が破裂した。


 ──左目か!


 どうやら、この化け物は両目を使って攻撃するらしい。

 撃ち出した左目が、するすると化け物の顔に戻って行く。


 包囲が崩れた。

 数人が逃げ出し、残った者達は、化け物から距離をとった。


「野上さん、どう、します? あんなの……避けられない」


 野上達は一度立ち止まり、作戦を練る。


「両目を使って攻撃してくるみたいだな。確かに、あれを避けるのは無理だ。でも……」


 野上は周囲を見回す。


「何か──盾になるような物があれば」


「あ、あれなんかどうですか?」


 横田が指差したのは、体育館と第二校舎の間にある、渡り廊下に敷かれた渡り板だった。1メートルぐらいの物で、枕木の上に、細長い板が数枚、打ち付けられている。


 野上は頷き、三人は一旦、急いで体育館へと戻る。

 木製の渡り板を一枚持ち上げる。然程重くはなく、枕木の部分を掴めば、盾として使えそうだ。


「全身をカバー出来そうにないな。屈んで……こんな感じで」


 野上が、渡り板を斜めに立て、その後ろに隠れる様に屈む。枕木を掴み、渡り板をガリガリ言わせながら少しずつ前に進んで見せた。


「うん、板の隙間から前も見える。強度が判らないけど……何とかなりそうだ」


 三人はそれぞれ板を抱え、再び化け物の許へ向かった。


 その間に、遺体が二つ増えていた。


 包囲は更に遠巻きになっている。


「横田さん、京介君。この板で防御しながら、化け物との距離を詰める。で、鉄パイプの届く距離に入ったら……胴体、出来れば心臓を狙う」


「心臓の正確な位置なんて、俺、分からないです。……この辺?」


 横田が自分の胸に手を当てる。


「実は俺も。たぶん、その辺でしょう。とにかく胴体を狙う。頭を攻撃しても、効くかどうか判らないから」


 横田と京介が頷いた。


「三方向から同時に行こう。正面からは俺が行く。二人は左右に別れて、奴の斜め後ろから近づいて」


 ──奴の射程距離は、そんなに長くはなさそうだ。


 板と鉄パイプを持って現れた三人を、他のグループの者達は見守った。


 最初に野上が化け物の正面に立ち、渡り板の盾に身を隠す。

 板の隙間から化け物を捉える。距離は20メートル程。

 化け物が野上に向かってフラフラと歩き出した。


 横田と京介が配置に付いたのを確認し、野上も化け物に向かって前進を始めた。続いて横田と京介も動く。


 化け物は一度立ち止まり、周囲を見た、のか何なのか──両目は閉じたままだった──或いは耳で聞き取っているのか、とにかく周囲を気にする様な素振りを見せた。


 そして再び、野上の方へと歩き出した。


 ──よし、良いぞ。そのままこっちへ……


 京介がいきなり立ち上がり、板の盾を前方に掲げ走り出したのが見えた。


「京介君!」


 京介が猛スピードで化け物に接近する。

 化け物の左目が、既に膨らんでいた。


──パァン!


 眼球を撃ち出す音。同時に木片が飛び散った。

 衝撃で京介は後方に倒れた。


 ──まずい!


「うおおっ!」


 野上は立ち上がり、板の盾を前方に突き出すようにして、化け物へ突進した。


──パァン!


 板を掴む腕に衝撃。幸い、盾を斜めしていたので、まともには食らわず、眼球は上方へ逸れた。

 それでも、板の盾は上半分が砕けた。


 ──くそっ……!


 野上はそのまま化け物に向けダッシュする。


「おおおっ!」


 鉄パイプを投げ捨て、化け物の胴を目掛けて飛びかかった。

 右脇腹にしがみつき、そのまま背面へ回り込み、化け物を羽交い締めにした。


 ──正面に立たなければ撃たれない筈──


 化け物の左目は既に戻り、右目もまた、するすると戻り始めている。

 野上は化け物の背後から、手を伸ばす。

 右手で、眼球に繋がる管を掴んだ。

 そのまま、下に強く引っ張る。


「……うう、おおお!」


──ブチッ


 化け物の右眼窩から血が噴き出す。

 化け物は頭をカクカクと震わせた。


 ──まだ左目がある……

 だが背後に居れば、撃てないだろう──


 ゴキン、という音が野上の目の前から聞こえた。


「……?」


 化け物の頭が、グキグキと音を立てながら、

 180度回転した。

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