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第5話【再会】

「こんな……こんなのって──!」


 手に持った女性の頭部を抱え込み、真島が──泣いた。


「真島さん……」


 野上は、真島の名を呼び、それ以上は何も出来なかった。


「こいつが、綾子が何をした! 何で……何でこいつがこんな目に遇わなきゃならねぇんだ!」


 この場に居ない、何者かへの真島の怒りは、虚しくこだました。


 遅れて上がって来た佐々木も、部屋の内部を見て一瞬で事情を察し、黙った。


「俺は……俺はさ、そりゃ悪いこともしたよ。でもこいつは──何もしてねぇだろうが!」


 畜生、畜生──


 真島はたぶん、野上達に向けて言葉を発してはいない。


 野上は佐々木に、真島の様子を見ていて欲しいと伝え、念の為、隣の部屋を見に行った。

 勿論、化け物が居ないかを確認する為だ。一階は既に真島が見ている筈だから省略する。


「……」


 隣の部屋の奥に、小さな、しかし綺麗に手入れをされた仏壇があった。

 中央に置かれた写真には、まだ幼い男の子が写っていた。


 野上は、何ともやりきれなくなり、手を合わせて目を閉じた。


 野上が真島達の居る部屋に戻ると、佐々木が野上に気付き、小さく首を振った。

 野上もまた、黙って真島を見守った。


「こいつにはホント……迷惑をかけっぱなしだった。中古だけど、やっと家も買ってさ……これから──これからだったのに……」


「真島さん……」


「お前には、何もしてやれなかった……だから、だから……これからだった」


 真島は女性──妻の綾子──の頭部を抱き締め、下を向いている。


「真島──」


「だから、だから悪い野上サン!」


 急に呼び掛けられ、野上は真島を見た。


「悪いけど、俺を暫く一人に──いや、こいつと二人にしてくれ」


「……」


 野上は即答出来なかった。

 そうしてあげたいのは山々だが、真島を一人にするのは危険ではないか……


「な? 野上サンは、ほら、佐々木サン家に付いて行ってやりなよ」


 その言い方は、どこか投げ遣りな感じに聴こえた。


「──分かりました」


 野上がそう返事をすると、佐々木が野上の顔を見た。大丈夫なのか? と言いたげな表情をしている。


「但し、後で必ず──小学校に避難して下さい。絶対に、ですよ」


 真島は少し黙り、やがて、野上達の方は見ずに、


「分かった。分かったから早く──行ってくれ」


 野上は佐々木を促し、階段を下りた。佐々木は真島に向かって、待ってます、とだけ伝え、その場を離れた。



 野上と佐々木は、何とも重い足取りで真島邸を後にした。


「大丈夫、かな……真島さん」


 佐々木が何度か振り返り、言った。


「どう、だろうな……」


 野上はそう答えた。そうとしか言い様が無かった。


「え? じゃあ……何で──」


「真島さん……たぶん、以前に息子さんを亡くしてる」


 佐々木はもう一度え、と言って沈黙した。


「あの状況で、俺に──俺達に出来る事は何も無い。危険だけどむしろ一人にしてあげた方が良いと思って」


 佐々木は立ち止まり、もう一度、振り返った。


「大丈夫、ですよ。きっと……」


 それは何に、そして誰に向かって言ったことなのか、野上には分からなかった。ただ単に、佐々木が自分に言い聞かせただけかも知れない。


 あとはもう、真島の精神力に賭けるしかない。


 野上は一度深呼吸をして、それから佐々木に家の位置を再確認した。


 現在地からだと、佐々木の家は小学校を一度通り過ぎ、そこから徒歩で5分ほどかかりそうだ。


 小学校付近では、避難の途中と思われる人たちを数組見た。

 それを横目に、野上達は佐々木の家を目指した。


「佐々木さんは、娘さん、でしたっけ?」


 あまり訊くべきではないのかも知れないが、今後の行動にも関わると判断した。

 今の所判っているのは佐々木には娘がいるという事だけだ。他に身内が近くに住んでいるなら、そちらも考慮しなければならない。


「はい。今年一年生で入ったばかりです」


 普通の世間話なら、ここから学校行事やら何やらで盛り上がるのだが、今はそんな事をしている場合ではない。


「娘さん……今朝は学校に?」


「私が一緒に付いて行ってあげて……その後、車で実家に行こうとしたんですけど……渋滞がひどくて引き返したんです」


 そして、野上と真島に出会した、という事の様だ。


「その、失礼だけど……旦那さんは?」


「あ、それが……昨日から連絡が取れなくって」


 昨日から?


