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百花茶坊で休息を 〜聖華公主は死にました——ということにして後宮から辺境へ。茶坊営みます〜  作者: 水無月せん
第三章 過去と現在

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第1話 再会

 朱将軍は背後にいた従者に、外で待機するよう伝えた。従者は礼をして店舗から出た。


「国境付近の知人に会いに行くため移動していたところで、休憩のためにここに立ち寄った。雪羅がいるなんて、もちろん思いもしなかった。柳駿、楽にすると良い」


 駿は立ち上がった。

 私は調理場を出て長机の前へと回る。駿の隣に立ち、膝をついて頭を深く下げた。


「朱将軍、どうか見逃してください。私はここで生きていきたいのです。後宮には戻りません」

「攫われたわけでもなく、一人でここまで来たのか。どうやって……いや、まず顔を上げてほしい。責めたいのではないんだ。むしろ……」


 朱将軍は屈んで、私の肩に手を添えて立ち上がらせた。


「貴女が生きていて良かった。本当は何よりそれを喜びたいのだ。もうこの世にはいないのだと、あんな亡くなり方をさせて、私に何かできなかったのかと問い続けてきた」


 間近で見ると、顔が少しやつれているのがわかった。

 私は後宮で孤立していた。そう考えていた。だけどすべての人が敵というわけではなかった。朱将軍も幼いころから優しく話しかけてくれた。皇后のとりまきたちに私と関わらないよう忠言されていただろうに、態度を変えることはなかった。将軍として北の最前線に向かったため、ここ数年は会う機会が滅多になかったけれど。

 ここまで悲しみ、苦しめさせるとは、私には想像できなかった。

 優しくしてくれた人、親身になってくれた人に、私は恩を返せているだろうか。何ができるのだろう。


「……申し訳ありません。私のことでそこまで悩ませるとは思い至らず」

「皇后たちが雪羅を苦しめていたのだろう。嫌がらせに耐えられなくなったのなら、逃げたくなるのも理解できる。ただ、もう少し待ってもらえていたらと悔やまれる。責めているのではなく、私がもう少し早く行動を起こせば、という意味だ。雪羅が詫びる必要はない。貴女に求婚するつもりでいたんだ。そうすれば後宮を出られただろう」


 近々、朱将軍が都に戻ってくると噂になっていた。

 それが、きっかけだった。

 朱将軍は聖華公主に求婚するらしい、という情報は確かだったのだと、今わかった。北の戦闘で名を上げた麗しい将軍を、妹は慕っていた。


「……もう時間は戻せません。聖華公主は死んだのです」

「私がどうにかしよう。たとえば誰かの策略で亡くなったよう偽装され、攫われていたのを私が救出したという筋書きとか」

「誰の策略か追求されるでしょう。私を逃してくれた人に迷惑はかけられません。偽の犯人を仕立て上げて命を奪うわけにもいきません」

「では、公主としてではなく、別人として妻に迎えよう」

「朱将軍は皇室の血を引く将軍です。妻の顔を見せないというわけにはいきません」


 親族に顔を見せれば誰でもすぐにわかる。

 もっと皇室から遠い立場の男性なら、宮廷にいる人々に妻の姿を見せないようにするのも可能だったのかもしれないけれど。

 朱将軍は私の手首を掴んだ。

 射抜くような真っ直ぐな目で。


「それくらいどうにかする、と言ったら。妻は病弱だから表に出られないとか、理由はいくらでも考える。誰にも邪魔はさせない」

「そうして、私は貴方の屋敷に一生篭って生きていくのでしょうか」


 後宮のように。


 朱将軍は目を見開き、息を呑んだ。掴んでいた手が緩む。私はその手を優しく握り、放した。


「お気持ちはうれしいです。私のためにそこまで考えてくださって、ありがとうございます。でも、私は皇后と妹たちから逃れたかっただけではないのです。流されて受け入れて生きることに意味を見出せなかった。自分の意志で生きたい。今は、この茶坊を存続させることが私の夢なんです」

