第1話【発生】
どうも、島津と申します。
初めての投稿です。
拙い文章ではございますが、お付き合い頂ければ幸いです。
長い作品になると思いますので、完結は気長にお待ち下さい。
(汚れていて誰に宛てた手紙か分からない……)
●●へ
これを読んでいるという事は、お父さんはもう、居ないかもしれないな
でも、お前なら大丈夫。きっとうまくやっていける
ただ、お父さんが心配しているのは
お前はちょっと優し過ぎる
もちろん、そこが良いところでもあるんだが
それから、思った事ははっきりと口に出せ。相手に伝えろ。特にこんな状況下では尚更だ
もし、万が一、この先どこかで、お父さんに、会えた時、お父さんがお父さんでなくなっていたら、その時は迷わず
殺してくれ
【第1章】
漸く暖かくなってきた。
今年は、冬が長く感じた。精神的な部分でそう感じた訳ではない。実際に気温が低い日々が長く続いたのだと思う。別に日記を付けて数えてはいないが。
何か──あったのか?
工場での夜勤を終え、野上優也は社員通用口を出た。外はもう明るい。
着替えの入ったリュックを背負い、足早に駐車場へ向かう。
──非常事態宣言、なんて初めてだな。
勤務中は、ほとんど外の事は分からない。ただ、防災無線が事務所に設置されていて、そこに市から連絡があったようだ。直接野上が受けた訳ではないので詳しくは分からない。野上が所属するグループのリーダーが無線を聞き、それを交代番との引き継ぎミーティングの場で各自に伝えた。
非常事態宣言、というぐらいだから、それを聞いた時点で発表するべきなのだろうが、どうやら無線の内容が曖昧だったらしく、それほど重要ではないと判断したのだろう。気をつけて帰りなさい、ぐらいのニュアンスだった。
ただ、気掛かりな事もある。交代番で来る筈の社員が数名、出勤して来なかった。連絡すらとれないらしい。
──地震やら豪雨でもないし、一体……
考えながら歩いていた野上は、駐車場の自分の車を少し通りすぎ、気が付いて戻る。工場の敷地内をぐるっと囲む様に植えられた木が邪魔で外の様子がよく見えない。運転席のドアを開け、背負っていたリュックを助手席に置き、エンジンをかける。
スマートフォンの画面を表示させる。待ち受け画面には──笑顔の少年と女性──小学四年の息子、一馬と妻の由美──が映っている。
一馬はもう学校に行っている時間だ。由美は、家事をしているか買い物にでも出掛けていると思う。
──自宅の方面に車で移動し、途中にあるコンビニの駐車場にでも停めて電話してみるか。
そう決め、野上は車を走らせた。工場を出て、国道に繋がる大きな道路に入る。普段も交通量は少ないが、今日はより一層少ない。
特に気にせず、車を走らせた。程なく、左側にコンビニが見えた。ウィンカーを出し駐車場に入る。何かを買う気はないので、店舗から少し離れた場所に停車してエンジンを切った。
スマートフォンを操作し、由美の番号にかけた。だが──混みあっている旨のガイダンスが流れて繋がらなかった。
舌打ちをし、スマートフォンを助手席に置いた。
──そこまでの状況、なのか?
何気なく、コンビニの店内に目を遣る。人気はあまり無い──どころか、誰も居ない、様に見えた。照明こそ点いているが、無人──?
──まさか、な──
確認する必要もなく、早く帰ろうと思った野上は再びエンジンをかけた。
駐車場を出て、しばらく行けば国道に出る。だが、国道と交わる交差点の信号の間隔が短いせいでよく渋滞する。時間に余裕がある時は、野上はそのまま流れに任せるのだが──
──迂回するか?
交差点が近付くにつれ、野上の心配は杞憂に終わった。すんなり交差点を通過し、自宅のある方面に向かう為、右折する。このまま行けば、市境を越え、自宅近くまで行ける。10分もかからない。
しばらく順調に進み──野上は後悔した。
──渋滞かよ。しかも、よりによって──
自宅まであと5分もかからない辺りだが、市境で、周りを山に囲まれている為、ほぼ一本道であり、迂回しようにも出来ない。Uターンすら出来ない。
──参ったな、こりゃ──
仕方がないので、野上はそのまま待った。
……前の車は、一向に動かない。その前に連なる車の列も。
──あれ? 前の車……
様子がおかしい。運転席のヘッドレストの辺りに、ドライバーの頭が見えない。つまり──
──乗ってないのか?
