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百花茶坊で休息を 〜聖華公主は死にました——ということにして後宮から辺境へ。茶坊営みます〜  作者: 水無月せん
第三章 過去と現在

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第6話 新たな誓い

 嫌などと拒否できる立場ではない。いろいろと良くしてもらっているから、何か役立つのなら従いたい。

 でも、仲直りして再び恋人と結ばれる瞬間を目にしたとき、どんな気持ちになるだろうか。祝福の言葉をかけるのは難しくはないけれど。

 複雑そうな顔をしていたのだろうか。駿は苦笑した。


「どこに行くかもわからないのに、行くとは言えないか。久しぶりに親友に会いに行くんだ」

「親友」


 元恋人が、今は親友ということなのだろうか。

 行くとも行かないとも答えられないまま、のどかな風景の中をしばらく進んだ。

 馬車は南陽の方向には曲がらず、北の方へ向かった。小高い丘があり木々に覆われている。真っ直ぐ進み森の中へと入っていく。

 親友は森の中に家を構えているのだろうか。

 住んでいても不思議ではないけれど、建物は全くない。森自体に人の手はあまり入っていないように見える。

 道を左に曲がった。木がまばらに生えている平地に出る。馬車が止まった。

 石がいくつも並んで立っていた。

 墓地だ。

 その向こうは開けていて、丘の下に広がる黄金色の畑が見えた。

 駿は馬車を降りて木箱を手にした。酒瓶も積んでいたようで、両手に持って歩いて行く。その後ろを私も進む。

 ひとつの墓石の前で駿は跪き、木箱を供えた。懐に入れていた小さな盃に酒を注いでから置く。私は駿の斜め後ろで膝を付いた。

 駿は手をついて深く頭を下げてから、顔を上げて墓石に語りかける。


錦明きんめい、久しぶり。伯父さんの茶坊に新たな人が来て、美味しい茶と点心が評判なんだ。こういうの好きだっただろう。酒飲むたびに甘い物が欲しいと言ってた」


 木箱の蓋を開けた。


「俺のことなら心配いらない。なんとかやっていくよ。客桟は忙しいし、茶坊が良い感じに変わっていくのを見てると元気をもらえる」


 駿は振り向いた。


「戦友で幼なじみなんだ。北の戦闘で命を落とした」


 私は墓石の方へと視線を移し、手をついて深く頭を下げた。

 知らないところで多くの人が命を落とした。私はそれを実感できないまま、後宮で守られていた。亡くなった人はもちろん、その家族も友人も深く傷ついた。そのうえで、今の平穏は成り立っている。


「顔を上げてくれないか。甘党だった男に点心を見せたかったし、点心を作った人にも会わせたら、もっと喜ぶかなと思ったんだ」


 私は顔を上げた。


「喜んでいただけてるでしょうか」

「もちろん。絶対、全部俺が食べるって言ってる」


 駿は笑ってから、少し遠い目をした。


「前線で予想外の敵襲を受けて、俺の隊が残り、錦明の隊が後方の本隊にしらせに走った。最初は錦明が残ると言ってたんだ。でも残る方が危険で、後方に行く方が生きる可能性がある。錦明は新婚で夫人は身籠っていた。だから錦明の方が生きるべきだろうと思い、俺が残ると言った。結果は、俺は持ち堪えて敵を撃退させ、知らせに走った隊は待ち伏せしていた敵の奇襲を受けて命を落とした」


 駿は大きな功績を残し、後方に行くことを譲った親友は亡くなった。

 その心境を私が押し測ることなどできない。だけどきっと、駿が軍を去ったのはそれが理由なのだろうと思う。


「人の心は案外頑丈にできてる。生きるのを止めるほどではない。何より、俺が死ぬのは錦明が許さないだろう。ただ、結婚を急ぐ婚約者の希望には応えられなかった。情けないことに」


