第20話【陸橋にて】
自衛隊捜索隊ルートの回です。
ではまた後程……
──このまま真島さんを連れて帰ったら、野上さんは喜ぶだろうなぁ──
小学校を出て直ぐの路上で発生した戦闘を何とか乗り切った自衛隊捜索隊の一人、横田は、先頭を歩きながら、小学校で待つ、自分が所属するグループの代表者である野上の喜ぶ様子を想像していた。
──真島さん、見た目はちょっと強面だけど、話してみると全然違うし。
その戦闘は、かなり危うかった。この捜索隊は機動班12人で構成されており、この集団を仕切る機動班副班長の葉山の指揮の下、同じく副班長の氷川と横田が主に化け物とやり合ったのだが、そのスピード、破壊力は葉山の予想を大きく上回っていた。
全滅すら覚悟した葉山が途中、撤退する為の作戦に切り替えたのだが、それすらもままならず、追い詰められた氷川を救ったのがこの──真島の一撃だった。
「お、市役所が見えて来たよ横田サン」
その真島が、前方を指差す。
十階程有りそうな高さの市庁舎が見える。その手前が大きな丁字路になっており、横田達の進行方向向かって右に曲がると、木更津方面に行ける。曲がってすぐ、緩やかな登り坂になり、そのまま、線路を越える片側二車線の陸橋になる。
その陸橋を越えると、木更津市に入る。
「一応、この陸橋を越えた辺りまでが今回の捜索範囲です」
葉山が皆に聞こえる程度の声で言った。
「ううん、見つからなかったっスねぇ。自衛隊」
氷川が肩を落とす。
「そうだなぁ。俺達のルート予想が外れてたのか、木更津市内で何かあったか──まぁ、とりあえずこの陸橋渡ってみて、何も無ければ引き返そう」
葉山が頭を掻きながら歩みを進めた。
──このまま自衛隊が見つからなかった場合、今後どうするんだろう。やっぱり一度、木更津の自衛隊駐屯地に直接行く事も考えた方が良いんじゃないかな。
横田も自分なりに考えてみる。
そもそも、自衛隊がどれぐらいの規模でこちらに向かっているのか分からないし──果たしてそれが到着したとしても、一体何人分、何日分賄えるのだろうか。
余程のペースでピストン輸送でもしない限り、避難所の生活は厳しくなるのではないか。
しかも避難所は横田達が居る小学校だけではない。この市内は勿論、近隣の市町村まで考えるとかなりの数になる筈だ。
そうなると、自衛隊どころか市や県が災害時に備えた食糧は、あっという間に無くなるのではないか……
──まぁ大体、そんな災害時の備蓄分がいくらぐらいあるのかなんて考えた事もないけど。
それは、横田が特別能天気な人間だからという訳でもない。普通、そんな事をいちいち気にする者は居ない──と思う。
それは別としても、やはりいつまでも宛に出来るものではない。
いずれ避難所の人間達も何らかの動きをしなければならなくなると横田は思う。
──やっぱり、物流を何とかしないといけないよなぁ。
国道、主要幹線道路の復旧がさしあたっての急務だろう。
──うん、小学校に戻ったら野上さんに相談してみよう。
捜索隊は市役所手前を右折、緩やかな登り坂をゆっくりと上り始めた。
中央分離帯には等間隔に街灯が設置されている為、懐中電灯無しでも十分歩ける。
「あ──」
機動班員の一人が、前方の異変に気付いた。
──あれは……
木更津からこちらへ向かって来る車線に、数台の大型車が停まっている。
大量の荷物が運べそうなトラック、液体を輸送するタンクローリーの様な車両。
先頭のトラックはガードレールに衝突したらしく、派手に歪んでいる。
その形状、色彩。あれは間違いなく──
