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第12話【捜索隊出動】

 ──まさか、そんなに早く……


 校長の説明を聴いた際、それを危惧したのは確かだった。

 だが、まだ一日も経っていない。


 ──いや、無理もない。


 正確には判らないがこれだけの人数が居れば当然かも知れない。


「──もうじき、援助物資? とか言うのが届く筈だって学校側の人達が言ってたんだけどねぇ」


 言いながら君江は、京介が持っていたおにぎりを一つ掴み、食べようとして──止めた。

 また京介の皿に戻す。

 京介は何かを言おうとして、やめた。


「──そう、ですか。分かりました」


 野上はそう言って頷き、体育館の出入り口に向かおうとした。


「優ちゃん? 食べないの?」


 振り向くと、由美が心配そうな顔をして野上を見ていた。


「ああ──俺はいいよ。ちょっと乾さんの所に行ってくる」


「何があったか知らないが、食べてからにしたらどうだ野上君。体が保たないぞ」


 村田に引き留められたが、野上はそれに笑顔で応え、由美に向かって、一馬に食べさせてやって──と伝え、再び体育館の出入り口へと歩き出した。


 乾は別れ際、職員室に行くと言っていた。あれから少し時間が経過したが、まずはそちらに行こうと野上は決めた。もしかしたら副班長の誰かは居るかもしれない。


 ──援助物資の到着が遅れているだけ、か?


 歩きながら野上は思案する。自衛隊の車輌がこの小学校に来るまでの道程で何か障害があるとすれば──考えられるのは道路に乗り捨てられた一般車輌か。

 それを除去しながら進んでいるなら、かなり時間がかかるだろう。


 ──それだけならまだ良いが──


 もし、化け物に襲撃されていたら──


 職員室のある第二校舎に入った辺りで放送が入った。氷川の声だった。

 機動班に向け、化け物との戦闘の際、注意すべき事を伝えていた。分かりやすく簡潔にまとめてあった。


 些細な事だが、放送の中で化け物とは言わず『マンイーター』と表現していた。

 何となく意味は分かるが……人食い、ということだろうか。

 

 職員室の出入り口は開放されたままで、中に入らずとも室内の様子が窺えた。

 職員が慌ただしく動いている。

 職員室の中央の辺りで、デスクの上に大きな紙を広げ、話し合っている数人が野上の目に入った。


 乾だ。デスクの上に両手をつき、前屈みになって広げた紙──地図の様だ──を見ている。

 その乾の左右に葉山、桜井が居た。

 乾の視線が地図上を走り、前を向いたところで──野上と目が合った。


「野上──さん」


 乾は呆れたような、困ったような──複雑な表情(かお)を見せ、笑った。


「いや──野上さんを呼ぼうか迷ったんだが……休みなさいと言った手前、呼ぶに呼べずにね。結局、来てしまった訳だが」


 葉山は軽く会釈をし、桜井がお疲れ様です、と言った。


「いや、お気になさらずに。俺もちょっと用があって来たんですけど……」


 言いながら野上はデスク上の地図を見た。どうやらこの小学校周辺と、隣の木更津(きさらづ)市までが載った地図の様だ。


「俺のグループの給食班の者から、備蓄分の食糧が底を尽きそうだと聴いて──」


 野上が言うと桜井が頷き、それです、と言った。


「今、僕らが話し合っていたのはその件についてです。支援物資が来なければ、明日の朝食は無い。小学校の備蓄分に対して避難者の数が想定を遥かに超えているようです。自衛隊が各避難場所に向かっているという情報は確かなんですが……到着があまりにも遅いので、これはもしや何かあったな、と。この小学校と陸上自衛隊木更津駐屯地を結ぶ最短ルートを割り出してみようとしていたところです」


「だが必ずしも最短ルートを使うとは限らない。最短且つある程度道幅の広い道路を使うのではないかな。そこで考えられるのが──このルート」


 葉山が、地図上の自衛隊駐屯地から小学校への道を指で辿って見せた。

 野上が今朝使った国道とは違うもう一本の国道。海岸線を走る片側二車線の大きな国道を通り、途中で県道に入り、そのまま南下。大きな陸橋を渡り市街地に入る。

 市街地に入れば、この小学校までは、車なら10分程で着く──筈である。


「駐屯地から小学校まででも、恐らくは40分程だろう。途中、迂回やら障害物の除去やらをしていれば、それなりに時間も掛かるだろうが──」


 言いながら溜め息を吐き、乾は腕を組んだ。


「様子を──見に行きますか?」


 野上が地図と乾を交互に見ながら問う。


「いや──それも考えたんだが……どうかな。このルートもあくまで推測だから、行ったところで空振りに終わる可能性もある。道中もそうだが、現場がもし化け物との戦闘になっていた場合の危険性も考えると、リスクはかなり大きい」


