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第4話【惨劇】

 あ、と野上が何かを思い出したように言った。


「そう言えば……先に逃げて行った二人はどうなったんですかね」


 忘れていた、というか、それどころではなかった。

 ああ、それな──と真島が答えた。


「一人はやられてた。もう一人は、逃げ切ったみてぇだな。かなり向こうの方を走ってるヤツが居た」


 真島が指差したのは、進行方向の国道だった。


「そう、ですか」


 どうかしたか、と真島が聞いた。


「いえ、別に。ただ気になっただけです」


 あの二人──最初は三人だったか──が、どういう間柄だったかは分からないが、一人がやられている間にもう一人が逃げたのは事実だ。


 薄情だとは思わない。現に野上も、あの三人が襲われている内に逃げる算段をした。


 それでも何か引っ掛かるのは、たった今、真島に助けられたからか……


「ああ、野上サン。もし、もしもだよ。この先またバケモンが居たら、さ」


 野上の質問と、会話のやり取りと、その後の野上の表情を見て、真島が何かを感じ取ったらしく、切り出した。


「また襲われて、この中の誰かが捕まって……もう【ダメだ】と思った時は……」


 そこで真島は一旦区切り、真顔になった。


「その時は、容赦なく置いて行くからな」


 真島はキッパリと宣言した。


「もちろん、逆の場合だってあるわな。俺が捕まった時は……」


 真島が何を言おうとしているのかは、もう分かった。



「……助けてね」



「──ぶっ! はぁ?」


 野上は堪えきれずに吹き出し、真島を睨み付けた。


「いやいや、冗談だよ。でもホント、もし俺が捕まって、ダメだと思ったら──」


 真島がもう一度真顔になる。


「その時は、俺に構わず逃げてくれ。な?」


 ──そうか。引っ掛かっていたのはそれか──


 あんな状況下で、他人の為に、自分の命を危険に晒してまで誰かを助けるなんて出来ない。それは野上も十分承知している。

 だが、野上はあの三人に自分達を重ねてしまった。

 もし、この三人の内誰かが襲われて捕まった場合、自分はどうするか──いや、どう思うか。

 逆に、野上が捕まった場合、真島と佐々木はどうするか──。


 きっと皆、同じ事を思うだろう。

 何よりも、自分の安全を優先する筈だ。


 そうと分かっていても、いざその時に

 【見捨てられた】【裏切られた】と思うかも知れないし、思われるかも知れない。


 そういった葛藤が野上の中で引っ掛かっていたのか。


 だが、真島の宣言によって、少し気が晴れたようだ。


「……解りました。そう、します。佐々木さんもそれで大丈夫かな?」


 佐々木も、野上と真島のやり取りを横で聞きながら真剣な顔をしていた。途中、笑っていたが。


「……はい。大丈夫です。それに、お二人とも本当に良い人そうなので安心しました」


 照れるなぁオイ野上サン、と真島が舞い上がっている。本当に分かりやすい男だ。


「よっしゃよっしゃ、行こう。って、ああそうだ。その前に確認なんだけどよ」


 真島が二人に向かって言った。


「もう少し行くと、市街地に出る。野上サンの家は確か、もうすぐだったよな」


 野上が頷く。


「俺ン家は、野上サンの家から少し先……ああ、野上サンの家から1㎞くらいの所に小学校があるだろ?」


「ありますね。ウチの息子が通っています」


「そうなんですか? ウチの娘もです」


 佐々木が驚いて言う。


「そうなの? じゃあ佐々木サン家も小学校から近いのか?」


 佐々木が頷く。


「はい。歩いて5分くらいです」


 位置的には、と真島が佐々木に尋ね、佐々木が答える。


「成る程な。三人とも、まぁまぁ近くに住んでた訳だ。そこで、だ」


 真島が改めて二人を見る。


「市街地に入った辺りで解散するか? それとも、一軒一軒、三人で廻るか?」


 三人は暫し沈黙した。


