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第2話【遭遇】

 三人は、現れた人影に見つからないよう、慎重に様子を伺う。


 その容貌は、きわめて異様だった。


 一応、人間の形をして服も着ているが──右肩の辺りを中心に、首から右足の膝ぐらいまでが、かなり膨張し、流石にその部分は服が破けている。

 なかでも右腕が一際目立つ。膨らむ、と言うよりは筋肉が盛り上がった様な感じだ。異常に発達しているのかも知れない。

 皮膚はゴツゴツとしていて、岩のようになっている。

 左手には、人間の足の様なものを持ち、それを時折、口へと運び……


「な、何を食ってんだアイツは!」


 野上が慌てて真島を制す。


「声が大きい。見つかりますよ」


「だ、だって足じゃねぇのか? アレ」


 幾分声を潜めてはいるが、真島は興奮している。

 実際は野上も興奮、と言うよりも恐怖で今にも叫びそうなのだが、努めて落ち着いた声で言う。


「とりあえず……距離を取りましょう。アレは間違いなく──危ない」


 真島が頷く。隣で呆然としている女性に向かって、


「いいかアンタ、一旦下がるぞ。車の間を、こう……姿勢を低くして」


 手振りで懸命に説明しているが、まるで聴いていない。


「聞いてるか? アンタ! アンタ──名前は?」


「──は? は、はい、佐々木(ささき)、ですけど?」


 やはり聴いていなかったようだ。


「佐々木サン、だな? いいかい、俺達の後に付いてくるんだ。判ったか?」


 佐々木と名乗った女性がほんの少し間を空け、小刻みに頷いた。


 真島を先頭に、佐々木が続き、野上は後ろを警戒しつつ進む。

 アレは相変わらず──のそり、と動いては周囲を見回し、時折──


 結局、自分達が乗り捨てた車の近くまで戻って来た。

 ここまで来れば、かなり時間が稼げそうだ。

 時間を稼いで──それで、


「どうする? 野上サン」


 どうすると言われても──


「逃げますよ当然」


 だな、と真島が同意する。佐々木も頷いた。


「……アレの動きは鈍そうです。車の側面を、隠れるようにして行けば──」


 見つからずに先へ進めるかもしれない。


「……アレが何なのか、については考えないんですか?」


 佐々木が下を向いたまま言った。


「あん? 人間を喰うっていったらそりゃあアンタ、ゾンビに決まってんだろ」


 決まってるのか。


「──そうとは限らないと思うけど、今はそんな事より、逃げないと」


 そう、ですよね──と佐々木が顔を上げた。その顔には、不安が滲み出ているが──なかなかの美人であることに今更気付いた。


「アイツは──お、まだあんな所に居やがる。本当に鈍いな。よし──」


 真島が意を決し、移動を始めようとした時、


「あ──」


 二人、いや三人程が走って行くのが見えた。おそらく、野上達の後に来た後続車のドライバー達だろう。


 三人はそれぞれ、バラバラに走って向かって行く。隠れようともしない。きっとあの連中も遠くからアレを観察し、逃げ切れると踏んだのだろう。


「お、おい、野上サン。どうする俺達も行くか?」


「そう、ですね。行こう。でも、俺達は──念の為、隠れながら行きましょう」


 はい、と佐々木が返事をした。真島も頷いた。


 再び、真島、佐々木、野上の順で歩き、車の左側面に沿って移動を開始した。

 途中、三人でぞろぞろ歩くのは目立つと判断した野上が、反対側に回り右側面を進む。


 30メートル程進んだ辺りで、野上達は一旦停止し、前方の様子を伺う。

 先程走って行った三人が、丁度アレの横をすり抜けようとしていた。


 ──行けるのか?