 乾が言い終えると同時に、桜井が意見する。


「しかし──何らかの理由で足止めを食らって居るのは確かです。このまま待っているよりも、行って手伝ってあげた方が良いのでは」


 乾はもう一度地図を見渡し、頷いた。


「──では、こうしよう。このルートを捜索して、戦闘『以外』の理由で足止めを食らって居た場合は、支援する」


 先程、葉山が示した予想ルートを指で辿りながら乾が言った。


「もし──現場が戦闘状態だったら?」


 葉山が地図から目を離し、乾に問う。

 乾が葉山の目を見て答える。


「自衛隊ですらてこずる相手に我々が敵う筈がない。その場合は一旦退き、別の方法を考える」


 目の前で苦戦している自衛隊を見捨てる事になる──が、乾の言う通り、野上達一般人が戦闘に参加したところで状況は変わらないだろう。むしろ被害が増すのではないか。

 そこまで考えた上での発言だろう。


「あら? 皆さんお揃いで」


 場違いな程快活な声で入って来たのは氷川だった。

 お疲れっス、と言いながら野上の隣に来た。


「あれで伝わりましたかね。機動班に」


 上を指差しながら氷川が言った。放送の事だろう。


「ご苦労様。分かりやすかったよ。でも、マンイーターってのはなんだ? 化け物の事だろうけど」


 葉山が労いながら氷川に質問した。


「ああ、アレね。なんか化け物っていうのもちょっとアレかな、と思って」


 アレって何だよ、と葉山が笑いながら突っ込む。

 いやその、別にっスね、と氷川が弁解する。


「まるっきり怪物に変身してる訳じゃあないでしょ? 化けてる訳じゃない。寄生された人間が、人間を襲って喰う。だからマンイーター。ヒトを喰うものっていう意味みたいっス」


「元々はヒトを襲うライオンやサメといった動物を表すのに使われていたみたいですね。男を食い物にする女性を意味する俗語としても使われているらしいが」


 桜井が補足した。

 それはそれで怖ぇっスと氷川が肩を竦めた。


「──我々だけでもそれで統一するか。いつまでも化け物という表現はどうかと思ってはいたんだ」


 乾が同意した。

 野上も咄嗟に、人間離れした動きや、襲った人間を喰う場面を目の当たりにし、化け物と思ったのは確かだ。

 いや、真島がそう表現したのだったか。


「まぁ、強制する必要も無いから、周囲に浸透すればそれで良いし、化け物のままでも構わないっス」


 言いながら氷川もデスク上の地図を見た。

 そうだな、と乾が頷いた。


「──よし。じゃあ早速だが誰をこの捜索に向かわせるか……」


 誰を捜しに行くの? と氷川が葉山に問うたので、葉山が物凄く簡潔に状況を説明した。


「なるほどね……じゃあ、俺が行きましょっか?」


 氷川が手を挙げた。

 乾が頷き、葉山を見て、


「葉山さんも同行してもらえないかな。重要な判断が必要になった時、二人で相談してほしい」


 了解です、と葉山が頷いた。

 よろしくっスと氷川が頭を下げた。


「俺は──どうします?」


 野上が乾に尋ねた。

 乾はすぐさま返答した。


「野上さんと桜井さんは俺とここに待機。小学校内にまだ──警戒しなければならない事がある」


 ──保健室で監視されている男性の事か。


「──という事で、悪いね野上さん。まぁ、何かあるまで、少しでも休んで下さい」


 乾の表情が幾らか和らぐ。


「……分かりました。何かあったらすぐ呼んで下さい」


 何も無いことを祈ってるよ、と乾が笑った。

 野上は頭を下げ、職員室を出た。



   ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「……8、9、10と。これで全員っスね」


 19時。

 夜の正門──。


 ──少し肌寒い。


 滅多に風邪をひく事のない葉山だが、さすがに今のこの避難生活で体調を崩すのはまずい。

 薄手のロングTシャツを着て来た事を少し後悔する。


 氷川が、集まった機動班の人数を数えて確認した。

 先程、自衛隊捜索が決定した後、葉山と氷川で機動班から人選を行い、召集を掛け、応じた者達だ。

 同じく副班長である野上のグループからも一人、参加を願ったのでこの中に居る筈だ。


「少なく……ないっスかね。大丈夫かな」


 苦笑する氷川に葉山が答える。


「戦闘がメインじゃないからな。あくまで捜索と手伝いだから大丈夫だよ」


 副班長の葉山と氷川、そして召集に応じた機動班の10人。合計12人だ。

 それぞれが手に武器に代わる物と、かき集めた懐中電灯を携えている。


 ──確かに少人数だが、いざとなれば動き易いだろう。


 戦闘がメインではないと自分で言っておきながら、葉山は最悪の事態も想定している。

 葉山は手に持った5番アイアンを握りしめた。因みにこれは校長の私物だそうだ。

 校長室に持ち込んで、密かに磨くのが日課だったらしい。


 さ、行きましょ葉山さん、と氷川に促される。

 葉山は頷き、機動班メンバーの方を向く。


「……では行きましょう。その前に幾つか。皆さん、まずは自分の安全を確保する事を第一に考えて下さい。それから単独行動は厳禁です。そして、意見は遠慮なく出して下さい。その都度、話し合いましょう」


