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百花茶坊で休息を 〜聖華公主は死にました——ということにして後宮から辺境へ。茶坊営みます〜  作者: 水無月せん
第二章 変わっていく茶房と私

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第3話 真夜中の出来事

 茶坊を出てから、新たな茶葉と、色粉など菓子作りに必要な食材、大きな紙を購入した。量が多いので恵にも少し持ってもらう。二人で客桟まで戻ると、駿が馬車を建物の前まで回してくれた。荷台に荷物を置く。


「今日は本当にありがとう。楽しかった」

「私も姫遠亭様の話いっぱい聞いてもらえて楽しかった。また一緒に行こう」

「うん、またね」


 手を振って駿の隣に座ると、馬車はゆっくり動き出した。


「雪羅も姫遠亭様に夢中か」


 駿がからかうような口調で言う。


「私は恵ほどじゃないですよ。皆が夢中になるのはわかりましたけど。それより初めて見るものばかりで、新鮮でした」


 恵と茶坊で語り合えたのもうれしかった。店内にいる女性客と同じように。きっと多くの人には当たり前な、友達と過ごす時間を経験できた。


「恵さんと会わせてくれて、本当にありがとうございます。私は恵さんのたくさんいるお友達の一人に過ぎないかもしれませんが、私にとってはたった一人の大事な友達です」

「今は一人でも、この先増える可能性はある」

「……そうですね」


 駿の方を見て微笑む。

 私はもう後宮に閉じ込められてはいない。自由なのだから。



 馬車が茶坊に到着した。荷物を抱えて店舗に入ると、阿花が駆け寄ってきた。


「おかえりなさい!」

「ただいま」


 英は調理場に立ったまま「おかえり」と言った。


「英さん、今日は一日、ありがとうございました」


 荷物を抱えたまま頭を下げる。

 英さんは苦笑している。


「感謝されるほどのことはしてないよ。お客様は午前と午後に一組ずつ。私がここで働いて生計立てるのは無理だってわかったわ」


 駿は穀物が詰まった麻袋を棚に置いた。


「だから言っただろ。旦那のとこに帰る気ないなら、南陽で仕事探した方がいい。うちで雇えるかはわからないけど部屋はあるし」

「うーん……、帰りたくはないけど阿花もいるし、先のことは考えないとね」


 荷物を置いて、駿は馬車で南陽へと帰った。もう日も暮れかけていたので、茶坊は閉店した。市場で購入した物でいろいろ作りたかったが、初めての休暇で疲れ切っている。

 柳さんが畑から戻ってきたので、四人で夕食をとって就寝した。


 ※


 物音で目覚めた。

 扉が開く音だろうか。


 ――こんな時間に?


 店舗など外側の扉は鍵をかけているが、中庭に面した扉は鍵をかけていない。


 ――まさか、侵入者?


 屋根を越えて中庭に降りることは可能だろう。

 どうしよう。

 ここにいるのは女性と高齢者のみ。屈強な男に立ち向かえるとは思えない。それでも、なんとかしなければならない。自分は非力だが、阿花はもっと弱い。守らなければ。

 いざとなれば、自分が囮になってでも。

 寝台から下りる。

 室内に鈍器になるようなものはない。

 鍋なら、武器や防具として多少は使えるだろうか。無防備よりは良いだろう。

 物音をたてないよう静かに歩き出し、扉を開ける。中庭から見上げた夜空には星が瞬いている。穏やかな光景だ。

 だけど、何かがいる。

 盗賊ではなく、せめて動物であってほしい。動物だとしても猪や熊なら、盗賊以上に命に関わる危険性があるから油断はできない。危険な動物が近くで出ると聞いたことはないけれど。

 店舗の扉は完全には閉まっていない。


 ――ここに入った?


 手が微かに震える。わずかに開いていたおかげで、物音をたてずに、ゆっくり扉を開くことができた。室内は真っ暗で、中庭から差し込む月明かりがわずかに足元を照らす。

 室内で動き回る気配はなかった。


 ――と、言うことは盗賊ではない?


