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第6話【集会】

「じゃあ、この子が莉菜ちゃん?」


 一馬の後ろに、可愛らしい女の子が一人居た。


 はい、と佐々木が答えた。

 ねぇまだ遊んでても良い? と一馬が言ったので、野上は頷き、


「仲良くな。あまりフェンスの方へは行くなよ」


 わかった、と元気よく返事をし、一馬達は走って行った。


「見つかって良かったですね。娘さん」


「はい。思ったより簡単に見つけられたのでビックリです」


 本当にそう思う。お互い、運が良かったのだろう。


「奥さんも無事で良かったですね」


「ありがとう。あとはまぁ、親類まで考えると……連絡取れないし、直接行くには遠いし」


 そうですよね、と佐々木も頷いた。


「でもまぁ、取り敢えずは──良かった、という事で」


 元気に遊ぶ子供たちを眺めながら、野上が言った。


「あ、そうだ。佐々木さん、真島さんは見なかった?」


 佐々木は首を振った。


「いえ……と言っても、まだ全部見て回った訳じゃないので」


 それもそうだ。佐々木も娘さんを探していたのだから。


「まだ、あそこから──あの家から離れてないのかな……」


 野上の頭の中に、あの光景が再生される。


 妻の頭を抱き


 人目も気にせず哭き


 全てを失った男の後ろ姿──。


「真島さん……」


 野上は視線をグラウンドに戻す。


 楽しそうに笑う、一馬や莉菜と友達。


 それを見守りつつ、何やら話し込んでいる大人達。

 そこへ、二人程走って行った。

 体育館の方を指差し、何かを伝えている。

 その内の一人が野上達に気付き、近付いて来た。


「もうじき、体育館で話し合いを行うみたいです」


 話し合い?


「何を……いや、どうやって話し合うんです?」


「さぁ……そこまでは。ただ、学校側から言われたので、たぶん今後の事とか、じゃないですかね」


 状況説明やら注意事項やらを学校側の代表か何かが住民に伝えるのか。


「まぁ、子供たちは飽きるでしょうし、このまま遊ばせてても良いとの事ですから、何人かは残って見守ってもらえれば、と」


 野上は佐々木を見た。

 佐々木は頷き、私が残りますよ、と言った。


「じゃあお願いします、佐々木さん」


 では後程、と言って野上は佐々木を残し、体育館へと向かった。


 体育館内は相変わらず人で溢れかえっている。

 校舎の方にも沢山の避難住民が居る筈だ。

 さすがに全員、体育館に集まるのは無理ではないか……


 野上は取り敢えず、由美の居る場所に戻り、腰を下ろした。


「何か……始まるらしいな」


 由美は体育館の前方にあるステージを見ながら答える。


「うん。たぶん、ほら、あのステージの中央に立ってる──校長先生から説明があるみたい」


 野上はステージ上を見た。

 何人かが立っている。真ん中の年配の男性が、手に拡声器を持ちスイッチを入れた。


「あ、あ──ええ、皆さん。お疲れの所、恐縮です。私はこの小学校の校長、藤井(ふじい)と申します」


 それまでざわついていた体育館内が、幾分静かになった。

 藤井校長が続ける。


「さて、まずは現状について判っている範囲でご説明します。ええ……、昨夜未明に出された非常事態宣言ですが──」


 野上は校長を見据え、腕を組んだ。


「原因は解りませんが、全国各地で、似たような現象が起きている……私も直接見た訳ではないので俄には信じがたいのですが──化け物が多数、発見、報告されているというものです」