 葉山は全員の顔を見渡す。皆、真剣な眼差しで聞いてくれた。

 メンバー全員、恐らく二十代から三十代の男性だ。

 作業服の若い男性が視界に入る。手には先の尖った鉄パイプを持っている。


「暗いので十分に注意して。周囲を警戒しながら、何かあればすぐに伝えて下さい。では──出発します」


 葉山ら自衛隊捜索隊が正門を出た。

 

 予定のルートは──


 正門を出てすぐ南に進む。

 少し大きめの通りを渡り、住宅街を500メートル程歩けば、片側二車線の大きな県道に出る。

 そこから西へ3㎞行くと市役所前交差点があり、その交差点を北に曲がれば陸橋だ。

 迂回している様なイメージだが、この陸橋は線路の上を渡る形になっており、最終的にはこれが木更津に行く最短且つ道幅の大きなルートである。


 このルート上のどこかで、自衛隊が何らかの理由で足止めを食らっている、と乾達は予想した。

 ただ──


「どこまで捜しに行くんです? いっそのこと木更津の駐屯地まで行っちゃいますか」


 住宅街を歩きながら、氷川が冗談なのか本気なのか分からない口調で言った。


「──そう言えば決めてなかった。あまり遠くまで行く訳にはいかないしな……陸橋を越えた辺りが丁度木更津市との境目だから、その辺で引き返そう」


 了解っス、と氷川が手を挙げた。

 それでも実際、徒歩では結構な距離だ。かなりの時間を要するだろう。


 歩道を、なるべくバラけないように進む。

 氷川と葉山は、捜索隊の最後尾を歩く。

 等間隔に設置された街灯がまだ点灯しているのはありがたかった。


 住宅街は静まり返っている。

 稀に、部屋の照明が点いている家があるが、


 ──消し忘れか、さもなくば……


 敢えて避難しない人も中にはいるのかも知れない。

 事態を把握しきれずに二の足を踏む者。

 集団生活に抵抗がある者。


 だが、そんな人達もいずれは避難してくるかも知れない。

 そうなった場合、今以上に問題が発生するだろう。


 ──先が見えないな。


 果たして、この避難生活はいつまで続くのか。

 長引けば長引く程、事態は悪くなる一方だと葉山は思う。

 食糧を始め生活に必要な物資の枯渇。

 また、避難生活が長引けば、体調を崩す者も出るだろうし、当然ストレスも溜まってくる。

 そうなると、人間関係にも悪影響を及ぼしかねない。


 ──その辺も話し合わなければいけないな。


 少し考え事に没頭しすぎたと思い、葉山は慌てて周囲を警戒する。

 相変わらず住宅街は静かだった。

 葉山達以外に、出歩いている者は見当たらない。


 ──夜は活動しないのか?


 勿論、化け物──マンイーターの事である。

 何の根拠も無い。だが、そう思いたくなる程の静寂が住宅街を支配している。


 突然、先頭を歩いていた作業服の男性が立ち止まり、振り返らずに言った。


「──皆、止まって下さい。静かに──隠れて」


 全員、言われた通りにそれぞれが物陰に身を潜める。

 葉山と氷川が姿勢を低くしたまま前方へと進み、作業服の男性の近くまで行った。


「どうしたんスか? まさか──」


 氷川の問いに作業服の男性は頷き、二人に前を見る様促す。


 50メートル程先の街灯の下を、歩いている人影が見えた。

 少しフラついている。


 ──見た感じ、特に異常は──なんだ? アレは……


 葉山は、人影に一ヶ所だけ変な部分がある事に気付いた。


 右手。長さは左右あまり変わらないのだが、肘から下が細くなって、その先端は平たく──まるで斧の様な形状をしている。

 人影が歩くと体が左右に揺れ、それに少し遅れて斧の様な右手もゆらりゆらりと動く。


「まだ──気付かれていないようです。どうします? 葉山さん」


 作業服の男性が、チラリと葉山を見てすぐにマンイーターに視線を戻した。


「なるべく戦闘は避けたい。避けたいが──」


 ──奴の進行方向は小学校とは逆だが……このまま放置しては──


 本来の目的とは違う、しかも出発してすぐに難しい判断を迫られた。


 この場で奴を始末するべきだと葉山は考えている。

 しかし、こちらもただでは済まないかも知れない。自衛隊捜索と、条件次第では手伝うという本来の任務に支障を来す恐れがある。

 第一、この中から被害者を出したくない。

 だからといって、このまま見逃した場合、後で奴が小学校を襲撃したら─


「どうする? 氷川く──」

「退治するしかねぇっスよ」


 葉山が言い終える前に氷川は即答した。


「このまま放っといたら小学校に来ちゃうかもしれないし。幸い、この辺なら奴にとっての死角が結構ありそうでしょ」


 氷川の表情は既に真剣そのものになっている。いつもの笑顔は消え、目付も鋭い。


 ──この男、本性はこっちか。


 いつも軽いノリの氷川に対し、若干不安を感じていた葉山だが、今、改めて確信した。


 ──この男なら大丈夫だ。


「よし、やるか」


 葉山は強く頷き、氷川に同意した。




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