7話
昨夜の攻撃で敵にかなりの損害を与えたようだ。予想通り、敵の攻撃は散発的な物で、本格的に攻撃を繰り出してくる様子はなかった。
「こうなると敵将を撃ち漏らしたのはもったいなかったかな……」
俺はカインにそう呟く。
「そうですね。でも、これ以上望むと女神の祝福を得られないですよ」
「そうだな、よしとしておいた方が謙虚で良いな」
俺は砦の上から敵兵の様子を見ている。それでもまだ敵と自軍の戦力比はかなり物のだ。まだ敵は五千はいるだろう。こちらはそれ程の被害は出てはいないが、それでも、戦うたびに死者や負傷者は出ている。全体の一割位は戦闘に耐えれないだろう。不安要素も有るにはあるが、まあそれでも後一日凌げば何とかなる。それを考えれば気は楽だった。
しかし、予想もしないことが昼を過ぎた頃に起こった。突然カインが俺の幕舎に飛び込んでくる。
「ブルース様!」
あまりの慌てように俺は驚いた。普段は冷静なカインがこれほど慌てさせる事とはどんな事なのか?
「どうしたカイン。何かあったのか?」
「とにかく、こちらにお越し下さい!」
俺はカインに連れ出され、砦の見張り台に向かう。そこで見た光景に俺はやはり驚いた。そこから見えた景色に俺は思わず声を漏らしてしまう。
「なんだあれは……」
今までいた敵軍の後ろに、今まで見た事が無いほどの大群が押し寄せて来たのだ。敵兵の数は優に三万は超えているだろう。こんな大軍相手に戦う事は出来ない。すぐにでも逃げ出した方がいいだろう。
「とにかく、ザイーツを呼んでくれ!」
直ぐにカインにザイーツを呼びに行かせる。
「まあ、もう話すまでもなく撤退しかないだろうが……」
カインは直ぐにザイーツを連れてくる。ザイーツもカインの慌てように少し驚いた様子で見張り台に来た。そして、そこからの景色を見てさすがのザイーツも驚く。
「まさかここにこれほどの軍勢が押し寄せるとはな……」
「ザイーツ、とにかく直ぐに撤退の準備をさせよう。それと、伝令の兵を出して本体に知らせよう。それでいいな?」
顎に手をやり、少し考えるザイーツ。
「いや、ちょっと待て。伝令は直ぐに走らせよう。しかし、撤退はもう少し待ってからの方がいいだろう」
俺はザイーツの言葉に驚いた。
「なんだって? いくらなんでもあの数に押寄せられたら、こんな砦くらいじゃ、いくらも持ち堪えれないぞ?」
「解ってる。しかし、このまま直ぐに引いてしまってはイーリスの傭兵団の名を地に落としてしまうかもしれんぞ。それでもいいのか?」
その言葉に少し詰まってしまう。しかし、兵達の命を無駄に散らしてしまう訳にはいかない。それくらいの不名誉は甘んじて受けた方がいいだろう。
「それはそうかもしれん。しかし、兵達を無駄に散らす訳にはいかん。とにかく直ぐに撤退の準備に取り掛かる。いいな?」
「お前の団だ、好きなようにすればいい。しかし、もう手遅れかもしれんぞ……」
ザイーツの言葉に俺は敵陣の方を改めて見る。すると、先ほどま見えていた敵兵の数がさらに増し、そしてこの砦を囲むように兵を展開している。そして、その包囲網は川を隔ててほぼ完成しつつあった。敵兵の数はざっと八万、こちらの四〇倍はいるだろう。普通に戦って勝てる相手ではない。しかし、今となってはもう逃げる事も困難……
「伝令は出せたか?」
俺の言葉に見張りの兵は答える。
「はい、何とか包囲される前に出せました」
後は伝令が無事に到着してくれればいいが……しかし、援軍が到着するまで何とかこの砦で持たさなければならない。仮に援軍が到着しても、この大軍を相手にどこまでやれるのか……今からでも遅くは無いから撤退をした方がいいのではないか? 俺の思考は色々な事がぐるぐると回り続けている。
「とにかく、もうこうなっては防戦するしかない。幸い武器弾薬食料は十分に有る。動ける兵は全員配置につけ」
ザイーツの言葉で、にわかに活気付く。しかし、敵の大軍を眼にしてその士気は決して高くない。そう、俺達は今から絶望的な戦いをしなければならない。
それでも、明日になれば必ず援軍が到着する。それを支えに俺達は今からの戦いを生き抜かなければならなかった。