 そうか。ここに居る全員があの化け物を見た訳ではない、のか。


「そしてその化け物というのが、実に危険極まりないという事で……事態を重く見た政府が非常事態宣言を出したと、そう言う事であります」


 本当に情報が曖昧だ。

 わざわざ説明をすると言った学校──つまりは自治体か──がこの程度の認識では、化け物についての情報はあまり期待出来ない。


「ええ……それに伴い、この小学校もそうですが、市役所や市民体育館と言った公共施設が一時避難場所に指定された次第であります」


 化け物についての情報はともかく、一般市民を避難させるという事は、政府も化け物の危険性についてはある程度認めているのだろう。


「ですが──いつまでこの避難指示が続くのかは全く以て判りません」


 体育館内がざわついた。

 当然である。このまま避難生活に突入するのであれば、皆の心配事が一気に膨れ上がる。


「ええ、ええ……まず、皆さんが心配されている食料や水については、普段からこの小学校では災害時に備えて備蓄しております」


 だが、この人数は想定していないだろう。


「あとはですね、市役所や自衛隊からの援助物資が随時届く予定となっております」


 ──自衛隊は機能しているのか──


「自衛隊が居るなら、なんでヤツらを野放しにしているんだ!」


 住民の内から怒鳴り声が聞こえた。

 きっとあの人もここに来る前に、あの化け物に遭遇したのだろう。


「ええ……ええ、あの、自衛隊の方々はですね、まずその、国や地方自治体にとっての中枢機関と言いますか、そういった場所を優先的に守るようになっているようでして──」


 それはそうなのだろうが……それで納得するだろうか。


「ええ、その他に、そう、各地の……避難場所に指定された施設に物資を運んだり、あとはライフラインとして重要な、電気、ガス、水道に纏わる施設も守っているようです」


 この場合、施設そのものを守っているというより、その施設を動かせる人間を守っている、という事か。


 という事は、そこで働いている人は、この状況下でも働いている、のか……

 しかし、交通機関がマヒしているのなら、そういった施設の稼働も長くは保たないだろう。原料が底をつく。

 だが仮にその辺までカバーしているとなれば、自衛隊には市民を守る為、化け物を駆除する為に人員は割けないだろう、と思う。


 いや、それでも何れは、立ち行かなくなるのではないか……


 あの化け物が居なくならなければ。


 だとすれば、この避難生活は長引けば長引く程……まずいのではないか。


 ──いや、それ以上は、今考えても無駄だ。


「──ですから一応、水道からは水も出ます。しかし、ガスについては容器配送だった為、現在ある分を使い果たすと次はあまり期待出来ません」


 配送トラックが動けなければ、たぶん次は無いだろう。


「電気も使えますが、後々の事を考えて節電を心掛けて下さい」


 そこまで言って、校長は拡声器を下ろした。一通りの説明が終わった様だ。

 校長が隣に居る男性に拡声器を渡した。


「ええ、続きまして……今後の集団生活につきまして、幾つか提案、と申しますか、皆さんにご協力をお願いしたい事がございます」


 この言葉をきっかけに、ステージ袖から段ボールを持った人が出て来た。


「今後、皆さんから我々に対し、様々な意見、要望等が出ると思います。ですが、あらゆる方向から一挙に声が上がりますと我々も対処しきれません、むしろ混乱が増すでしょう。そこで──」


 男性は一旦区切り、一呼吸した。


「皆さんの方で、まずグループを作って下さい。出来るだけ人数の多いグループの方が助かりますが、最低でも10人単位でお願いします」


 全員、一人一人を相手にするよりは、グループで意見をまとめてからの方がまだやり易いのだろう。

 それでも、ものスゴイ数だろうが……。


「グループと、その代表者が決まりましたら、こちらに用意した紙に幾つか記入していただき、提出して下さい。今すぐじゃなくて結構です。よく話し合って決めて下さい。──以上です」