野上の車の後ろにも、何台か後続車が来た。当然、同じ様に渋滞の列に加わる。
前が動かないのなら──野上は運転席から出て、前の車まで歩いた。運転席を覗き込むと──やはり、誰も乗っていなかった。
まさか、と思い、野上はその前の車も確認した。
──居ない! どうなってる──
一台一台、中を覗きながら前に進む。野上の中にあった苛立ちは、徐々に不安へと変わっていった。10台程見て進んだ所で野上は中を覗くのを諦め、視線をその更に先へと移した。100メートルぐらい続く渋滞の列の先頭には──
「事故か?」
思わず口に出して野上は言った。渋滞の列の先頭には、大型のトラックが流れを塞き止める様にして横転している。
これでは動く筈もない。いや、復旧にすらかなりの時間がかかるだろう。でも──
──だからと言って、何で皆、居なくなっている?
おかしい。いくら渋滞が嫌だからといって車を乗り捨てていくなんて……これじゃまるで──
──何かから、逃げた?
野上は、自分の中で浮かんだ突拍子のない発想に思わず苦笑する。だが──それが一番しっくり来る結論の様な気もする。
──だとしたら、一体……
「なんなんだよ、これ」
思考を邪魔するかの様に、不意に後ろから声がした。野上が振り返ると、そこには一人の男が立っていた。その男もまた、野上と同じ様に渋滞の列の先頭を眺めている。
「……ったく、迷惑な話だよな。こっちは急いでるのによ。警察はまだ来ねぇのか」
男は、野上に言うでもなく、かといって独り言にも思えない様な大きな声で言った。
見た目は40代ぐらい、野上より少し年上と思われるその男は、おもむろに煙草をくわえ、火を点けた。
「……警察が来たとしても、処理には時間がかかりそうですね」
野上が一応、丁寧に応えた。本来なら、あまりこういう手合いの者とは話したくない。
「……だな。ありゃ時間食いそうだ」
言いながら、男はスマートフォンを取りだし、耳にあて、舌打ちをしてまたスマートフォンをしまった。
「やっぱり全然繋がらねぇ。何かあるとすぐ回線がパンクしやがるな。このメーカーは」
やはり繋がらないのか、と野上は思った。
「一体、何があったんですかね」
野上が男に問う。
「あん? 事故だろ? どう見ても」
違います、と野上は付け加えて、自分はさっきまで工場に居た事、非常事態宣言について何か知らないか、という意味だと伝えた。
「……ああ、いや、何があったのかは俺もよく分からねぇんだ。俺も実際、気が付いたのはさっきだからな」
「さっき? 気が付いた?」
気絶でもしてたのか。
「ははは、アレだ。昨日夜中まで呑んでてな。んで、酔い潰れて気が付いたのが、さっき」
──成る程。そういう事か。
「だから、俺もさっき知ったんだよラジオで」
そう言って、男は後ろを指さした。きっと、車のラジオなのだろう。
──ラジオ。そうか、その手があった。
「ラジオで、何と言ってたんです?」
「いや、はっきりとは分からねぇんだこれが。まだ情報が少ねぇのかな、報道も。外出は控えて下さい、とか──各自治体の指示に従って下さい、とか」
──まるで分からない。何が起きているのか──ああ、そう言えば……
「先程、急いでる、とか何とか言ってましたね」
はっきり言って自分には関係ない事なのだが、この状況でどこに急いで行くのか野上は気になった。
「──決まってんだろ。かみさんが心配なんだよ」
意外とマトモな男なのかも知れない、と野上は思うと同時に、自分も似たような境遇である事を思い出した。
「そうだ──早く帰らなきゃ」
「ははは、アンタもか。でも──どうやって?」
どうやって──帰ろう? 野上は進行方向──渋滞の列の先頭──を見る。
「ああ、俺は家が近いんで。歩いてでも帰ります」
実際は徒歩ならかなりの距離だろう。だが──そうも言ってられない。
「近い? どの辺だ」
何故聞く──と野上は思ったが、別に他意はないのだろう、素直に自宅のある地名を答えた。
「……ああ、あの、デカいホームセンターの近くか?」
男が即答した。きっと、この辺りの地理に明るいのだろう。野上が頷くと、
「奇遇だな。俺もその近くだ」
──近いのか──
「よし、俺も歩く! 一緒に行こう」
──まあ、この状況で、一人で居るよりは心強いが──
「俺は真島ってモンだ。ヨロシクな。アンタは?」
「……野上、です」
そっかそっかヨロシクな、野上サン──と真島が言った。
さっきからほとんど吸わずにフィルターまで燃えた煙草を携帯灰皿にねじ込み、真島は歩き始めた。
「……あ、真島さん」
野上はふと、スマートフォンを助手席に置いたままだった事を思い出した。
「あん? ああ、忘れモンか。おお、そうだ俺もだ」
野上と真島は、今来た方向へと踵を返し、車へと向かう。
自分達の車の後ろにもまた何台か後続車が来ていた。