「昨日の夜、会社帰りに飲み会があるとかで、それきり……」


 それはまぁ、よくある事だ。


「いつも電車で通勤しているので、帰りも電車かタクシーを使うと思うんです。だから……」


 交通機関がマヒしているなら、旦那さんはたぶん、足止めを食らっているのだろう。

 ならば、帰って来ている可能性はかなり低いのではないか。


「私、朝は慌てちゃってて思い付かなかったんだけど、さっき野上さんはご自宅で奥さんのメモか何かを──」


「ああ、そうか。旦那さんが帰って来た時の為に置き手紙を──」


「はい。後は必要な荷物とかも持って来たいし……すみません。こんな事に付き合わせてしまって」


 佐々木が申し訳なさそうに言った。


「いや、別に構いませんよ。他に──身内の方は?」


 いえ、近くには……と佐々木が答えた。


 それなら、佐々木の家に行った後は、小学校へ直行すれば良い。


 話しながら歩いたおかげで、気が付けばもう佐々木の家に到着したらしい。

 佐々木の家も野上同様、アパートだった。

 しっかりと施錠され、荒らされた形跡はない。

 佐々木は、すぐ戻りますと言って家の中に入った。


──由美と一馬は無事だろうか──


──真島さんは小学校へ避難しただろうか──


──こんな状況でも、シフト通り出勤すべきだろうか──


 佐々木が戻って来るまでの間、野上は色んな事を考えていた。


「お待たせしました」


 佐々木はやはり一人で戻って来た。旦那さんは帰って来ていなかった様だ。


「よし──じゃあ、小学校へ向かいますか」


 野上と佐々木は来た道を戻るようにして、小学校へと向かった。


「この辺には居ないみたいですね。あの──化け物」


 歩きながら、佐々木が周囲を警戒する。

 時々、遠くの方で大きな音がしたり煙が上がっていたりするが、幸い、野上達の行動範囲で異常は発生していない。


「それほど大量には居ないのかも知れませんね。あんな奴が、ゾンビ並に大量発生したらたまらないよ」


「野上さん、結構──ゾンビ映画とか好きでしょ」


 え? 何故それを──


「なんだかんだ言って、野上さんもゾンビゾンビ言ってますよ」


「そ、そうですか? まぁ、好きですけど」


 野上は照れ臭そうに笑った。佐々木も笑っている。


「実は私もよく観るんですよ。夜中にコッソリ」


 確かに、子供の前では観れないな。


 佐々木が、今までに観たゾンビ映画のタイトルを列挙した。

 勿論、野上は全て知っていた。


「結構マニアックだな佐々木さん」


「それが判る野上さんもなかなかです」


 今度は二人して大笑いした。

 今がどんな状況かを忘れて。

 しかし、目の前に出現した大きな建物を見て、瞬時に現実へと引き戻される。


 避難場所に指定された──小学校に到着した。


「着いた。しかし……」


 野上と佐々木は唖然とした。


 ここから見えるだけでも、かなりの人が押し寄せているのが判る。

 校舎一階の昇降口の辺りまで、人の列が出来ている。


 ──この中から由美と一馬を探すのか──


 相当、時間がかかりそうだ。


「野上さん、入りましょう。あの人達に言えば入れてもらえるのかな」


 佐々木が校門を指差す。男女数人が校門の内側と外側に立ち、見張っているような感じだった。


「あの──すみません。避難して来たんですけど……あ」


 森先生、と佐々木が言った。

 ああ、莉菜(りな)ちゃんのお母さん、と男が応えた。

 どうやらこの小学校の教諭らしい。


「お世話になってます。あの、森先生はこちらで何を──」


 森先生と呼ばれた男は、幾分疲れた表情をしているが、それでも笑顔で答えた。


「ああ、見張りです。一応ね。小学校は普段から不審者対策として周囲をフェンスで囲ってますから、出入りが出来る正門と南門を我々教員と、協力して下さる一般の方とで」


 さあどうぞ、と森に促され校門を通過した。常時、少しだけ開けて、いざとなったらすぐ閉めるのだろう。


「あの、ウチの莉菜は……」


「動き回ってなければ、体育館に居る筈ですよ」


 分かりましたありがとうございます、と佐々木が森に礼を言った。


「ああ、私は四年生の野上一馬の父親ですが」


 野上も訊いた。担任の教諭はここには居ないようだ。


「すみません。学年が違うと……自分も、全校生徒を覚えてはいませんので」


 それもそうだ。この教諭がもし知っていれば探す手間が省ける、と思っただけだ。

 野上も礼を告げ、佐々木と共に校門を離れた。


「じゃあ、私は体育館に──野上さんは?」


 少し考え、どのみち総て探すならどこから行っても同じだと思い、


「俺も体育館から探します」


 体育館へと向かいながら、改めてこの小学校の大きさを思い知った。


 三階建てで、教室が並ぶ本校舎、職員室や大きめな部屋──家庭科室や理科室等──のある第二校舎、そして体育館とプール、グラウンド……。


 体育館は本校舎向かいの第二校舎の裏にある。


 野上と佐々木は、体育館の入り口に立った。


「凄いな……予想はしてたけど」


 体育館のフロアを、ほぼ全部、人が埋め尽くしていた。

 周辺住民が一挙に押し寄せれば当たり前か。


 ──由美と一馬は──


 野上はざっと辺りを見回す。幸い、入り口周辺に、立っているのは野上と佐々木だけだった。もしこの体育館に由美が居れば、向こうからはよく見える筈──


「──お父さん! こっちこっち!」


 奥の方から聞き覚えのある声がした。

 野上は、声がした方を注意深く視る。


──由美!