「自衛隊、ですかね。あれは──というか、うわ……」
横田は言葉を失った。
そのトラックの手前の路上には、迷彩柄らしき服を着た人間が死んでいた。
遠くからでも一目で死んでいると判る程に、その死体は酷い有り様だった。
その死体は仰向けで倒れており、よく見ると胸から腹の辺りまでが開いていて、ほんの少しだけこびりついているものの、内臓がごっそり無くなっている。
──化け物の仕業、だよなきっと。
「きっとそうだよ横田サン。でもさ──なんか変だよな」
死体が一つしか見えねえ──と真島が呟いた。
「ああ、でもホラ……何人か立ってる。けど……自衛隊員ではなさそうだな、アイツら」
真島の表情が険しくなる。
横田もそれを受けて、自衛隊車両と思われるトラックの周辺を注意深く見た。
──本当だ。自衛隊員があんなラフな格好しないよな。
顔までは見えないが、上下派手なジャージやらTシャツにジーンズやらが目立つ。
「葉山さん、どうします? 近付いて声を掛けますか?」
横田の問いに葉山は少し考える素振りを見せ、
「──いや、ちょっと待って。この状況は何か不自然だ。少し様子を──」
不自然──確かに不自然だと横田は思う。車両の台数に対して自衛隊員の死体が一つというのは──
いや、もう遅いよ見つかった──と真島が舌打ちしながら言った。
確かに、こちらから相手の姿が見えている以上、隠れていた訳でもない横田達が相手にも見えるのは当たり前だった。
派手なジャージの男がゆっくりとこちらに向かって来る。
なんだお前ら、とドスの利いた低い声で話し掛けてきた。
「ここはその、なんだ、関係者以外は立ち入り禁止ってヤツだ。とっとと帰んな」
男は面倒臭そうに手で払う動作をした。
──うわぁ……思いっきり、アッチ系のヒトだ。
横田達が住むこの街はそれほど田舎ではないにしろ、平和な方ではあった。が、そういう組織が無い訳ではない。今の御時世、あまり表立って活動は出来ない様だが、地元ではあの建物には近付くなという物件がいくつかあった。
この辺りで言うと──
──渕本興業、か。
規模はあまり大きくない。表向き、一般市民にもあまり影響はない。だが一歩、裏を行くと──かなりよろしくない噂が後を絶たない、らしい。
横田もごく普通の一般市民なので、やはり噂しか聞いたことがない。
だが、それでも──
──関わりたくないな。
と思うのである。
「取り込み中、申し訳ないです。ちょっとお聞きしたい事が」
堂々と、葉山がジャージの男に尋ねる。
ああん? と、ジャージの男が凄む。
「あれは──あの車両は、自衛隊のものだと思うのですが、一体何があったので──」
「──うるせえな。アンタらには関係ねえだろうが。ああ?」
──やっぱり、会話にならないなぁ。というか凄いな葉山さん。
横田などは、足がすくんで話し掛ける事すら躊躇う。
葉山はどっしりと構え、ジャージ男の威嚇にも動じていない様だ。
手を前に翳し、真島が割って入った。
「いやいや! まあ、別にアンタ達の邪魔をするつもりはないんだけどね? 俺らもちょおっと探し物してて偶然こんな場面に出会したモンだから興味本位で訊いただけだから、ね?」
穏便に穏便に、と真島が場を取り繕う。ジャージ男には見えない様に真島が葉山に目配せをした。
ジャージ男が舌打ちをし、
「ちょっと待ってろ。宮田さんに話してくるからよ」
面倒臭ぇな、と吐き捨てながらジャージ男は自衛隊車両の方に戻って行った。
みやたぁ? と真島が小さな声で呟いたのを横田は聞き逃さなかった。
──真島さんの知り合いかな?