 あの三人が無事通過出来れば、野上も真島達に合図し、一気に走り抜けるつもりでいる。


「お、行けた」


 三人がアレの横を走り抜けたのを見た真島が小さく呟いた。野上はまだ注意深く見守る。


「野上サン、俺達も一気に──」


 真島の呼び掛けを聴きながらも野上はまだ注視している。


 三人が走り抜けて10メートル程行った頃──


 アレが動いた。


 その特異な右腕を振り上げ、走り抜けた三人の方へ振り返る。

 右腕を前方へ振り下ろし、地面に掌を付けた。


「……?」


 野上につられて真島も黙って成り行きを見ている。


 右腕を軸にして──体全体がふわり、と浮き上がり、その直後、


 ドン! という衝撃音と共に、一瞬、アレの姿が視界から消えた。


 走り抜けた三人が驚いて振り返った。そしてアレが居ない事に気付いた様だが──


「上だ!」


 野上が気付いた時には、既に着地する為に降下していた。その下には、キョロキョロしながら後ずさる人がいる。まだ気付いていないようだ。


 降下しながら、岩の様な右腕を振り上げる。そして──


 体より先に右腕が着地した。というより、人を──潰した。


「な、なんだそりゃ!」


 真島が叫ぶ。野上も呆気にとられた。


 右腕に潰された人の、まだ形が残っている部分がびくん、と痙攣した。


「あのバケモン、素早いぞ」


 真島の中でアレは、ゾンビから化け物に昇格したらしい。どっちが上位なのかはよく分からないが。


 残された二人が立ち止まり、呆然としている。


 【化け物】は、捕まえた獲物が絶命したのを確認したらしく、その右腕を引き戻した。


 掌からはみ出した部分はまだ原型を留めているが──あとはもう、例えようがない。


 漸く我に返ったのか、残された二人は再び走り出した。

 振り返りながら、転びそうになりながら。


 化け物が、ゆっくりと立ち上がる。

 二人は、横転したトラックの横を駆け抜け、こちらからは見えなくなった。


「チャンスじゃねえか? 野上サン」


「……化け物があの二人を追って動いたら、あのトラックまで走りましょう」


 もはや野上と真島の頭の中に、あの二人を助けようなどという考えは無い。


 たぶん、何をしても助けられないし、下手をすればこっちがやられる──と、本能的に察知している。


 ましてや、あの化け物と戦ってどうにか出来るとは思えない。野上は運動神経にはそこそこ自信はあるものの格闘技の達人でもないし、武器を持っている訳でもない。

 真島も──腕っぷしは強そうだが、それでもやはり戦おうとは言わない。


 ──隙をついて、逃げるしか──


「お、ちょっと待ってろ……」


 真島が、一番近くにあった車の荷台を物色し始めた。

 車のドアには会社名が書かれている。工務店の様だ。


「……こんなのしか無ぇが……ホラ、野上サン」


 と、真島が車の下から何かを転がして寄越した。

 金槌だった。


「真島、さん?」


「いやいや、別にアイツとやり合おうって訳じゃねぇ。万が一、だ」


 真島も、同じ物を一つ握っている。


「万が一ヤツに捕まった時、潰されてなきゃ……コイツをかましてやれ」


 そんな事態、想像したくない。

 だが──


「──分かった」


 野上が金槌を握り、それを真島に見せる。

 似合ってるな、と真島が茶化した。


 ドン!


 ──ヤツが動いた!


 野上と真島が、同時に化け物を目で追う。


 化け物は、横転したトラックを軽々と飛び越え──見えなくなった。


「走るぞ! 佐々木サン!」


 三人は競うかのように走り出した。

 佐々木も必死に付いて来た。意外と速い。


 脇目も振らず、一気にトラックまで走った。


「──っああ! やっぱ……運動不足だな……チクショウ」


 それは三人共だった様で、見事に全員、肩で息をしている。


「どう……なったんでしょう……あの二人……」


 息を切らし、少し乱れた服を直しながら佐々木が尋ねた。


「どう……だろう。ここからじゃ、よく……見えないな」


 三人が到着したのは横転したトラックの「腹」の辺りだった。

 野上は数回、深呼吸して呼吸と気持ちを整える。

 低い姿勢のまま、トラックの「頭」の方に回り込み、そっと──覗き込んだ。


 トラックが遮っていたすぐその先には、交差点があった。野上達が進んで来た国道と十字に交わっているのだが、両方とも、やはりこの交差点の手前で渋滞している。

 当然、ドライバーの姿は見えない。

 進行方向の国道も、こちらに向かってくる車線は車の列が出来、それを避けようとしたのか、反対車線まではみ出した車で上下線ともに塞がっている。

 交差点の中央には、2、3台程の車らしき物の残骸がある。ほぼ原型を留めていない。



 その中央が爆心地であるかの様に、夥しい量の血、バラバラになった腕や足や頭やあとはもうなにがなんだかわからな──

 あちこちに散らばっている。


「う……うわああっっ!」


 野上はパニックになりそうだった。

 慌てて真島が野上の口を手で塞いだ。


「おい、落ち着け野上サン!」


 行き場の無くなった野上の叫びは、モゴモゴと小さくなり、やがて消えた。


 佐々木が心配そうに野上の顔を見つめていた。


 野上は落ち着きを取り戻し、真島の手をトントンと叩いた。

 それを受け、真島が手を離した。


「……すみません。もう──大丈夫です」


 真島と佐々木は、まだトラックの向こう側を見ていない。

 真島はともかく、佐々木にあの光景は見せられない──


「バケモンは? どこに居た?」


 ──あ。


 すっかり忘れていた。肝心な事を──


「すみません。まだ──」


 ──ドン!


 あの音。

 化け物が、跳躍する──音。


 三人が無意識にトラックから離れ、後退する。


 バン!


 何かが、アルミ製の板か何かに着地したような音が、頭上から聞こえた。


 三人は、ほぼ同時に、トラックの上を見た。


 そこには──


 化け物が、立っていた。




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