 新婚の妻と子を残して親友は亡くなった。すぐ自分が幸せになることは、どうしてもできなかったのだろう。彼女は待てなかったのだ。


「情けなくなんかありません」


 なぜか涙が溢れ、頬を伝った。

 振り向いた駿は私の顔を見て目を見開く。


「なんで泣いてるんだ」

「わかりません」


 ほんの少し前までは感情を表に出すことはなく、氷公主と揶揄された。なのに、自分のことでもないのに涙が出る。

 後宮を出て茶坊で働き、私は本来の自分を取り戻したのかもしれない。悲しいときは泣き、楽しいときは笑う、そんな当たり前のことをやっと出来るようになったのだ。

 心の中にある母の存在と、助けてくれる人たちと、今、目の前にいる駿のおかげで。

 駿は少し困ったような顔をしていた。

 私は笑みを浮かべる。


「大丈夫です。先日も駿のおかげで、瑛児と再会できて涙が出ました。泣くことができるんだって、自分で自分に驚いてます」

「会えたなら良かった」

「駿には助けてもらってばかりです。本当にありがとうございます」

「助けてもらってばかりではない。俺も雪羅に力をもらっている。何もないところから茶坊を作り上げていく姿を見ていると、俺も前を向いて生きていかなければという気持ちになる。だから今日はここに来てくれて、錦明も安心したんじゃないかな」

「私が来たことで安心、ですか?」

「当てもなく後宮を飛び出したのに、茶坊を立派に営んでいて、周囲は雪羅を助けたくなる。俺もその一人だ。誰かに何かをしたいと思っていれば、絶望なんてしていられない。だから錦明は、俺が雪羅に会えて良かったと思ってるだろう」

「では、ずっと私のそばにいて助けてください」


 駿が目を見開く。


 ――誤解招くようなこと言ってしまった?


 慌てて手のひらを前に出し、否定するように振る。


「いえ、つまり、それで絶望していられなくなら、今後もお力を借りるのが良いのかなと。一人でなんでもやっていけるのが理想ですけど、私も誰かの手助けをしたいですし」


 ちゃんと言い訳になっているだろうか。

 駿は吹き出してから、声をあげて笑った。

 笑い声に鳥のさえずりが重なる。


「そうだな。俺にとっても大事な場所だし、できる限りのことは今後も続けていくよ。迷惑じゃなければ」

「迷惑なわけないです」

「姉のことではこっちも世話になったし」

「お姉さんや歳が離れた妹ができたみたいでうれしいです」

「じゃあ、今後もよろしく」

「はい」


 満面の笑みで答える。

 平穏な日常を送り不安そうな顔は見せなくても、心に痛みを抱えている人はいる。後宮にいるときは自分だけがつらいように思えていたが、そんなことはない。広い世界に飛び出して、いろいろな人と出会い、わかってきた。


 心が疲れている人も、楽しく時を過ごしたい人も、誰もが心地よい茶坊になるように、頑張っていこう。

 一人ではない。

 たくさんの人に支えられながら。


「そろそろ行こうか。さっさと行けと錦明もたぶん言ってる」


 木箱と酒瓶を持って駿が立ち上がった。私も立ち上がる。


「どこに行くのですか」

「決めてない。どこに行こうか。早く帰ったら英が店番した甲斐ないって怒るだろう。買い物でもいいけれど、当てもなくただ馬車を走らせるだけでもいい」


 遥か向こうには黄金色の畑が広がっていた。空は青く、風は心地よい。鳥たちのさえずりも止まない。

 美しい景色を眺めながら、風に吹かれ馬車に揺られるのは心地よく、贅沢な時間だ。


「当てもなく行きましょう」


 微笑みながら駿を見る。駿も笑みを返す。


「じゃあ、当てもなく、で」

「はい」


 世界にはまだ私が知らない景色がたくさんある。

 知ることで成長して、自分も誰かを助けられるようになる。

 焦ることはない。

 少しずつ、少しずつ。

 いろいろな人の、今、隣にいる人の力を借りながら。

 これからも前へ進んでいく。




 

 


この物語はひとまず完結となります。

現在は他作品を執筆中ですので、この物語に向かえるときが再び来ましたら続きを書いていきます。いつになるかわかりませんが、そのときまたお会いできますように。

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