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第14話【合流】

 葉山は、この窮地に現れ、起死回生の一撃を放った男をもう一度よく見た。

 男はボンネットから飛び降りマンイーターに近付く。街灯に照らされ、全身が確認できた。


 葉山より少し年上の四十代ぐらいで、見た感じ──ちょっと柄が悪い。

 衣服の前面は汚れている。液体か何かが染みたような感じだ。


「あん? 俺に何か付いてるか? って、付いてるなこりゃ」


 葉山の視線に気付いた男が、自分の衣服を見て、頭を掻いた。


「あ! そんな事ぁどうでもいい。ちょっとアンタらも見張ってくれ」


 男がそう言いながらマンイーターを指差し、凝視している。


 ──そうか。寄生生物を……この男も、それを知っているのか?


 葉山もそれに気付き、氷川と横田に目配せをする。

 横田と氷川も慌ててマンイーターの死体を調べる。


 マンイーターは仰向けで倒れていた。

 氷川の蹴りで折れた首は、葉山が突き刺した5番アイアンをそのままに、やはりあり得ない方向に曲がっている。

 右肩から先は無く、左手の近くに転がっていた。


 葉山は、変形した右腕を観察した。


 二の腕は普通だが、肘の辺りから急に細くなり、手首から先は平たくなっている。そこが、所謂(いわゆる)「斧」に見えていた訳だ。


「あ、あった」


 葉山の声を聞き、横田と氷川が近寄る。

 葉山の視線を二人が辿る。

 マンイーターの二の腕、細くなり始める辺りに──穴が開いていた。


「──ってことは、右腕のこの部分から入り込んだんですかね」


 横田が呟く。

 ううん、と葉山が唸った。

 浸入したと思われる穴の近くに寄生すると考えると、その右腕を切り離す行為は、寄生生物にとっては自殺行為である。


「だとすると──使えないと判断して簡単に切り離したこの右腕部分に、寄生生物本体が居る可能性は低くないか?」


 寄生生物本体が、寄生された人間つまり宿主の体内をある程度移動できるとする。

 結果として葉山達──マンイーターにとっては獲物側に殺されてしまった訳だが、寄生生物は当然、自分が死ぬとは思っていなかった筈だ。

 右腕を失いはしたものの、その後、難なく獲物を狩り、生き延びるつもりで居たのなら──或いは葉山達を補食した後に、また別の人間に移動するつもりでいたのかも知れないが──それ単体では移動、生存能力の無い右腕に本体が残る筈は無い。


 案の定。


「あ、何か──出て来たっス」


 右肩の切断面から、細長い物が出て来た。

 先端が地面に着き、うねうねと這いながら──凡そ20㎝程の全身が露になった。


 まるで巨大なミミズの様な姿だった。

 端に、頭の様な形状をした部分がある。

 上の半分には、黒い粒状の点々が幾つかあり、頭部の先端には、まるでカッターの刃の様なものが突き出している。


「おお? 俺らがさっき見たヤツとは違う形だな」


 男が驚いたように言う。


 ──俺らが? さっき?


