保育園編その1
いよいよやって来た月曜日。
これが歳と共にどんどん憂鬱になるのだろうな、なんて思わず考えてしまい慌てて頭を振る。
今はまだ友達と会えると嬉しく思える筈なのに、落ち込む必要なんてないもんね。
と、まるっと1週間休んだ事によりだいぶ保育士さん達に心配されてしまう。
うん? まだ保母さんとかだったっけ? まぁ細かい事はいいや。
とにかく元気になった事をアピールし、お母さんと保育士さんの笑みを引き出す事に成功する僕。
さて、これでこっちは大丈夫っと。
同じさくら組の皆に挨拶をしつつ、目当ての人物を探す。
と、ほどなく見つければ彼……彼女? 女の子の制服着てるなー。
まぁ、視線が合わさり意味深に微笑まれたので問いかける事にする。
「ねぇ! 聞きたい事があるんだけど」
そう声に出せば、すっと大人達がどこにいるか確認した後僕の手を引いてくる。
「付いて来て」
「ちょっ、せめて名前教えてよ」
問答無用の様子に、慌ててそう口にすれば、結局引かれて連れて行かれてしまうものの、こっちににこやかに笑みを浮かべて口を開く。
「私は桐生 薫よ。
まー坊は……今の名前何かしら?」
ああ、やっぱりと思うと同時にあっと声を上げてしまう。
そんな僕にキョトンとした後、盛大に後頭部を壁の出っ張りにぶつける桐生君……ちゃん? ああ、紛らわしい。
「いったーい。
もう、何で教えてくれなかったの?」
涙目で僕を睨みつける桐生君ちゃん。
って、危ないから声出したのに酷いなぁ。
「むー、危ないよって言おうとしたんだけど間に合わなかったんだよ。
ってか、危なくないように丸くなっているんだし、そんなに痛くなかったでしょ?」
その1事に盛大にムッとした表情に変わる桐生君ちゃん。ああ、めんどくさいな君ちゃんとか付けるの。
桐生ちゃん君の方がまし……いや、全く変わんないなー。
そんな事を考えている僕にきつめに声を出してくる。
「痛いわよ! こちらとられっきとした幼児なんだし。
まさか今世ではまー坊と同級生だなんて、てっきり私が年上だって思ってたのに」
その言葉に確信を持って今度は僕が言葉を紡ぐ。
「じゃぁ、やっぱりタカ兄なんだ。
で、まさか女になったの?」
問いかけに対しては首を横に振り、だけど、鼻の穴を膨らませて得意そうな表情を浮かべるタカ兄。
「ふふーん、ちゃーんと男よ。
下には可愛らしい息子が付いてるんだから」
「うぅーわぁー。相変わらずそう言う部分は変わらないんだね」
懐かしく思いつつ口からこぼせば、今度は少しだけ不機嫌そうになるタカ兄。
「何よー、体に引っ張られまくっているって言ってもいい歳ぶっこいたおっさんだったのよー。
そりゃぁ変われるわけないじゃない。
それよりも、見てよこの容姿! 前世じゃただのゴリラみたいだったけど、まるでお姫様みたいでしょ?
いやー、本当に女装のやりがいがあるわぁ」
「うん、どこから何を突っ込めば良いのか全然分かんないよ」
思わずこちらが呆れてしまっていると言うのに、嬉しそうに体をくねらせているタカ兄。
容姿のおかげで前世ほど見苦しくないけど、気持ち悪い。
って、そっか。やっぱり生まれ変わったんだなー。
いやいや、全然何にも聞けてないじゃない。
自分で自分にツッコミを入れつつ、クネクネしてるタカ兄の両肩を持ってその動きを止める。
「もー、何よー、折角人が気分よくなってたのにー」
「じゃなくてー。
ちゃんと説明してよ。後、タカ兄の事なんて呼べば良いの?