ドアの鍵を掛けていなかった事に今更気付く。いや、ちょっと見に行くつもりだったから当たり前か。
助手席に放置されたままのスマートフォンを取り、リュックを──持って行くか迷う。
──一応、持って行くか。
鍵を抜き、ドアをロックする。落ち着いたら車を回収しに来なければ。
「大丈夫か? 全部持ったか」
真島が自分の車に、野上と同じ様にロックをし終わってから大声で訊いてきた。野上は片手を挙げ、それに応えた。
「あの──どうなってます? この先」
真島の後ろから、女性がこちらを伺いながら尋ねてきた。
「……事故、ですね。当分、動きそうにない」
女性は困った、と一目で分かる表情を見せて、
「あの、どうされるんですか?」
野上と車を交互に見ながら女性が訊く。
「まあ、家が近いんで。歩きます」
と野上は答えた。ウンウン、と大袈裟に真島が頷いた。
「アンタも一緒に行くか? アッチだろ? 途中まででも」
なかなか社交的な男だな、とどうでも良い事を思いながら、野上は女性を見る。
女性の年齢は見た目ではよく分からないが、たぶん自分と同じくらいかな、と野上は思う。
大人しい感じの、ごく普通な格好をしている。あまりマジマジと見るのはマズイと思い野上は目を伏せようとしたその時、
「良いんですか? すみません、ありがとうございます」
女性は、同行するようだ。野上はちょっと意外に思ったが、状況が状況だけに、別に普通か、と考え直す。真島が、そっかそっか、ヨロシクな、忘れモンするなよ、と馴れ馴れしく女性に言った。
「あ、そうですよね……ちょっと──はい、大丈夫です」
女性は急いで小さめのバッグを取り、ドアを閉めてロックをかけた。
よっしゃ行くか、と真島が気合いを入れる。
真島が先頭を歩き、野上と女性がそれに続く。歩きながら、さも当たり前の様に車の中を覗き込み、真島が言った。
「よっぽど慌ててたんだな、コイツら。鍵、挿しっぱなしのがチラホラ」
──本当だ。前に進めば進む程、鍵を抜き忘れている率が高くなっている。
「おお、こんな高級車まで……すげぇな」
この場合、何に感心しているのか野上には理解しかねる。いや、分からなくもない、か。
あまりにも無用心、と言うべきか。それとも──
車なんか棄ててでもこの場を離れなければならない事態がここで起きたのか──
しばらく歩き、漸く渋滞の列の先頭まであと30メートル程の辺りまで来た。
そこで異変に気付いたのは真島だった。
「──おい、見ろよ野上サン」
真島が前方を顎で示す。真っ先に目に入ったのは、横転した大型のトラック。そのトラックに、何台かが突っ込んだのだろう。フロントガラスが粉々になった軽自動車やワゴンが見える。
そして、その下に広がる赤黒い水溜まり……
「……やっぱり事故ですね」
「違うよ、そんな事じゃあなくて。もうちょっと手前の車だ」
──手前? 他の車も、巻き込まれる様にして──
「……あれ? 何か──」
何か──おかしい。トラックに突っ込んだ車に問題はない。突っ込んだ、と一目で分かる破損状態だ。
だが──その他の車は、確かに破損しているが──
「あんな所が潰れねぇよな普通」
車の正面部分、慌てて急ハンドルを切ったなら側面が潰れている──なら違和感はない。だが、明らかに違う箇所が破損している。
車の上面。天井、と言うのか野上には分からないがとにかく上が──上から何か落ちて来たかの様に、潰れている車が何台か在る。
「どうなってんだ? こりゃ」
「何か──落ちて来たんですかね」
真島が首を傾げ、いや、と否定した。
「それらしいモンが落ちてねぇ」
そう言われて、野上も気付く。アスファルトの上にはガラスの破片や誰かが落としたであろう、ちょっとした荷物は落ちているものの──車をへこませる程の破壊力を持っていそうな物は落ちていない。
──じゃあ、一体……
「ねえ! 誰か──居る!」
道路を調べていた真島と野上が、声のした方を見る。
女性が、横転した大型のトラックの方を指差す。つられて男二人もそちらを見る。
トラックの荷台の陰から、のそり、と人影の様なものが出てきている。
「本当だ……! おぉい、アンタ──」
真島がその人影に向かって呼び掛けるのを、野上が遮った。
「な、なんだよ野上サン。どう」
「真島さん! ちょっと待って。どうも──様子が変だ」
真島は一瞬眉間に皺を寄せたが、もう一度人影の方を見た。
のそり、と人影が動く。人影はトラックの荷台を回り込む様にして、こちら側に歩いてくる。
のそり、のそり。
漸く人影は、日光に照らされ、その全身を露にした。
「な──なんだ、アレは……!」
「おいおいおい、マジかよ」
「何よアレ……」
三人はほぼ同時に、近くの車の後ろに身を屈めて隠れた──
お付き合い頂き、ありがとうございます。
以降、順次投稿致しますので、宜しければまた是非。