「失礼ですが、あなたは──」

「ソイツを始末する方が先だ」


 葉山の質問を遮り、男は立ち上がった。

 巨大なミミズの真横に立ち、足を上げ──踏み潰した。


 薄皮に包まれた袋状の物が破裂した時に発する、嫌な音がした。


「死んだかな? うえっ……汚ぇなぁ、ったく」


 靴の裏を確認した男が顔をしかめて、靴底をアスファルトに擦り付けながら、吐き捨てるように言う。


「あの──あなたは」


 葉山が再び声を掛けた。

 ああ、俺か──と、男は鼻の頭を掻いた。


「俺は真島ってモンだ。よろしくな」


 まじま、さん? と横田が呟く。


「真島さん、って──ひょっとして」


 横田がやや興奮気味に話しかける。


「野上さんという人を知ってます?」


 あん? と真島と名乗った男が反応した。


「──ああ! 野上サンな! 知ってるよ。野上サンは無事かな? あ、佐々木サンも一緒かなぁ……って、アンタ、何で知ってんだ? 知り合いか?」


 おおお、やっぱり、と横田が嬉しそうに言った。


「あなたが真島さんですか。良かった、無事だったんですね……あ、俺、横田っていいます。野上さんとは今、避難先の小学校で一緒に行動してます」


 佐々木さんも一緒です、と横田が付け加えた。

 そっかそっか、そいつぁ良かった、と真島が何度か頷いた。


「横田さんの知り合いの方、っスか?」


 横田と真島を交互に見ながら氷川が尋ねる。


「いや、ウチのグループの──副班長の野上さんが、助けてもらった方だ、と」


 そうだったんスか、と氷川が納得した。


 ──道理で。


 寄生生物の事を知っていた訳だ。

 班長、副班長が決定した後、野上を含む5人でしばらく話をした時、野上が小学校に来るまでの道中にマンイーターと戦ったというのは聞いていた。

 その後、葉山は保健室の監視を手配する為にその場を離れてしまったので、真島に関する情報は聞いていなかった。


「グループ? フクハンチョー?」


 真島が首を傾げて聞き返した。

 それはですね、と横田が説明を始めた。


「避難住民が多すぎて、学校側からの提案で、10人ぐらいずつでまとまってくれと言われて。それがグループで、その後また学校側からの提案で、五つの班が作られて、俺やそちらの葉山さん、氷川さん、それから野上さんは機動班に入ってます」


 ほえぇ、と真島が感心した。


「野上サンがその機動班、の副班長か。すげぇな。さすがは野上サンだ」


 あの冷静さと判断力は中々だぞ、と真島が頷きながら言う。


「遅くなりましたが──俺は葉山、そして──」


 氷川っス、と氷川が頭を下げた。


「葉山サンと、氷川サンね。うんうん、よろしく」


 見た目とは違い、親しみ易い感じだな、と葉山は思った。


「──で、その葉山サンらは、小学校から出て何をしてるんだ?」


 真島の質問に、葉山が答える。


「ああ、実は──小学校に備蓄してあった食糧が底をつきまして……現在、小学校同様、避難場所に指定された施設には自衛隊が援助物資を輸送しているらしいんですが……まだ到着しないんです。そこで我々が自衛隊を捜索しに出発したんですけど、その矢先に」


