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第13話【奇襲】

 葉山が静かに──全員に向けて告げた。


「皆さん、そのまま聞いて下さい。本来の任務から外れるが──奴を仕留めます」


 氷川と作業服の男性以外、一瞬驚いた。


「しかし──かなりの危険が伴う。反対する方は居ますか?」


 葉山が全員の顔を見渡す。

 機動班の男達は皆、黙って首を振った。

 誰も口には出さないが、全員が状況を把握し、覚悟を決めた様だ。


 これにはさすがに葉山も驚いた。

 数人は反対すると思っていたし、別にそれを咎める気も無かった。反対する者にはそれらしい口実を与えてこの場から離れてもらうつもりだった。


「──分かりました。でも……いざとなったらすぐに小学校に逃げる事。良いですね?」


 皆、強く頷いた。

 それを見た葉山もまた、頷く。


 ──さて、どう攻めるか。


 あの斧の様な右手で攻撃してくるのは間違いないだろう。

 そしてこちらが攻撃すべき部位は頭若しくは胴体で良いと葉山は判断した。


 ──問題はあの斧、だな。


 あの斧の破壊力がどの程度か判らない。

 腕が伸びたりしない限り、間合いはある程度予測出来る。


「俺と氷川君で牽制する。皆は俺が合図するまでその場で待機──」


「俺も行きます」


 作業服の男性が、葉山に向かって言った。

 緊張のせいか表情は堅いが、怯えている様子はない。


「君は……もしかして、野上さんのグループの──?」


 葉山に訊かれ、作業服の男性は頷く。


「はい。横田っていいます。南門の戦闘にも参加してました」


 ──なるほどな。なら──


「ありがとう。心強いよ」


 葉山は横田の肩を軽く叩きながら言った。


「──よし、あとの皆はそのままで」


 葉山はもう一度待機の指示を出し、氷川と横田を連れ、マンイーターの後を追う。

 20メートル程の距離まで来た辺りで、路上駐車してあった車の陰に隠れた。

 待機した者達も、注意深くその動向を見守る。


 三人は、気付かれぬように様子を窺う。


「俺が正面に回り込むっス。葉山さんと、えっと横田さん? 横田さんは後ろの両サイドから、こう──」


 氷川が広げた両手を少しずつ前に出しながら中央で合わせる。

 奇しくも、南門で野上が立てた作戦と同じだった。


「──大丈夫か? 氷川君一人が攻撃される事になるぞ」


「奴の気を惹き付けるだけっス。何ならマッハで逃げます」


 逃げ足には自信あるっス、と氷川は笑った。


「うん。絶対にやり合わないように」


 葉山が念を押す。

 氷川は了解っス、と頷いた。


「更にもう一段加える。氷川君が上手く奴の気を惹いたら、俺が横から突っ込む。奴が俺を攻撃しようとした隙を狙って──横田君が背後からその鉄パイプで──」


 葉山が両手で突き刺す動作をして見せる。

 横田は唾を飲み込み、頷いた。


「後は──皆で袋叩きだ。向こうで待機している皆もここまで来てもらおう」


 葉山は後ろを向き、何度か手を振り、自分の足元の辺りを指差し、両手の掌を下に向けた。

 待機していた者達は了解したらしく、それぞれのタイミングで前進を始めた。


 ──これで良し。じゃあ──


「行くぞ。氷川君、横田君、頼む」


 葉山の言葉を合図に、三人は散らばった。

 横田と葉山が、道路を挟んで両側に移動し、横田は電柱の陰に、葉山は住宅の門柱に身を隠した。

 マンイーターは道路の真ん中をゆっくり、ふらつきながら歩いている。


 その横を氷川が姿勢を低くして素早く走り抜ける。


 マンイーターを追い越し、30メートル程先に行った辺りで、氷川は停止した。


 葉山からも良く見える位置だ。


 氷川が、中腰から直立になり、道路へと飛び出した。


 ──そういや、氷川君、武器持ってたか?──


 葉山はふと思い出した。が、氷川は背中から何かを引き抜き、右手に持った。

 鉄製のバールの様だ。


 氷川は道路の真ん中で仁王立ちになり、マンイーターに向かって叫んだ。


「さぁ来い! 俺様が相手だ! って……オイオイ、嘘だろ──」


 言い終わる前に氷川は後退りし、慌てて方向転換して逃げ出した。


 獲物を認めたマンイーターは、前傾姿勢になり、物凄い速度で走り出した。


 ──速い! 計算外だった……!