 皆が一斉に話始めたので、体育館内は一気に騒がしくなった。


「──急にそんな事言われても、ねぇ……優ちゃん」


 困惑した表情で由美が野上に話し掛ける。


「そうだな……」


 由美は一馬を通じて、その親達との交流があり、顔見知りが結構居る様だが……野上はほとんど知らない。

 ざっと見渡してみても、知っている顔は見当たらない。


「お母さんはどうだ? 一緒のグループになりたい友達は居る?」


 由美は、ううん、と言って考えている。


「そうは言っても、ねぇ。時と場合によるものねぇ……」


 確かにそうだ。普段の催しものとは事情が違う。


「それに、優ちゃんも周りが私のママ友ばっかりじゃあやりにくいでしょ」


 ハッキリ言ってやりにくい。

 野上は思いっきり頷いた。


「そんなに力一杯頷かなくても良いでしょ。まぁ、優ちゃんらしいけど」


 野上は腕を組み、どうしたものかと考えていると、


「あの……もし良かったら、ご一緒にどうですか?」


 後ろから声を掛けられた。振り向くと、作業服の男性だった。


「急にすみません。あ、俺、横田(よこた)っていいます」


 まだ二十代半ばくらいの、大人しそうな感じだ。


「俺、まだ独り身だし、こんな状況は初めてなんで、いきなりグループ作れって言われても……困っちゃいまして」


 そうですよね、と野上は相槌を打った。

 第一印象は悪くない。断る理由も無い、が……

 野上は由美の顔色を伺う。


「優ちゃんに任せるよ。あ、決して優ちゃんに丸投げしてる訳じゃなくて。私は、あなたに付いて行くから」


「……そっか。分かった。ありがとう、由美」


 あら珍しい、と由美が笑った。

 野上も、自分で言っておきながらちょっと驚いている。

 久々に由美を名前で呼んだ事。

 素直にありがとう、と言えた事……


 これはちょっと、久しぶりに由美を愛し──

「あのう……駄目ですか?」

「いや、駄目じゃないですよ!」


 野上の慌てぶりを見て、由美がクスクスと笑った。


「なぁにを慌ててるんでしょうこのヒトは」


 ──すっかり読まれている。


 わざとらしく咳払いをして、野上は横田と名乗った成年を見た。


「横田さん、ですね。こちらこそ宜しく」


 あ、ありがとうございます、と横田は頭を下げた。

 宜しくお願いします、と由美も続けた。


 野上、由美、一馬、横田。これで四人。

 あと六人、か。


 近くに佐々木が居れば誘うのだが……

 いや、さすがにまずいか。いや、別に疚しい気持ちは無いけども。でもやっぱりまずいか。ううん……


「野上さん」


「はい。……はい?」


 呼ばれた方を向く。


 佐々木が、一馬と娘さんの莉菜ちゃんを連れて立っていた。


「何か急に、体育館の方が騒がしくなって……一馬君が行ってみようって言うので連れて来ちゃいました」


「ねぇねぇ、何があったの? ビンゴ大会?」


 一馬が目を輝かせて訊いてきた。


「どこから来るんだ、その発想。全然違うよ」


 野上は苦笑した。

 由美が、こっちおいで一馬と呼ぶ。


「あのね一馬。さっき校長先生達が、皆さんでグループを作って下さいって。で、そっちのお兄さん、横田さんって言うんだけど、お父さんのグループに入りたいって」


 宜しくね一馬君、と横田が挨拶をした。

 お願いしまぁす、と一馬が返した。


「あの……グループを作る、って何ですか?」


 佐々木が訊いてきた。

 野上は先程の学校側からの話をかいつまんで説明した。


「そうなんですか。それで──」


 佐々木が体育館の中を見回す。

 騒がしくなった事情を理解したようだ。


「佐々木さん、でしたっけ?」


 由美が話し掛けた。


「佐々木さんはもう、宛はあるんですか? グループの」


 佐々木は手を振り、


「いえ、特にはありません」


 何を言うつもりだ、由美。


「良かったら、ご一緒しませんか? 佐々木さん」


 由美はニコニコしながら佐々木を誘った。

 いや、ニヤニヤしている?


 ──ちょっと、怖いんですけど。由美さん。


「え? 良いんですか! ありがとうございます! 良かったね莉菜。一馬君と同じグループだって!」


 恥ずかしいのか、莉菜は佐々木に抱きついてしまった。


「これで六人ね。優ちゃん、良いよね?」


「え? ああ、勿論」


 宜しくお願いします、と佐々木が頭を下げた。

 よよ宜しくお願いします、と横田が返した。


 ──とにかく、これで六人だ。


「──ひぃふぅみぃ……六人? まだ大丈夫?」


 年配の女性がこちらを堂々と覗き込み、数えている。


「おばちゃん達も、お仲間に加えてくれる? 私とじい様と、高校生の息子なんだけど……」


 そう言えば、最初から隣に座っていた人達だった。

 確かに、自らをおばちゃんと称するだけあって、中々に親しみやすそうな女性と、白髪を短く刈り込んだ、少し気難しそうな男性、スマートフォンも使えず、暇を持て余す男子高校生が居る。


「皆さん、凄く良い雰囲気だし、ね? お爺ちゃんも良いよね?」


 いきなり振られた老人は──と言ってもまだ六十代だろう。まだまだお年寄り扱いするのは気がひける程にしっかりとしている──ちょっと顔をしかめた。が、姿勢を正し、


「──宜しく、お願いします」


 と野上に頭を下げた。


「いや、そんな──頭を上げて下さい。こちらこそ、なぁ……」


 対応に戸惑い、思わず由美を見た。

 由美は微笑み、頷いている。


 野上も姿勢を正し、挨拶をする。


「私は野上と言います。妻の由美に息子の一馬。そちらの男性が横田さん。で、隣に居る女性が佐々木さんで……娘さんの莉菜ちゃん」


 老人とおばちゃんが、野上の紹介に合わせて全員の顔を見た。


「ご丁寧にありがとうね。私は中山君江(なかやまきみえ)と申します、なんて言葉久しぶりに使ったわよほほほほ。で、じい様は私の父で、村田辰雄(むらたたつお)。昔っから(たつ)さん、辰さんって呼ばれてるわ。それで、そっちの無愛想なのが、息子の中山京介(きょうすけ)ですホラご挨拶しなさい」


 君江が一気にまくし立て、息子を呼ぶ。

 京介は少し長めの黒髪をかきあげ、


「……よろしく」


 と言った。お願いします、でしょ! と母親の君江が叱る。


「まったく、ごめんなさいね。男親が居ないとこれだから……なんて言われたくないから頑張ってるんだけどねぇ」


 よく喋る娘ですまない、と村田が申し訳なさそうに言った。


「いえ、そんな事は……とりあえず、宜しくお願いします」


 野上が改めて挨拶をした。

 その後、それぞれが口々に宜しくお願いします、と言った。


 ──これで、九人、か。


「あと一人、ですね」


 横田が人数を数えて、野上に確認した。


 野上は、一度頷き──


「いや、もう一人──居るんです。今はちょっと……ここには居ないんですけど」


 それは勿論──真島の事だった。

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