 葉山がマンイーターの死体を指差す。


「なるほどねぇ……って、いきなり避難場所が大ピンチじゃねえか」


 まるでノリ突っ込みのような大袈裟な身振りで真島がのけ反る。


「でもよ。自衛隊捜索がメインのアンタらが、なんだってこんな危ねぇヤツとやり合ってたんだ? ま、お陰で俺はコイツを殺れたんだけど」


 それは勿論、と氷川が続ける。


「このまま放っといたら小学校が危ないからっスよ」


 その答えを聴き、真島は下を向き、んんん……と唸った。


「──良いね、気に入ったよアンタら! 格好いいじゃねえか。だけどさ……あんまり、無茶はするなよ」


 真島は真顔だった。


 ──この男……


 今、会ったばかりの者達の身を案じている。

 無鉄砲な人間ではない様だ。だが──

 先程、真島はお陰で俺はコイツを殺れた、と言った。

 たった一人でこのマンイーターを始末する為に行動していたのか。


 ──それこそ無茶ではないか? そんな危険を冒してまでマンイーターを狙っていたのは、ただ単にこの状況を楽しんでいるのか……それなりの理由があって、か──


 ──仇は取ったぞ、アヤコ──


 マンイーターを倒した直後、真島はそう言っていた。

 だとすると、真島はこのマンイーターにアヤコという人を殺され、その復讐をする為に行動していた、という事だろう。


「真島さんこそ、無茶はしないで下さい」


「お? おう……」


 葉山の発言の意味を理解するのに少し時間を要したが、真島は素直にそれを認め、受け入れた。

 そのやり取りを笑顔で見守っていた横田が、真島に向けて言った。


「じゃあ、真島さんは早く小学校の体育館に行って下さ──」


「いやいや、俺もアンタ達に付き合うよ」


 はい? と横田が驚く。

 だぁかぁら、と真島は手を振りながら繰り返す。


「付き合うよって言ってンだ。アンタ達には世話になったし、それにサ、俺、野上サンに『小学校に避難しろ』って言われてたんだけど、自分勝手な事しちまったから──」


 このまま一人で小学校に行ったらノガミンに怒られちまう、と真島がおどけた顔で言った。


 ──ノガミン、て──


 葉山は思わず吹き出しそうになったが堪えた。


「野上さんは怒ったりしませんよ。……いや、怒るかな。うん」


 横田がわざと深刻な顔をして言った。


「ウソ? やっぱ怒るかな。ううん……横田サン、一緒に怒られようよ」


 なんで一緒になんですか、と横田が慌てた。


「ぶっ、はははは!」


 堪えきれず、葉山は爆笑した。

 氷川も笑っている。


「どう、します? 葉山さん」


 笑いながら横田が葉山に聞いた。


「真島さんさえ良ければ、お願いします」


 おっしゃあ! と真島が気合いを入れた。


「で、さっき見えたんだけど、向こうでこっちの様子を窺ってる連中はどうすんの? 機動班か?」


 ほら、あの辺、と真島が指差す。

 葉山がそれを確認する。


「──機動班の者です。全員」


 横田を除く9人全員が、小学校には戻らず葉山達を追って来ていたらしい。

 葉山が皆に向かって手を振ると、全員がこちらに向かって走って来た。

 集まった機動班の者達に向け、葉山は頭を下げた。


「皆さん……すみませんでした。俺の見積りが甘かったせいで全員を危険にさらす羽目になってしまった」


「いや、我々こそ。葉山さんの指示を守らないで小学校に戻らなかった」


 皆が口々にすみません、と謝った。


 ──何と言ったら良いか……


 葉山は正直、嬉しく思っている。結局、横田を含む全員が葉山の指示を守らなかった事になる。

 でも全ては自分の判断ミスから始まっているし、皆の行動は、仲間を思うが故の事だ。


「落ち着いたら──皆で飲みに行きましょう!」


 葉山が笑顔で言った。

 機動班の者達は──歓声をあげた。


「もちろん、俺も一緒に連れて行ってくれるんだよな? その飲み会」


 真島が葉山に訊く。

 葉山は笑いを堪えて言う。


「それは──野上さんに訊いてみないと。なんとも」


 なんでそこで野上サンが出てくる、と真島が肩を落として──笑った。


「それじゃあ、気を引き締め直して……捜索を再開しよう!」


 葉山の号令に、機動班は静かに──力強く応じた。



    ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「大丈夫かな──横田さん達は」


 職員室での話し合いを終え、体育館に戻って来た野上は、腰を下ろして時計を見た。

 19時を回っていた。


「副班長さんも二人、行ってるんでしょ? だったら、そんなに無理はさせないんじゃない? 大丈夫よ」


 由美が一馬と指相撲をしながら応えた。


「心配ばっかりしてないで、ちょっとは休みなさいよ野上さん」


 君江が野上を気遣う。


「そうだよ野上君。眠れずとも、少しでも横になれば大分違うぞ」


 胡座をかいて座る村田が、床を軽く叩きながら言った。


「そう、ですね。じゃあ──お言葉に甘えて」


 野上は、空いているスペースに寝転がった。


 ──体が、重い。本当に、ちょっとでも眠らないと……


「由美──悪いけど、何かあったら起こして」


 うんうん、と由美が笑顔で頷く。

 それを見て安心したせいか、一気に気が抜ける。

 由美達の声は聴こえているが、会話の内容までは頭に入ってこない。


 体育館の天井をぼんやり眺める。

 意識が時々、途切れる。


 ……

 ……──


 ──あれ? ここは……


 辺りを見回す。

 大きな交差点だ。

 乗り捨てられた車が相当数、放置されている。

 交差点の中央付近にある車は、事故にでも遭ったのか──グチャグチャになっている。


 ──優ちゃん、大変なの。一馬が……一馬が──


 何が大変なんだ?

 由美、どうしてここに?

 ここは危険だ、早く逃げろ。


 今、なんて言った? 一馬がどうしたって──


 ──お父さん! バケモノが──


 一馬? 一馬!

 おい、なんで一馬がここに居る!

 やめろ! そっちへ行くな!

 待ってろ一馬、今、行くから──


 体が、足が思うように動かない。

 何度も、何度も転びそうになる。

 一向に一馬に近付けない。

 くそっ……待ってろ一馬──


 ──おとう……


 バケモノの岩のような腕が、一馬に向かって振り下ろされた。


 やめろ! 一馬──ああ……


「──一馬!」


 体育館の天井が見えた。


 ──なんだ? ああ、


「夢、か……」


「大丈夫? 優ちゃん」


 上から由美が野上の顔を覗き込みながら言った。

 野上は何度か頷き、


「ああ、大丈夫。ちょっと──夢を見てた」


 野上は上半身を起こし、周りを見渡す。

 一馬と莉菜には毛布が掛けられ、眠っていた。

 由美と君江は床に座っている。


 野上は時計を見た。20時半過ぎだった。


 ──村田さんは……警備班の交代かな。


「京介君と、佐々木さんは……?」


 実はね、と由美が言い難そうに言った。


「ついさっき、放送で優ちゃんが呼ばれたの。それで──京介君と佐々木さんが優ちゃんの代わりに様子を見に行ってくれたの」


 ──気付かなかった。


「どこへ──?」


 保健室だよ、と由美が答えた。


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