 葉山は慌てて飛び出し、マンイーターの後を追う。

 横田もほぼ同時にスタートを切っていた。


 自分で言うだけあって、確かに氷川の足は速かった。

 だが、マンイーターの速さは更にその上を行っている。


 ──ダメだ追い付けない──


 マンイーターは葉山、横田から距離を引き離す一方、氷川との距離を縮めて行く。


「氷川君!」


 走りながら葉山が叫ぶ。

 氷川は時折、後ろを振り返りながら走り続けていた。


 氷川の左前方の路肩に、また路上駐車している車がある。大きなワンボックスのワゴン車だ。

 氷川はそのワゴン車の裏側──助手席側──へ回り込んだ。


「は、葉山さん! コイツ速──」


「なに──?」


──ジャギン!


 氷川の訴えと葉山の驚愕の声は、金属を切り裂く甲高い音に掻き消された。

 マンイーターはワゴン車の運転席側で急停止した。

 斧の右手を斜め上に上げた状態で静止している。


──ギリ、ギリリ……ガシャッ!


 運転席側の、屋根からドアの辺りまでの部分が音を立てて路面にずり落ちた。


 ──車体を簡単に切り裂いた……!


 スピード、破壊力……葉山の見落としていた部分だった。


「氷川君! そのまま逃げろ!」


 葉山が叫ぶ。


 ──甘かった。このままでは……全滅する!


「横田君、皆! 一旦小学校へ退()け!」


 葉山は振り返り、横田と待機している機動班に向けて指示を出す。


 機動班の男達は、戸惑いつつも後退を始めた。

 横田は立ち止まり、氷川の方を見ている。


 氷川は一度、小学校の方へ走ろうとして、ダメか! と言い再び逆方向へ逃げた。

 マンイーターも氷川を追う。


「くそ……っ!」


 葉山は氷川とマンイーターを追う為に走り出した。

 同時に──横田も同じ方向へ走り出したのが見えた。


「横田君! 君も小学校へ逃げ──」

「葉山さんこそどうするつもりですか? 氷川さんを助けに行くんでしょう!」


 葉山と横田が走りながらやり取りする。


「正面切ってやり合うつもりはない! 奴の気を逸らして氷川君を逃がすだけだ!」


「それなら──俺も手伝います!」


 ──諦めそうもないな。だったら──


「分かった! 頼む!」


 葉山の返事を聞き、横田は更に速度を上げて行った。


 そろそろ大通りに出る。

 大きな交差点には事故車や、その影響で乗り捨てざるを得なくなった車が多数停まっているのが見えた。

 氷川とマンイーターが、その交差点の手前に停まっている数台の車を避けながら走っている。


 マンイーターと氷川の距離はおよそ10メートル程まで詰められている。

 葉山と横田からマンイーターまではまだ20メートル位ある。

 氷川が一足先に交差点に到達しようとしたその時──マンイーターが跳んだ。


「氷川──」


 ──跳んだ、というより転んだ?──


 何かに躓いたのか。

 現にマンイーターはヘッドスライディングの形でアスファルトに着地し、何度か斧を激しい音と火花を撒き散らしながら地面と接触させ滑って行く。


 ──ん? 物陰に誰か居る?


 走りながら葉山は、丁度マンイーターが躓いた辺り、数台停まっている車の陰に隠れている人影を見た。


 衝撃音に反応し氷川は振り返った。

 マンイーターが無様に転がっている姿を見て、慌てて急停止し、体を反転した。


「何してる氷川君! 早く逃げろ!」


 氷川は既にマンイーター目掛けて跳躍していた。


 マンイーターは転んだ際、派手に斧の右手をアスファルトの地面に叩きつけたせいで、右腕が肩から変な方向に曲がっている。

 左手や足をバタつかせながら立ち上がろうとしている。


「そのまま──寝てろ!」


 氷川が叫びながらバールを倒れているマンイーターの頭目掛けて振り下ろす。


──ギィン!