 皆、いち早く家に帰り、家族の安否を確認したい。

 だが、市街地はどうなっているのか皆目見当もつかない。もし、先程のような化け物が居たら──


 ついさっき、真島の【見捨てる】宣言を受けたばかりなのだが、それでも単独行動よりは……


「私は──皆さんと一緒の方が……良いです」


 最初に答えたのは佐々木だった。


「何かと、相談しながらの方が安心出来そうだし──」


 すみません勝手言って、と佐々木は謝った。


「野上サンは? 俺はどっちでも構わねぇけど」


「じゃあ、このまま三人で行動しましょう」


 了解、と真島が言い、ありがとうございます、と佐々木が言った。


 もう一度、三人の家の位置関係を確認した。

 効率良く廻るには、まず野上の家、次に真島、最後が佐々木、という順番になる。


「……って所だけど、どうかな? 佐々木さん、一番最後で悪いんだけど」


 野上の問いに佐々木は小さく首を振り、構いません、と言った。


 決まりだな、と真島が言い、


「まずは野上サン家だな。さあ、早く行こう」


 三人は市街地に向け、移動を開始した。


 三人は暫く、国道を黙々と歩いた。


 所々、「無人の渋滞」があった。

 交差点は信号機が点滅、機能しておらず、勿論、警察による交通整理もなく、事故で流れが塞がっている。


「しかし凄ぇな……」


 真島が、先程から何度目か、同じような感想を言った。


 確かに凄い光景だ。昨日までの日常がまるで無かったかのように。


 あちこちで煙が上がり、時折、遠くの方で車のクラクションや、衝撃音、怒声や悲鳴が聴こえる。


 それは、街の至るところで何かが発生している事を意味する。


 ──やはり、あんな化け物が相当数、居るのか──


 国道から見える景色が、山や森林から、ファミレスやリサイクルショップなど、段々華やかな建物に変わってきた。


「やっと市街地に入ったな。野上サン、もうそろそろ近いのか?」


 野上は頷いた。


「はい。次の信号を右に曲がればすぐです」


「──無事だと、良いな」


 野上に言っているのだろうが、真島自身も切に願っているのだろう。神妙な顔になっている。


 ──由美。一馬──


 野上は自然と早足になった。真島と佐々木もペースを上げ付いて行く。


 交差点を右に曲がり、一般道から路地に入った。野上の家はもうすぐだ。


「──着いた。アレです」


 その頃には野上は既に走っていた。

 走りながら、ズボンのポケットから自宅の鍵を取り出した。


 野上の家はアパートの一階である。

 鍵を開けドアを開く。


「由美! 一馬!」


 室内は、しん、と静まり返っている。

 野上には、一目で居ないと判った。


 玄関に二人の靴が無い。


 だが念の為、靴を脱いで各部屋を急いで回った。


 テーブルの上に、何かが書かれた紙が一枚置いてあった。

 野上はそれを手に取り、目を走らせた。



 一馬の通う小学校が避難場所に指定されました

 私は一馬と一緒にこれから行きます

 お父さんもこれを読んだら来て下さい


            由美    



「小学校か──」


 野上サン、と玄関先から真島が呼んだ。

 野上はもう一度辺りを見回し、他に何も無いのを確認してから玄関に戻った。


「すみません。ウチのは小学校に避難したみたいです」


 そっか、取り敢えずは無事か、と真島が言った。


「そう、ですね。あの小学校が避難場所に指定されたらしいです」


「あの小学校はデカイからな。ならひとまずは安心だ」


 デカイから安心だという確証はひとつも無い。無いが、そこで地域住民が集まって何らかの対策を打っているなら、多少は違うだろう。


「よし、次は俺ン家だ。悪いな佐々木サン」


 野上が玄関の施錠をし終えるのを待って、真島が言った。

 佐々木は、大丈夫です、と答えた。


 真島の家は、野上のアパートと避難場所に指定された小学校を直線で結んだとすると中間辺りにある。が、少し南に逸れる。

 間に、少し大きな通りを一本挟む。

