第19話【親子】
お待たせ致しました。
と言いつつ、自分としてはかなり早い更新だと思ってたりします。このペースがいつまで保つやら……
──戦闘になるのか……野上さんは大丈夫かな──
体育館に着いた京介が一人、危惧していた。いや、それは多分、隣に居る佐々木という女性もそうだろう。
20時過ぎに校内放送で自分が所属するグループの代表者であり、機動班副班長でもある野上が保健室に来るよう呼ばれたのだが、野上は仮眠を取っていた為、代わりにこの佐々木と一緒に保健室に行った。
呼び出された用件はと言えば、昼間、南門での化け物との戦闘後、体調不良を訴え保健室に運ばれた男性の容態が急変した、というものだった。勿論、放送では詳細を言わなかったのだが。
京介達が保健室に到着した時、既にその男性の意識は無く、ただただ苦しみ、唸っていた。その横には妻と思われる女性が頻りに男性の名を呼び、泣いていた。
その場を仕切っていた男──機動班副班長の桜井、と言ったか──に、野上の代わりに来た事を告げると桜井は、こちらも無理を言っているのは承知なんですが──弱りましたね、と苦笑し、少し離れていて下さい、と指示された。
念の為に持って来ていた鉄パイプを見せ、自分も機動班だと京介が伝えると、桜井は姿勢を正し、
「ありがとう。なら君も、あの男性が寝ているベッドを──包囲して下さい」
貴女は少し離れていて下さい、と桜井は再度佐々木に指示を出す。佐々木はそれに素直に従った。
保健室内が緊張感で満たされた頃──野上が現れ、京介と佐々木に体育館へ戻るように指示した。京介はここに残ると言いたかったのだが、野上は有無も言わさず京介に戻れと言った。
その野上の眼からは、強い意志を感じた。それは決して京介を邪魔者扱いした訳ではない。
野上が心底、自分の身を案じてくれているのだというのが伝わってきた。だから京介は、素直に従った。
実際、京介は野上と共に、日中の南門での戦闘に参加していた。その際、京介は自分の判断で行動し、危うくマンイーターに殺されそうになった。その時も身を挺して助けてくれたのが野上であり、その後、真剣に叱ってくれたのもまた野上だった。
京介にとって野上は、今まで京介が接してきた同年代の者は勿論、大人達には居ないタイプの人間だった。
「──大丈夫だよ京介君。野上さんならきっと──ね」
そんな京介の心中を察したかのように佐々木が言った。この佐々木も、京介と同じグループに所属している。京介は黙って頷いた。
元来、京介は人付き合いがあまり得意ではない。自分の通う高校にも友達と呼べる人間は居るが、すぐに思い浮かぶ顔はせいぜい3つだ。それ以外の者達とはあまり関わらない。
京介にとってその友達以外の者達は、
──幼稚過ぎる。
かといって京介自身、考え方が古臭いなどという訳ではない。友達とはくだらない話で大笑いするし、異性の話で盛り上がったりもする。要は、
──程度ってものがある。
目立ちたいが為に調子に乗り悪ふざけをする、やたらと異性の目を意識する等がそれにあたる。そういう輩は大抵、見た目も派手だったりする。そういう連中には自分から話し掛けることはなくなり、次第に遠ざけるようになった。
「京介君? どうしたの?」
佐々木が心配そうに顔をのぞき込んできた。京介は何でもない、と応えた。
京介は、見知らぬ人間ともあまり口を利く方ではない。ましてや相手が大人なら尚更だった。
普段の生活で京介に干渉してくる大人は、母親の君江と祖父の村田辰雄、あとは教師ぐらいなもので、元々他の大人と接する機会が少ないのは確かだった。
それでも全く接しないという訳にもいかず、その数少ない大人達に対する印象は、
──上から目線で──
──子供扱いする──
だが、今日この避難場所である小学校で出会った大人達は──
──対等に見てくれてる。
状況が状況だからなのかも知れないが、それでも京介にとっては驚きであり、嬉しくもあった。
だから京介はもう一度、何でもないよ、と佐々木に向かって微笑んだ。
そっか、良かった、と佐々木も微笑む。
京介と佐々木が体育館の入り口から自分達の避難スペースに戻ろうとした時、
「佐々木さん、京介君──」
と、周囲の避難住民に迷惑が掛からない程度の声で二人を呼びながら、前方から由美が走って来るのが見えた。由美は、野上の妻である。
「由美さん──どちらへ──?」
そのまま通り過ぎそうな勢いで走っている由美を佐々木が呼び止める。由美は立ち止まり、佐々木に向かって、
「佐々木さん悪いんだけど、子供達を見ててもらっても良い?」
由美が振り返り、自分達の避難スペースを指す。子供達──野上の息子と佐々木の娘──が毛布を掛けられて眠っている。母の君江は座っていた。落ち着きなくキョロキョロと辺りを見回して──
「──京介! 佐々木さんも──」
京介達を発見した君江が手招きをする。京介が手を少し挙げ、それに応えた。由美もそちらを見た後、続ける。
「凄く心配してらしたから早く行ってあげて、京介君。佐々木さん、お願いしますね。私、ちょっと保健室に行ってきます」
気をつけて下さいね、と佐々木が声を掛けると、由美は一度頷いてから、佐々木さん京介君ありがとう、と頭を下げ、体育館を出て行った。
京介達は避難スペースまで戻って、君江の近くに腰を下ろす。いつもの調子で君江が大声で捲し立てて来るものと思っていた京介だが、肩透かしを食らった。
君江は何も言わず、少し落ち込んだ様子だった。
堪らず、京介が声を掛けた。
「どうか──したのか? 母さん」
子供達の毛布を掛け直していた佐々木も、先ほどまでとは違う様子の君江を見て、心配そうな表情をしている。
「うん、そんなんじゃ、無いんだけどね、その──野上さん達に、申し訳なくって……」
──野上さん達に?