「チッ……!」


 氷川のバールは、アスファルトに弾かれた。つまり──外した。


 マンイーターが左手を地面に着き、上半身をゆっくりと起こし、立ち上がった。


「──っらあ!」


 氷川が、まだ下を向いていたマンイーターの顔面を右足で思いっきり蹴りあげた。

 その右足を素早く引き、再び構える。

 マンイーターは、後方へゆっくりと倒れようとしている。


「おお……!」


 葉山が思わず感嘆の声を上げる。


 だが──


「うわっ……と!」


 マンイーターが倒れざまに、左足で氷川の顔面を狙って蹴りあげたが、氷川は最小限の動きでのけ反り、それを避けた。


「……あ?」


 氷川が妙な声を出し、地面に膝を着いた。

 そのまま両手も着き、頭を数回振った。


 ──避けきれてなかった、のか?


 葉山がそれに気付いた時、既にマンイーターは体勢を立て直していた。


 マンイーターは、明後日の方を向いている自分の右腕を左手で掴み、引っ張る。

 ゴキンという音。右腕をだらりと下に降ろした。

 どうやら肩が外れ、右腕は動かないようだ。


 再び、マンイーターは左手で右腕を掴む。

 そのまま、近くに停まっている車に近付き、左手で右腕を高く持ち上げ──


 ボンネットに斧の部分をめり込ませた。


 ──何を……する気だ?


 マンイーターが体を揺する。まるで、右腕がしっかり固定されているかを確認するかの様に。

 左足を車のボディに乗せた。

 力みながら、一気に上半身を後ろに引く。


 ブチブチと音をさせながら、右腕が肩から抜けた。


「うっわ……痛そ」


 漸く中腰の姿勢になった氷川が顔をしかめて呟いた。


 マンイーターは、ボンネットに刺さっている自分の右腕を左手で引き抜いた。


──ブンッ


 空を切る音。

 右腕をそのまま武器として使う気だ。


 ──ダメか。やるしか……ない!──


 葉山は意を決し、マンイーターに向け更に加速する。


「ちょ、ちょっと待っ──」


 聞いてくれる筈もない頼みを氷川が言い終える前に、マンイーターが踏み込む。

 氷川はまだフラついている。


「おおっ!」


 追い付いた葉山がマンイーターに肩から突っ込む。

 弾き飛ばされたマンイーターは、先程自分の右腕を抜くのに使った車に激しく衝突した。


「は、葉山さん。助かったっス」


「まだだ! 気を抜くな!」


 葉山はすぐさま5番アイアンを振り上げ、まだ車の方を向いているマンイーターに攻撃を仕掛けた。


──ガギンッ


 マンイーターが振り向き様に、斧で葉山の5番アイアンを弾く。

 弾くというより、5番アイアンの真ん中辺りでスッパリと切断された。


 ──まずい……!


──ズブッ……


 葉山の視界の中央に居たマンイーターの体が、一瞬右に揺れた。

 マンイーターの脇腹から、先端の尖った棒のような物が突き出た。

 その反対側には、作業服の男──横田が体当たりしていた。


 唸り声。


 マンイーターが横田を突き飛ばし、斧を持った左手を振り上げ、横田に向かって──


「横田君!」


 葉山は短くなった5番アイアンでマンイーターに飛び掛かる。

 氷川も跳ぶ。


 ──間に合わない……!



「くたばれ、この野郎」



──グチャッ


 マンイーターの頭が大きく揺れた。


 マンイーターの後ろにある車のボンネットに、葉山の見たことの無い男が金槌のような物を握って立っていた。


 ──誰だ? 機動班のメンバーには居なかったぞ……


「アンタ! チャンスだ! (とど)めを刺せ!」


 男が叫んだ。

 マンイーターがぐらり、と前のめりになる。

 葉山は先端の無い5番アイアンを──マンイーターの額に突き刺した。


「ラストぉッ!」


 氷川の声に葉山は反応しそちらを向くと、氷川が跳びながら蹴りのモーションに入っていたので咄嗟に頭を下げた。


 鈍い音と共に血が飛び散る。

 マンイーターの首が後方に──折れた。


「やった……!」


 尻餅をついたまま横田が歓喜の声を上げる。

 マンイーターはそのまま倒れ、数回痙攣した後、動かなくなった。


「仇はとったぞ──()()


 ボンネットの上の、金槌を握った男がそう──呟いた。

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