5話
「ざっと、六千か……攻城兵器も幾らか見えるな……」
見た所攻城櫓が幾つかと、攻城槌もあり本格的にこの砦を奪還しに来ているように見える。まあ、それでもこちらは後二日もすれば味方の援軍が有る。それを待てば挟撃して殲滅する事も可能だろう。勿論それまでに相手が逃げ出す事もあるだろう。そうなってくれればこちらとしても損害が少なくて済む。そうこうしているうちに、敵軍が川を渡ろうと小舟をだして来る。距離はまだあるが十分射程圏内に入っている。それを見たザイーツは砲撃命令を出す。
「砲撃開始!」
その命令を受けて大砲が一斉に火を噴き、敵軍のど真ん中に落ちる。落ちた砲弾は爆発して辺りの敵兵に被害を与えるが、それでも敵軍は進行を止めない。それに目がけてどんどんと砲弾は撃ち込まれるが、怯む事無く攻め寄せてくる。敵軍の先頭が川を渡り切り、砦の周りに押し寄せてくる。引き続き大砲を打ち込み続けるが、それでも押寄せる敵軍に対しても弓を射かける。一斉に放たれた矢にまた何人かの兵が倒れるが、それでも砦目がけて攻め上がる。
「さすがに数が多いな……」
ザイーツがぼやく様に言うが、まだ焦りの色はその言葉には表れていない。そして、いよいよ砦の壁に敵軍の兵が取りつく。次々に掛けられる長梯子、それを上から蹴り落とす。砦に取りついた敵軍の兵士たちは弓を砦の中に目がけて射かけ、その弓による味方の負傷者も幾らかで出してきた。
「火炎瓶を投げろ!」
その合図共に陶器の壺に油を入れた物に火を点けた物が敵軍の中に次々と投げ込まれる。一瞬にして辺りは火の海になり、油を浴びて火だるまになった兵は暴れまわり、更にその火を周りにまき散らしだした。火炎瓶の攻撃で混乱した敵軍は壊乱し、下級指揮官の命令も聞かず後退する。
「しばらくは睨み合いが続きそうだな」
俺がそう言うと、ザイーツも黙って頷く。この時間を利用して兵士を休ませることにする。
「今のうちに兵を休ませよう。隊を二分して一時間ずつ交代で休憩させろ。まだ長丁場になる、今のうちに飯も食っておけよ」
俺は兵にそう言い、また敵軍の方に視線を向ける。敵軍は体制を立て直し、再編を行っている最中だ。すぐには攻勢に出る事は無理だろう。
「次はどう出てくると思う?」
俺の言葉にザイーツは少し考え込む。
「そうだな……正面からでは落とせないとわかれば、次は少人数で内部から崩すか、夜襲をかけて来るか……そんな所か」
ザイーツの言葉に俺は頷く。恐らくそんな所だろう。ザイーツがやったように砦の中に侵入されてしまっては打つ手がない。警戒を厳重にさせよう。
日が落ちるまでに何度かの小競り合いは有ったが、大規模な攻城はなく、少しピリピリとした空気が砦内に流れていた。何回目かの小競り合いの後、敵軍は引き揚げていく。その頃にはもう辺りは暗闇が支配しようとしだしていた。暫く休んでいた俺は城壁に登り、敵軍の様子を見る。
「もう今日は攻めてこないんじゃないですかね?」
見張りに立っていた兵の一人が言うように、敵軍の陣地には夕食を作っているのだろう煙が幾つか立ち上っている。
「警戒は怠るなよ。今晩にでも攻めてくる可能性もあるからな」
「はい」
俺は兵にそう声を掛け、その後また砦の中を一通り様子を見て回り、また部屋に戻る。恐らく今晩夜襲をかけてくるだろう。警戒はこのままさせなければいけないだろが、もう少し兵を休ませることが必要かもしれない。
「カイン、ザイーツを呼んでくれないか?」
傍らに立つカインに俺は声を掛ける。
「はい」
カインは一言そう言うと俺の部屋を出てザイーツを呼びに行く。
「どうしたんだ?」
部屋に来るなり機嫌が悪そうに声を掛けるザイーツ。
「ザイーツの言う通り今晩夜襲が有るだろう、今のうちにもう少し兵を休ませた方が良くないか?」
「ああ、そうだな。だが、そんな事はそっちで勝手に決めてくれ。お前が紅の翼の指揮官なんだ」
ザイーツが俺にそう言う。
「いや、まあそれはいいんだ。それよりも夜襲に備えて何か手は打ってあるのか?」
「ああ、こっちで手を打ってあるよ。他に何か用か?」
ザイーツは明らかにめんどくさそうに話を切り上げる。まあ、いつもの通りと言えばいつもの通りなのだが……
「いや、思ったんだがな。逆にこっちから夜襲をかけてやったらどうだろう?」
俺の言葉に少し眼を細めてザイーツは反応する。
「ほう、なるほどね。確かに砦の優位性を放棄してまで、野戦に挑むとは敵も考えていないかもしれんな。ましてや夜襲だ、敵もかなり慌てるかもしれんな」
俺の案にザイーツは頷く。
「しかし、それ程大軍では動けんぞ? それこそせいぜい二百人位が良いとことだろう? そうでないと入り乱れて同士討ちの可能性も出てくる。それに、短時間で戻って来なければ、逆に敵に包囲されて殲滅されてしまう可能性もある……それに、誰がそれを指揮するんだ?」
ザイーツの言葉に俺は答える。
「それは俺がやろう。騎馬での攻撃で相手を攪乱、混乱して相手が同士討ちすれば尚いいだろう。まあ、駄目でもすぐに戻って来るさ」
俺の言葉にカインは驚く。
「ブルース様!? そんな危険な事はお辞め下さい! それにまだ手の傷も癒えておりません、どうかご自重下さい!」
カインの慌てる姿はそうそう見れる物ではないが、ザイーツに任せても良いが、やはりここは俺が行くべきだろう。
「大丈夫だカイン、右腕はちゃんと使える。それにこのままここで耐えていれば勝てるかもしれないが、こちらにも相応の被害が出るだろう。それよりも今ここで少しでも敵の数を減らしておいた方がこれからの戦いが有利になるだろう。それに戦場なんだからどこにいても安全な場所なんてないさ」
俺はそう言ってカインを説得するが、それでもカインはまだ何かを言おうとしたので俺は無理やりこの話を終わらせる。
「とにかく、そう言う事だ。わかったなカイン?」
「解りました……」
カインは納得いかないながらも俺の言葉に従う。
「では準備が整い次第いく事にする」