京介は一瞬、理解出来なかった。
君江は、涙声になっていた。
「野上さんだって、あんなに頑張ってて、疲れてるだろうに──やっと休憩してたとこなのに──私、私はさ、息子が──京介が、心配で心配で、野上さんにまた──お前の事、お願いしちゃって」
──母さん。
「由美ちゃんだって、旦那さんが心配に決まってるのに、それなのに、私はさ、本当、本当に──自分勝手だなぁって、思っちゃってね」
君江さん、と佐々木が優しく、君江の肩に手を置く。
「子を思う親の気持ちはみんな理解してますから。野上さんや由美さんだってきっと分かってくれてますよ。だから──」
うん、うん、と君江が頷きながら涙を拭う。
「そう、かな……うん、でも本当に、ごめんなさいね。ごめんなさい」
ごめんなさい、と君江は何度も謝った。
佐々木が君江の肩を、優しく撫でている。
「母さん、もう分かったから──」
「あれ? 京介じゃん! お前もここに居たの?」
場違いな程の大きな声で呼ばれ、京介は思わずそちらを睨んだ。
短く刈り込んだ頭に顎髭を生やした、京介と同年代の男が立っていた。
「春翔──」
京介の同級生、岡本春翔だった。
「なんだよ、居たンなら声掛けてくれりゃ同じグループに入れてやったのに。お? このキレイな女、お前のなに?」
春翔が、佐々木をジロジロ見ながら半笑いで言う。
──こいつ……
春翔は、京介が最も嫌うタイプの代表格だ。
普段から派手な言動が多く、しかも喧嘩っ早い。
それでいて頭もそれなりに切れるので質が悪い。
「お前のオンナ、にしちゃあちょっと年上過ぎか。いや、俺的には全然いけるけど。なぁ京介、ちょっと紹介してくれよ」
京介は立ち上がり、春翔を睨み付け、
「うるさいんだよお前」
春翔は相変わらずニヤついている。
「おぉ怖ぇ。冗談だよ冗談。──つうか、おい京介! オバチャン泣かしちゃダメだろう! 泣いてるじゃん、良い歳したオバチャンが! 公衆の面前でさ──」
「いい加減にしろよテメェ」
京介が春翔の胸倉を掴む。
京介君、と佐々木が呼ぶ。
春翔は相変わらずニヤついている。
「──お前もその辺にしとけよ京介。この際だから教えとくよ。俺ぁ前からお前の事、結構──いや、かなりムカついてたんだ」
春翔が京介の両腕の手首を掴み、力を入れた。
痛みを堪え、京介は掴んだ胸倉を放さず、更に力を入れて捻りあげる。
「やめなさい京介君!」
佐々木が止めに入った。
京介は力を抜き、手を放した。春翔も舌打ちをして京介の手を払う。
佐々木は落ち着いた口調で、春翔に立ち向かった。
「君、何がしたいのか分からないけど、これ以上騒ぐのはやめてもらえるかな。ウチの子達もそうだけど、もう休んでる人も結構居るから」
京介は周りを見た。確かにもう、横になっている人が多い。時計を見ると、既に21時を過ぎている。
春翔は周りも見ずに、天井を仰ぎ見て、
「あーあ、シラケちゃったなぁ。ハイハイ、分かりましたよ。ボク、邪魔みたいだから行きますね」
春翔は京介から佐々木に視線を移し、睨んだ。
佐々木は臆さず、春翔を見詰め返す。
春翔は京介に近付き、じゃあね京介くん、と小さな声で言った。
京介は低い声で、
「次は許さねえ」
と言って踵を返した。
背後で、あー、うん楽しみにしてる、という声がしたが無視した。
京介は黙って腰を下ろした。
「佐々木さん、あの、ありがとうね。京介止めてくれて」
ハラハラしながら見ていた君江が、佐々木に感謝した。
いえいえ、と佐々木は手を振りながら腰を下ろす。
「以前、色んなタイプの人を相手に仕事してましたから。と言っても、こんなに強く出た事はあんまり無いんですけど」
笑いながら佐々木はふぅ、と息を吐く。
「京介君も、あんまりああいうのは相手にしちゃダメよ。ただでさえ──」
佐々木は周りを見渡し、
「みんな、ストレスが溜まってきてるだろうから、これからは多分、ちょっとした事で揉め事になりかねないからね。気を付けないと」
京介は素直に頷き、
「ありがとう──佐々木さん」
京介も礼を述べた。
あら素直、と佐々木がちょっと驚く。
「今時珍しい子ねぇ。感心感心」
佐々木が屈託のない笑顔を見せる。
──そう、かな?