桐生 薫なのにタカ兄なんて言ってたらおかしいでしょ?」
言われて何故かハッとするタカ兄。
ってか、本当に守りたくなるような美少女な見た目だなぁ。
完全にただの詐欺じゃないか。
「えっと、それに関しては別に私も貴方の事まー坊って言い続けるだろうし、なんか雰囲気でって理由でタカ兄って言ってるって事にしなさいな。
でね、今物凄い重大な事に気付いたのだけど……今私達3歳な訳じゃない?」
当たり前の事を言われて縦に頷く。
むー、それにしても本気で詐欺だなー。
これ将来男泣かせになるのではないのかな? ……なんか、女の子達も油断させてってパターンも想定できるし、僕がしっかりしなきゃね。
「ほら、今まー坊話に集中出来てくない?」
色々考えていたらそう指摘され……改めて気があっちこっちに移ろってしまっている事を自覚する。
何だこれ? 流石にこれだけ1つの事に集中できないとか――ああ、そう言う事か。
「気付いたみたいね。
私達、どうやら完っ璧に3歳児になっちゃってるみたいよ。
くそあのボケめ、転生させますって記憶と心そのままなのにどんな手品使いやがったんだか。
腐っても神か」
悪態を付くタカ兄。
だけど、不思議な単語が色々出てきて首を傾げてしまう。
「えっと……神とかなんとか、一体どうしたの?」
と、マズイと言ったように表情を変えるタカ兄。
すっと手のひらを僕の方へと差し出してきて――。
ふわっと視界が暗転して、直後頭痛を感じる。
あれ? そう言えば今タカ兄に何か聞こうとしてたけど……なんだっけ?
そう思って見ればタカ兄も頭を押さえて唸っていて……変な事もあるもんだなー。
「あら、貴方達頭を抱えて大丈夫なの?」
と、保育士さんに抱きかかえられてしまう。
ああん、もっと色々話しておきたかったのに。
「ちょっと頭痛いのー」
でも、心当たりのない痛みはある訳で、素直にそれを口にする。
我慢しても良い事じゃないのだしね。
ふとタカ兄の方へ視線を向ければ、別の保育士さんに抱きかかえられつつも、何か言いたそうに僕の方をずっと見つめていた。
何だろう? まさか心まで女になっちゃったとか? 女装が一番の趣味とかの時点で結構その気があると言えそうだし……あわわわ、流石にそれは嫌だな。
そう思って、とりあえず視線を逸らしておいた。
うん、距離感ちゃんと考えないと。
僅かな痛みが走る頭でそんな事を考えつつも、お昼寝の時に使う布団を準備してくれて、その上に寝る僕とタカ兄。
タカ兄が何か喋りたそうにしてたけど……、なんか物凄い眠かったから、そのまま眠るのを優先してしまう。
ごめんね、でも、これから毎日会えるのだし、少しずつ話聞けば良いかなって思うんだ。
そのまま夢の中へと落ちていったみたいで。
なんか、パーティーで迷子になっていたとっても綺麗で、しかも笑うととんでもなく愛らしい女の子と一緒に遊んでいた夢から覚めて、いつの間にか自分のベッドで寝ていたらしくて目をパチクリさせてしまう。
とりあえず体を起こしてっと。
ああ、そうか、休み明けでいきなり頭痛いなんて言って寝てたらそりゃぁ親に連絡行くよね。
いや、そんな事はどうでもいい。
折角凄く楽しい夢だったのに……あれ? 待てよ。
もしかして、明らかにあの子の方が年上っぽかったけど、僕ロリコンじゃなかったよね?
あれれ、あの子の事考えると、ドキドキして……あ、今違う意味でもドキドキしてる。
不安に襲われている僕だったけど、ふと抱きしめられて吃驚して視線を向ければお母さんと目が合う。
「もう頭痛いのは大丈夫?」
言われて、すっかり良くなっている事に気付いて、満面の笑みを浮かべて頷く。
それを見て少し心配そうだったお母さんも、優しく微笑んでくれる。
「もう大丈夫だよ!」
「あらあら、元気になったみたいね。
でも、ちょっとまだ安静にしておきましょうね。
夕御飯はご馳走作ってあげますからね」
「ご馳走! やったぁー!」
お母さんの言葉に素直に全身で喜んでしまう僕。
記憶が戻ってすぐこそだいぶ達観していたのだけど、こうやって子供扱いしてもらえると尚更体に引っ張られて年相応の行動が出来ているみたい。
逆に、お父さんはここまで子供扱いしないから、ませた行動をしちゃうんだけどね。
ともあれ、少しは疑問が解けたし、これからゆっくり他は聞けばいいもんね。
念の為に寝とこうねって言うお母さんの言葉にそのまま従い、ご馳走を楽しみにしながら再び体を倒すのだった。