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伝令を送った後すぐに敵は渡河を開始した。それがほぼ全周囲から開始されたのだ。無数の数の船、それを迎え撃とうと大砲をどんどん撃ちはなったが、それでもその数は圧倒的で、幾つかの船を沈める事は出来たが、ごく一部に過ぎず、その殆どがこちら側に無事に渡る事を許してしまった。そして、川を渡り切った敵軍は直ぐにこちらに押し寄せてくる。大量の攻城櫓と、梯子を持った兵達を前に押し寄せる。掛けられた梯子を蹴り落とし、攻城櫓は大砲で破壊する。しかし、それでもその数は圧倒的で、いくら潰してもすぐに後ろから湧いてくる。
「これじゃキリがないな……」
周囲を完全に包囲され、全方位から敵が押し寄せる。どう見ても絶望的な状況だ。これでは逃げる事も出来ない。何か手を考えないと全滅は時間の問題だろう。それでも何とかこの場を凌がなければならない。俺は大声で命令する。
「ありったけの火炎瓶を投げ付けろ! 出し惜しみするな、ここで退けなければ俺達に次は無いぞ!」
その言葉の後城壁からは一斉に火炎瓶が投げつけられる。そして、砦の周りは火の海になり、敵の勢いは削がれ、少し後退する。辺りは火の海になっており、暫くは近づく事も出来ないだろう。そこに目がけて一斉に矢と大砲を放つ。これで、敵はこちらの射程外まで更に戦線を引かせるしかない。
「これで少しは時間が稼げるか……」
しかし、この状態も長くは続かないだろう。火の勢いが収まったらすぐにでもまた押寄せて来るだろう。向こうは数に物を言わせ、こちらが休む暇もなく波状攻撃をかけて来ればそれだけで俺達はもう持たなくなる。実際、それが敵には可能なほど敵の数は多い。
そして、火の勢いが弱まってきた所を見計らってまた敵軍が攻め上がってくる。それを迎え撃つ。その一回一回の攻撃が紅の翼の団員たちを削り取って行く。何とか押し返しはしているが、そろそろ限界が見え始めて来た。
今日何度目かの敵の攻撃を退けた。もうこちらの兵は半分は動けなくなってきている。これが紅の翼じゃなければ、もう全滅していてもおかしくないだろう。それ程の歴戦の俺達でさえももう半数は戦列を離れるほどの激戦だった。
「まずいな……もうそろそろ限界だ……カイン、武器弾薬はどれくらい残ってる?」
「もうそれ程は……恐らく明日一日は持ち応えれるほどは無いでしょう」
「そうか……」
辺りは暗くなってきた。だからと言って敵の攻撃は弱まる事は無い。敵は休息を終えた常に元気な兵が前線に出張ってきている。それを紅の翼は少ない人数で何とかしのいでいる。
それでも、後一日、明日になれば味方の増援が駆けつけてくる。それまで何とか持たせればいいのだ。
しかし、その希望は脆くも崩れ去った。伝令に送った物が戻ってくいたのだ。身体に何本かの矢が刺さり、息も絶え絶えに伝令は伝える。
「友軍は壊滅状態! とてもこちらまではこれそうに有りません!」
その報告を聞いた俺とザイーツは内心かなり青ざめていただろう。しかし、兵達にそれを見せる訳にはいかない。気丈に振る舞っていたが、実際問題これ以上の交戦は難しい。かといって敵にもかなりの被害を出していしまっている。傭兵の俺達は降伏しても捕虜として扱われるかは微妙な所だろう。
「さて……ザイーツ、どうする?」
顎に手をやり考えるザイーツ。
「降伏でもして見るか?」
俺の言葉にチラリと笑顔を見せるザイーツ。
「いや、降伏は性に合わん、逃げるとしよう」
「しかし、どうやって逃げる?」
俺の言葉にザイーツは答える。
「次の攻勢が始まる時がチャンスだろう。敵は幾つかの部隊に分けて波状攻撃をかけている。今前線にいる兵を休ませるために変わりの兵が前線に出てくる。その時は敵の攻勢も一瞬だが収まり若干の混乱が見られる。そのタイミングを見計らって敵の陣の一番薄い所を付いて一気に騎馬にて戦場を駆け抜ける」
確かにそれなら敵が混乱している間に抜け出せるかもしれない。しかしこちらに被害もそれなりに出るだろう。だが、ここでじっとして、来る事も無い援軍を待って全滅するよりも、全戦力を投入しての一点集中突破の方がまだ助かる可能性が高いだろう。
「そうだな、しかしその前に一斉砲撃で少しでも敵を混乱させてからの方が更に助かる確率が上がるかもしれんな」
俺の言葉にザイーツも頷き、早速準備にかかる。しかし、その間も敵の攻勢は緩むはずもなく、負傷者はどんどんと増えていく。
そしてようやく敵の前線が引き下がる。
「ザイーツ、先陣を任せても良いか?」
「解った。しかし俺が先陣と言う事はブルースお前は……」
「殿を務めよう」
「そうか……死ぬなよ?」
「ああ」