真島が振り返り、葉山らに小声で説明を始めた。
「悪いね、出しゃばっちまって。葉山サン、あの連中とはなるべくイザコザは起こさない方が良い。コッチの素性、出所──それから目的も明かしちゃダメだ。将来の事を考えたら余計にだ。ただ──」
真島がそこで鼻の頭を掻く。
「あのジャージ君が呼びに行った人間次第では俺が火種になっちまうかも知れないから、その時はフォロー頼むよ葉山サン」
氷川サンと横田サンもね、と真島がウィンクした。
「ま、真島さん、話が全然見えないんですけど──」
横田の苦情を良いから良いから、と真島が手で制した。
「ここにある物資は全部諦めるつもりでいてくれ」
来たぞ、と真島が言い、心なしか下を向いた。
横田には真島が顔を見せない様にしている風に見えた。
先程のジャージ男が、四十代ぐらいの男を連れて戻って来た。
──あれが宮田、とかいう男か。
宮田と思しき人物は黒髪をオールバックにし、ネクタイこそしていないものの、高級そうなスーツを着ている。
コイツらです、と言ってジャージ男が頭を下げ、宮田の後ろへ退いた。
ご苦労、と宮田が後ろを見ずに言う。低く、渋い声だった。
宮田は一つ咳払いをし、横田達に話し掛けた。
「こんな時間にお探し物とか──ご苦労様です。ですが──この辺りは先程まで自衛隊と化け物が戦闘状態だったんです。まだ安全とは言い切れない」
戦闘があったのは確かなようだ。
しかし、先程真島が言った様に、自衛隊員の死体が一つしか見当たらないのはどういう訳か。
──他の自衛隊員をどこかに拘束して、この援助物資を……
「まさか、どさくさに紛れてこの物資を盗ん──」
横田がつい、口を滑らした。
途端にジャージ男が宮田の後ろから物凄い剣幕で、
「馬鹿言ってンじゃねえぞこのガキゃあ! ぶっ殺されてえのか──」
失礼、と言って宮田が振り返り、
「黙れ」
ジャージ男の鼻面に正拳突きを放つ。
「ぐ、ぶふっ」
顔面を押さえ、二、三歩後ろによろける。
押さえた手の隙間から血がダラダラと流れ落ちた。
「一般の方に向かって失礼だろうが」
宮田は、顔面を押さえているジャージ男の手の上から更に渾身の右ストレートを叩き込む。
普通なら、手が衝撃をいくらか吸収してダメージを和らげるのだろうが──ジャージ男は思いっきり後方へ倒れ、後頭部を強打した。
くぐもった声で呻きながら、ジャージ男がのたうち回っている。
「死んどけやクソが──ああ、お見苦しい所を……ええと、どこまで話したかな? ああ、戦闘があったのは本当ですよ」
いやぁ酷いモンです、と宮田が笑った。
「その──化け物はどうしたんスか? 自衛隊は?」
氷川が一応、彼なりに丁寧に質問した。
ふん、と何故か宮田は鼻で笑った。
氷川は一瞬、顔を逸らした。横田にはその表情が見えた。
──内心、穏やかじゃないな氷川さん。
「ああ、自衛隊ね。ほら、そこの一人が食われている間に逃げて行ったよ」
「逃げた? ではその化け物はどうなったんですか?」
葉山の問いに宮田はウンウン、と軽い感じで頷いた。
「化け物は居なくなりましたよ。とりあえず一人食って満足したんでしょうよ。そこ、そのガードレールから飛び降りてね。だから我々が今、この周辺を探っていたんですよ」
葉山が首を傾げる。
「──そんな簡単に自衛隊が逃げますかね。武装だってしていたでしょうから」
ほお、と宮田が驚く素振りを見せる。
口元は笑っているのだが──眼光は鋭い。
「食い下がりますね。先程、そちらの──作業服の方が言った様に──我々を疑っているのですか?」
宮田がスーツの懐に手を差し入れた。
氷川が構えた。手を後ろに回し、腰に差してあるバールを握る。
「何もしやしねえよ兄ちゃん。一服ぐらいさせろ」
宮田はタバコを取り出し、火を点けた。
ふぅ、と紫煙をくゆらす。
「どう思おうがあなた方の勝手ですがね。さっきまで化け物が居て自衛隊と戦闘状態だった、ってのは本当だ。これ以上教える義理は無い」
宮田は、話は終わったと言わんばかりに両手を開く。
真島が、宮田には見えない様にして葉山を見る。
だが、葉山が口を開く。
「最後に一つだけ。この物資は──どうするつもりですか」
ふうん、と宮田が言い──不敵な笑みを浮かべた。
「なるほどね。やっぱりあなた方は自衛隊を──援助物資を探していたのか」
「もう良いだろ、なぁみんな。早く行こう」
真島が宮田に背を見せ、横田達に向かって退却を促した。
「──おいおい。質問しっ放しで訊き終わったらハイさようならはないんじゃないですか? あなた方はどこかの──避難所から来たんでしょう?」
宮田は、吸っていたタバコをピン、と指で弾いた。
それは、ゆっくりと放物線を描き、真島の背中に当たった。
「我々の様な人間は、そういった場所には受け入れてもらえない。ま、行く気もないんですがね。ただ──どういう人間が居て、どういう状況か、というのは情報として仕入れておきたくてね」
ふん、と今度は氷川が鼻で笑った。
「それこそ──アンタに教える義理は無いっスね」
だろうね、と宮田が笑う。やはり眼は笑っていない。
「そう言うと思いましたよ。でもまぁ、さっきから気になっていたんだが──テメエのその態度──」
宮田が真島を躱す様にして、物凄い速さで──氷川の前に踏み込んだ。
──速い!