 通りを越えると、戸建の建ち並ぶ住宅地があった。


 野上のアパートがある地域とは、少し様子が違っていた。


 電柱や生け垣、柵や門扉、駐車してある車やアスファルト──

 至るところに、キズがある。

 それも、何かとてつもなく切れ味の良い刃物で斬りつけたような痕だった。

 電柱や樹木の中には、ほぼ真っ二つになっているものもあった。


「なんだ? 日本刀振り回してる危ねぇ輩でも居るのか?」


「刃物で電柱は斬れませんよ。これはもっと別の──」


 真島と野上があれこれ言いながら辺りを調べている最中──


「──おうい、アンタ達、何やってンだ今のうちに早く避難場所に行った方が良いぞ」


 少し離れた場所から呼び掛けられた。

 見ると、年配の男女四、五人のグループが居た。


「何があったんですか」


 野上が大声で聞き返す。


「さっきまでこの辺を変なヤツがうろついてたんだ! 何人も死んだ!」


 ──変なヤツ? まさか……


「だから早く、アンタ達も逃げろ!」


 真島の顔色が変わった。


「真島さん、もう家は近いんですか?」


 ああ、と頷いた。


「そこの、一番──角の家だ」


 真島が走り出した。野上と佐々木も後を追う。


 【真島】と表札を掲げた門柱のある家の前に辿り着いた。


「な……っ?」


 既に玄関に向かって走り出した真島を止めるべきか、野上は躊躇った。


 真島が開けるであろう玄関のドアは──上半分が無い。

 スッパリと袈裟斬りに、その半分は手前の玄関タイルの上に落ちている。


綾子(あやこ)! 居るか?」


 そう叫びながら、真島は玄関から上がり、姿が見えなくなった。


 野上と佐々木も玄関へと向かう。


「真島さん!」


 呼んだは良いが、その後、何と続ければ良いのか分からなかった。


 野上は佐々木を見た。

 佐々木は周囲を警戒しつつ、少し後退して、真島家の上の方を見ている。


「野上さん! あれ……!」


 玄関のインパクトが強すぎてすっかり忘れていたが、そう言えばこの家は二階建てだった。恐らく真島も二階部分、上方は見ていなかったと思う。

 野上も下がり、見上げた。


「あ──あれは……」


 ベランダの付いた部屋の大きな窓。カーテンがズタズタになって──


 窓硝子には、赤黒い、半透明な液体が付着している。


「綾子! 上か? 綾子!」


 一階を確認し終えた真島が、呼び掛けながら階段を上がって行く。


「真島さん! 二階の──」


 野上が慌てて靴を脱ぎ、真島を追って階段を上がる。

 階段を上がると、左右にドアがあり、右側のドアが開け放たれていて──


 呆然と立ち尽くす、真島の背中が見えた。


「真島さ──」


 野上は呼び掛けて──止めた。

 正確には、声が出なかった。


「綾子……?」


 フラフラと、真島が部屋へ入って行った。

 真島が中腰になった為、部屋の内部の様子が野上の目に飛び込んできた。


 先程、外から見えたカーテンや壁紙は斬り裂かれ、

 窓硝子やベッド、タンスや照明には、血液と思われる液体が付着し、


 カーペットの上には……バラバラになった人体が。


「綾子……なのか? 嘘、だろ?」


 真島が膝を着き、床に散乱した物を見た。

 そして、左手と思われる部分を拾い上げ──震えた。


 嘘だ、嘘だろ──と、譫言(うわごと)の様に繰り返しながら、真島はまた床の血溜まりの中を探りながら、窓の方へ進んだ。


 何を探しているのかは野上にも判った。


 散らばった物の中には、頭部が無かった。


 ベランダに面する大きな窓と、左側壁面に置かれたベッドの間には少し隙間があった。


 真島は床を這いながら、窓に到達し、その隙間を覗き込み──手を伸ばした。


 真島が嗚咽を洩らしながら、引っ張り出した手には──


 髪の長い、女性の頭部が握られていた。


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