「茶坊を? ここは貴女とは何も関わりがない店だろう。匿ってくれた恩返しのために?」

 ずっと後宮にいた皇女が、なぜ茶坊にこだわるのか。誰もが羨むであろう将軍からの求婚を断ってでも。

 話さなければいけない。

 私を救おうとしてくれている朱将軍に、なぜ茶坊を選ぶのか納得していただけるよう説明するのが、私が精一杯返せる誠意だ。


 ずっと黙って聞いていた駿が口を開いた。


「立ち話ではなく座っては。雪羅が淹れる花茶は心が安らぐと評判です。点心と共に味わいながら、話を聞いてはいかがですか」


 朱将軍は小さなため息をついてから頷いた。長机の奥の席に座る。真ん中の席を空けて、もう一方の端に駿が座った。


「では、お茶をお淹れします」


 私は礼をしてから調理場の方へ回った。蓋碗を用意し、茶葉の壺を下ろす。

 その動作を朱将軍はずっと見つめていた。

 駿がいて良かった。

 二人きりだと、申し訳なさと緊張で、茶と菓子でもてなすどころではなかっただろう。

 駿と朱将軍は互いを知っていた。

 部下だったのかもしれない。末端の兵士なら顔や名前など覚えられない。武官だったのか、戦場で目覚ましい働きをしたのか。

 朱将軍が駿の方を見た。


「柳駿はここの客なのか」

「伯父がこの茶坊の持ち主なのです。かつては宮廷で庭師をしておりました。雪羅がここに来たのは本当に偶然です」

「そうか……身の危険がない場所にたどり着いて良かった。賢妃の加護があったのかもしれない」


 少し表情が緩んだ。

 運が悪ければ、誰かに騙されて売られていたかもしれない。茶坊で働く夢など思いつきもしなかっただろう。

 鉄瓶を持ち、沸いた湯を蓋碗に注いだ。


「柳駿も元気そうで何よりだ」

「温かいお言葉、痛み入ります」


 駿は胸の前で手を重ねて軽く頭を下げた。


「望むならいつでも戻ってくればいい。熟考して辞めたのだろうから難しいだろうが」

「ご期待に応えられず申し訳ありません」


 どんな事情があったのだろう。

 駿が私の事情を詮索しないように、私も詮索するつもりはない。様子を見る限りでは大きな怪我をして辞めざるを得なかったというわけではなさそうだ。朱将軍も駿を評価していて、再び部下になって欲しそうだし。

 ふと、気づいた。

 駿は氷公主という呼び名を知っていた。広く世間に伝わっていたわけではないので、後宮の事情を知る人々の噂でしか知る手段はないはず。聖華公主が亡くなったという話も、広まる前に知人から聞いていた。それなりの地位にいたのだろう。

 私は朱将軍の前に蓋碗を置いた。


「花茶です。庭で摘んだ花をお茶にしたもので、ぜひ香りと見た目も楽しんでいただければ」


 朱将軍は蓋碗の蓋を取った。


「これは……珍しいな。浮かんでいる花はただの飾りではなく花が茶の味や匂いになっているのか」

「はい」


 点心が入った木箱を差し出して、見せる。


「お好きな物をお選びください」

「……美しい。まさか、雪羅の手作り」

「はい。まだ始めたばかりで拙いですが」

「いや、華美すぎず雪羅らしい。では、この白い花で。茶に浮かんでいる花と揃いなところが風雅だ」


 私は白い花の点心を小皿に乗せ、差し出した。


「どうぞ」

「いただこう」


 花茶の香りを嗅いでから、蓋碗の蓋を閉じてわずかにずらし、腕に口をつけて飲む。

 竹へらで点心を切り、刺して口へと運ぶ。


「……うん、ちょうどいい甘味だ」


 目を閉じ、少し考えるように沈黙してから語った。


「なんだかこうしていると、状況を忘れてしまいそうになるな。聖華公主が亡くなったと聞いたときのことや、葬儀に参列したときのこと、今日、ここで突然再会して、わけがわからなくなったこと、全部夢みたいで、ずっと前からこの店の客だったような気分だ」

「茶坊とはそういう場所なんです。そういう店であればと思っています。ここにいるときは難しいことは考えず、ゆったりと過ごしてほしい」

「後宮で生まれ育って、茶坊の営み方など何も知らなかっただろう。なのに菓子を作って、入口の看板も雪羅が描いたのか」

「はい」

「あの看板を見て、一休みしようと思ったのだ。どんな店なのかわからなければ、入ろうとはしなかったかもしれない」


 朱将軍が茶坊の前の道を通ったのが昨日なら、再会することはなかった。

 私を見逃してくれるかはわからない。だけど私が生きていると知ったことで、朱将軍の苦しみが少しでもやわらいだのなら、きっとこの再会は必要だったのだ。


「すべてお話しします」


 私は後宮を出るに至るまでのことを、振り返りながら語ることにした。


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