「気に入らねぇな」
宮田が左手で、モーションの小さな突きを繰り出す。
咄嗟に氷川が右腕で受け、跳ね上げる。
間髪入れず、宮田の右正拳が氷川の顔面を捉えたかに見えたその瞬間、
「その辺にしとけよ宮田」
宮田の動きが止まった。
宮田はゆっくりと、声の主──真島の方を向き、
「これはこれは……やはり真島さんでしたか。お久し振りですねぇ」
宮田がニヤリと笑う。
真島は舌打ちをした。
「ちと、やり過ぎじゃねぇか宮田」
いえいえ、と宮田が手を振る。
「大人しくしているつもりですよ。今はまだ、ね」
くくくっ、と宮田は笑う。
「しばらく状況を見てから動きますよ。もう少し──俺ら向きの世界になってからね」
俺ら向き? と葉山が繰り返した。
「そうです。化け物どもがもう少し暴れてくれれば、近い内に秩序は崩壊するでしょうよ。そうすれば──そうだな、ちょっと気取った表現をしてみましょうか」
宮田は真島に近付き、またニヤリ、と笑った。
「この世に地獄が現出せし時、我は鬼となりて、すべてを喰らい尽くさん」
なんてな、と言い宮田は高笑いした。
好きにしろよ、と真島がいつになく低い声で言った。
「その代わり、俺らに手を出したらそン時ゃあ──」
──真島、さん……
真島は宮田を睨み付け、今まで横田が見たこともない様な鋭い眼で威圧しながら、言った──
「テメエを殺す」
いいねぇその眼、と宮田が真島を睨み返す。
「昔を思い出しますよ真島さん。ま、そうならない様に祈って下さい」
行くぞオラ、と宮田がまだ転がっていたジャージ男を蹴る。
「それでは皆さん、ごきげんよう。ははは」
宮田が再び高笑いしながら、自衛隊車両の方へと戻って行った。
さ、帰ろう帰ろう、と真島がいつもの調子で促した。
「真島さん、あの──宮田という人とはどういう──」
聞いて良いものか迷ったが、横田が真島に訊く。
「ああ、その内話すよ横田サン。たぶん」
「たぶん、て──」
「真島さん申し訳ない。俺が余計な事を質問したばっかりに、こちらの目的がバレた」
葉山が頭を下げた。
「いやいや、あれは仕様がないよ葉山サン。あの野郎はああ見えてかなり頭が切れるからさ。しかもああやって挑発してこっちがボロを出すのも狙ってやってたんだよ。氷川サンも災難だったね」
別にいいっス、と氷川が手を振る。
「かなりムカつきましたけどね。しかもアイツ、かなり強いっスよ」
「まぁ、とにかくアイツとは関わっちゃダメだ。早く避難所に戻って、これからの事を話し合った方が良いよ葉山サン」
そうですね、と葉山は頷き、自衛隊捜索隊に撤収を命じた。
お付き合い頂きありがとうございます。
自分で書いていて、この作品の登場人物、オッサン率高いな、と思いました。
さて、次回更新まで、また気長にお待ちいただけると幸いです。
読んで下さっている皆様、ありがとうございます。