京介自身が一番驚いている。今日、初めて会った人に、こうも素直に、心からありがとうと言えたことに。
「ありがとうね京介。やっぱりアンタは私の自慢の息子だわ」
うんうん、と頷きながら君江が笑う。
どんどん自慢しちゃって下さい、と佐々木も笑う。
やめてくれ、と京介が苦笑した。
少しの間、くつろいでいると──
「あら? 誰か担架で運ばれて来たわよ、ってあらやだ! 野上さんじゃない!」
君江の言葉に京介と佐々木が反応して立ち上がる。
──野上さんが? まさか──
だが、後から付いて来た由美に焦りの色は見られなかった。
そのままゆっくりと野上が運ばれて来て京介達の所で降ろされ、担架を持った者達は体育館を出て行った。
野上は横になったまま動かない。
ただいま、と由美がいつもとあまり変わらないテンションで言った。
「た、ただいまってちょっと由美ちゃん。何があったの? 野上さん大丈夫なの?」
いつの間にか復調した君江が一気に捲し立てた。
「ええ、まあ、色々ありまして……あ、でも優ちゃんは──夫は大丈夫です。今はただ眠ってる感じです」
確かに、特に目立った外傷は見当たらない。
一緒に居た由美がそう言うのだから間違いないのだろう。
そう、ですか──と佐々木が頷いた。
「でもやっぱり、保健室のあの男性は──」
佐々木が由美に問う。由美は黙って頷いた。
「私が保健室に入った時には既に……」
──化け物になっていた、或いは……
由美は全てを語らなかったが、もう手遅れだったのだろう、と京介は察した。
由美は静かに話し始めた。
「ここには色んな人が居て、みんな一生懸命頑張っていて……でも、いつ、誰に何が起こるか分からないの。それは自分自身かも知れないし、自分にとって大事な──大切な人かも知れない。それは、誰に対しても言える事だよね」
由美は、優しい眼差しで野上と子供達を見詰めた。
「これから先、まだまだあんな化け物に出会すかも知れない。大事な人を守る為に、戦わなきゃいけないかも知れない。でも、忘れちゃいけないのは──その化け物も、元々は人間だったということ……誰かにとって、大切な人だったということ」
京介は由美の言葉を聞いて気付かされた。
今までそんな風に考えた事もなかった。
──化け物は殺す。
ただそれしか頭になかった。
だが自分達を守る為にはそれしかないのも確かだと京介は思う。
由美が続ける。
「勿論、化け物になってしまった人や寄生されてしまった人を直ぐにでも治す方法が見つかれば別だけど、そうでもない限り、共存するのは難しいと思う。場合によっては、その人の命を──命を奪わなければいけなくなるかも知れない。でも──」
由美は一呼吸置いた。
「もしそんな事になっても──化け物を、殺すような事があっても、何も思わないような人にはなって欲しくないの」
──そう、だよな。
京介は頷いた。
──このグループに入って良かった。
つくづくそう思い、京介は前を向いた。
体育館の出入口が視界に入る。ちょうどそのタイミングで、40代ぐらいの男が現れた。体格の良い、それでいて貫禄のある男──
──あれは──確か機動班の班長……
その機動班の班長が京介──というより寝ている野上を見つけたらしく、こちらに早足で向かって来た。
その男は、京介達の避難スペースに到着するなり、機動班班長の乾です、と名乗った。
「先程、副班長の桜井君に野上さんは体育館に戻ったと聞いたので──ああ、やはり休んでますか」
横になっている野上を見て、機動班班長の乾が言った。
「休んでいるところ申し訳ないんですが──起きてもらうしかない」
「ちょ、ちょっと、すみません乾、さん。野上の妻ですけど──何かあったんですか?」
起こそうとする乾を慌てて由美が止めた。
「申し訳ない。このまま休ませてあげたいのは山々なんですが──大変な事になってしまいまして」
だから一体何が──と再び由美が聞こうとしたが、乾がそれを手で制し、
「先程、南門で警備班の男性五名、所属は分かりませんが年配の女性が一名、寄生生物に寄生された可能性があります。その警備班の男性の中に──」
乾が一瞬、躊躇ったように京介には見えた。
──まさか……
君江が口を押さえている。
「こちらのグループに所属している、村田辰雄さんも含まれているんです」
君江が嗚咽する。
嘘、と由美も口を押さえた。
佐々木は目を瞑り、体育館の天井を仰ぐ。
何だって──という声と共に、野上が目覚めた。
お付き合い頂き、ありがとうございました。
いい加減、野上を寝かせてやりたいんですけどね(笑)
私が野上の立場だったら、起こされても起きませんね。その自信はあります(笑)
それでは、次回更新まで、どうか気長にお待ち頂ければ幸いです。