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真理の穴  作者: kisk
3/4

三人目の男

 男は穴を掘っていた。

 彼は稀代の聡明であり、その掘り捌きは非凡に尽きるものである。起床から就寝に至るまで、彼は〈真の底〉を望み、片時も他を志向することせず、熟練の手付きで土を掻き分けている。

 いつしか穴は深く穿たれ、綱を垂らしてさえ、昇降は酷い労苦を課した。

 しかし、彼は聡明。試行錯誤で、穴を素早く昇降する術を得、掘削は勢いを取り戻す。

 穴を掘り下げる度、底の様態は変遷した。ある層では赤土が堆積し、ある層では大粒の水晶が敷かれていた。またガラスの層が出土することも有った。しかし、彼は何の躊躇(ためら)いもなく掘り下げた。――掘り下げる余地があったのだ、それは決して〈真の底〉ではない。

 穴はいっそう深くなった。再び、その深度は彼に昇降の労苦を課した。そして、彼は、新たなアイディアでその窮地を脱す。

 このような事が繰り返された。掘っては苦しみ、苦しんでは解決し、解決しては掘る。その円環的な行為は、彼に更なる深堀の恩恵を与えた。――並々では無い、恩恵だった。

 もはや底に光は届かず、ランプ片手に狭い視野を掘り起こす必要に迫られた。しかし、男は喜ぶ。こうして土の掘り難くあることが、着々と〈真の底〉へ近づいている証拠だと捉えたのだ。地底だから横たえる土はとても固かったが、彼の精悍な手捌きは、決して衰える事が無かった。

 時は流れた。

 穴は以前より何倍も深くなっていた。

 しかし、まだ男は〈真の底〉に到達していなかった。

 底が深くなればなるほど昇降は過酷なものになり、その度に彼は解決策を投じてきたが、最早万策尽きつつあった。

 『果たして〈真の底〉は本当にあるのか?』と、疑問が脳裏を(よぎ)ったが、これまでの労苦が否定されるのを恐れ、男はその考えを捨てた。

 あるに違いない。あるに違いないのだが――。

 〈真の底〉は、人間の技術では届かない遥か地底に横たわっているようである。

 もしかしたら〈真の底〉は、自分が生涯、()り抜く穴の何十倍もの深さにあるのかもしれない。

 もうだいぶ年老いてしまった彼は、ある朝地上から見下ろした穴――果てしない空洞を(ひら)ける、底の真暗(まっくら)な穴を前にして、咽び泣いた。

 『何だったのだ、私の人生は』

 余命いくばくもない老躯の男は、最後に穴へ痰を吐き捨てたきり、決して地の底へ降りる事はしなかった。

 毎日を地上の家で暮らし、澄み切った空気を呼吸した。

 昼の太陽は温かかった。

(*´_`)。o (読んでいただき、ありがとうございます。次話に続きます)

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