 妻の由美が、立ち上がってこちらに手を振っている。一馬の姿は見えない。


「居た。佐々木さん、ごめん、ちょっと行って来る」


「──良かった! はい、分かりました。私はまだ、探します」


 安堵の笑みを浮かべ、佐々木が言った。

 佐々木の方は、まだ娘さんを見つけられていないようだ。

 佐々木は体育館の中をくまなく見ている。


 失礼、すみません、と繰り返しながら、座っている人を避けつつ、由美の方へ向かった。


「──お帰り。無事で良かった」


 由美は笑顔でそう、言った。その目には──涙を浮かべている。


「まぁ、何とか、ね。お母さんも無事だったか」


 うん、と由美は返事をした。

 そう言えば、もう何年も、野上は由美を名前で呼んでいない。

 勿論、一馬が生まれてからだろう。

 今更、気恥ずかしくて名前で呼べない、というのが実状だ。

 ──そんな事は、今はどうでも良いか。


「一馬は? 一緒じゃないのか?」


 由美は体育館の外──グラウンドを見て、


「飽きちゃったみたいで……お友達とお外で遊んでる」


 よく見れば、グラウンドのあちこちで子供たちが遊んでいる。

 ホント困っちゃう、と由美は笑った。


「そっか……本当に、無事で良かった」


 野上は心からそう思った。

 自分自身、化け物に遭遇し、命からがらなんとかその危機を回避し、一方で、真島の妻の死を目の当たりにし……


「あの女性(ひと)は? 知り合い?」


 由美が体育館の入り口を見ながら野上に訊いてきた。

 佐々木の事だろう。


「ああ、佐々木さんと言って、知り合いって程じゃないけど。ここに来るまでの間、一緒に行動してた人の内の一人だよ」


 ふうん、と由美が言った。


「娘さんが、この小学校の一年生みたいで、さっき校門に居た先生──森先生、だったかな? 体育館に居る筈です、って」


「そうなんだ……じゃあ、外に居るのかな」


 佐々木は暫くキョロキョロしていたが、窓から見える外──グラウンドに気付き、出て行った。


「──キレイなヒトだねぇ」


 由美が意地悪そうに言った。


「ん? そう、かな?」


 何故かシドロモドロになる。


「まったく……昔っから相変わらずなんだから優ちゃんは」


 由美は二人の時、野上の事を優ちゃんと呼ぶ。交際していた時のニックネームだ。


「……気をつけなさいよ、ア、ナ、タ」


 気をつけなさいよとはなんだ。


「優ちゃんにその気はなくても、何故か惚れられちゃうってことがあるから」


「──お前、なぁ……」


 確かに由美と交際中、他の女性から告白された事もあったが。勿論、それを正直に由美に説明したが。そして何故か怒られたが。


「他にも、一緒に行動してた人がいるの?」


「ああ、もう一人、真島さんって人が……男だぞ」


 ふうん、と由美が言った。さっきと同じリアクションだ。


「途中で別行動をとる事になって。でも、後からこの小学校に来る、筈なんだけど……」


 落ち着いたら、探してみるか。


「お父さん、一馬に会って来たら? 安心するよきっと」


「そう、だね。うん、行って来る」


 私はこの辺に居るから、と由美が言った。荷物があるから、誰も居なくなるのはまずいのだろう。


 もう一度、人を避けながら体育館の入り口に戻った。

 体育館を出て、左に行くとすぐグラウンドに出る。


 子供たちが、走り回ったり遊具を使って遊んでいる。

 大人も所々、数人で集まって見守っている。

 グラウンドに面する南門が見えた。やはり、何人かが立って見張っている様だ。


 再び、グラウンドに目を遣る。


 一馬は──


「お父さん!」


 一馬だ。一馬の他に二、三人子供が居た。


「一馬。ただいま」


 おかえり、と一馬が笑った。


「野上さん!」


 大人の──女性の声だ。野上が振り向く。


「──佐々木さん」


 そこには笑顔の佐々木が立って居た。


「グラウンドでウチの莉菜を見つけて。このお兄ちゃん達が一緒に遊んでくれてたんです」


「一馬、遊んであげてたのか」


 うん、と一馬が答えた。


「あ! じゃあ、この子が野上さんの──」


 今まで気付いていなかった様だ。


「息子の一馬です」




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