 盗みを働くなら金目の物を探すだろう。

 だけど凶暴な動物が身体を休めている可能性はある。

 少しの間、動かずにいた。目が暗闇に慣れてきた。室内に入る。足元でギシッと音が鳴りかけて、慌てて止まった。

 そのまま室内を見回す。

 部屋の片隅、卓が三つ並んでいる端に、黒い塊が見えた。

 ひっ、と喉の奥で悲鳴を上げかけて、飲み込んだ。


 確実に、何かがいる。


 鼓動が早まる。

 とくとくという鼓動が室内に響いているような錯覚を起こす。呼吸も聞かれそうで、息が詰まる。

 黒い塊は動かない。

 だけど、わずかに音がする。

 何の音?

 鼻をすするような。


 もしかして――。


 足音をたてないよう、ゆっくりと近づいていく。黒い塊が動いた。

 私は、驚かさないように、小さな声で呼んだ。


「阿花?」


 至近距離まで近づいて、やっと顔が見えた。

 こちらに瞳を向ける。涙が頬を伝っていた。


「阿花、どうしたの? 怖い夢でも見た? それとも気分が悪い?」


 目の前で膝を付き、目線の高さを合わせる。

 阿花は首を横に振った。


「おうち帰りたい……」


 私は息を飲んだ。

 楽しそうに、不満も言わず過ごしていたけれど、急に環境が変わって平気なわけがない。阿花がどれくらい父親になついていて、どれくらい家が居心地良かったのかわからないけれど、生まれてからずっと過ごしていた場所だ。

 阿花の頭を優しく撫でる。


「母上には話したの?」


 阿花は首を横に振る。


「父上のことで、かわいそうだから」


 幼いながらに、母親が夫のことで苦しんでいるのを理解しているのだろう。自分のことで心配させないよう無邪気に振る舞っていた。


「……阿花は父上が好き? 会いたいの?」

「好きだけど、嫌い。母上が、怒ったり悲しそうな顔したりするの、父上のせいだから」


 好きだけど、ということは、阿花にとっては優しい父親なのだろう。

 私は阿花の隣に並んで座った。軽く肩に触れて私にもたれかからせる。


「じゃあ誰にも言えないことは、私に話して。なんでも聞くから。お姉さんと思って、って言うのはちょっと図々しいかな」


 姉妹と言うには歳が離れている。でもこれくらいの歳の差なら、珍しいというほどではないか。

 阿花は目を見開いて私の方を見た。


「……本当? 姉上になってくれるの?」

「うん。私で良ければ。ずっと妹が欲しかったんだ」


 私を慕ってくれる妹が。


「やった! じゃあ、今日から妹」

「妹は姉にいっぱい甘えていいんだよ」

「いっぱい甘える!」


 阿花が抱きついてきたので、抱き締め返す。

 家の事情に私が口を挟むことはできないけれど、寂しさを少しでも紛らわせられるなら、隣にいる意味はある。

 泣き疲れたのか、抱き締め合って体温が上がったからか、阿花は首を何度か上下に揺らし、寝息を立て始めた。

 入口付近でガタッと音がして、心臓が跳ね上がりそうになった。黒い人影がこちらをうかがっている。月光を背に受けた影の形で、誰なのかわかった。

 阿花を起こさないよう、小声で呼びかける。


「英さん」


 向こうも緊張していたようで、身体の力が抜けたのがわかった。こちらに近づいてくる。足元で床が軋んで音をたてた。

 英さんは目の前に立ち、阿花を見てから私の方へ視線を移した。


「すみません、阿花が迷惑をおかけして」


 私は首を横に振る。


「阿花は良い子です」


 何があったのか話すべきか、迷ったけれど、恐らく英さんは察しただろう。愛する娘のことだ。私のようななりたての姉妹とは違う、親子の深い繋がりがある。


「……母親失格かな。私は我慢できず家を出てきた。そのせいで阿花に我慢をさせてる」

「私は経験不足で正しい答えはわかりませんが、失格ということはないと思います。阿花は英さんのことが大好きです。それが一番大事な気がします」


 そして阿花は父親のことも好きだ。一番望むのは、二人と共に過ごすことだろう。


 私は父親のことをどう思っていただろう。正直よくわからなかった。初めて生まれた皇女だからと、大事にはされていた。

 私が父を無邪気に慕えなくなったのは、母が亡くなったのがきっかけだ。

 父が私を贔屓すれば、妹や皇后からの風当たりが強くなった。皇后は私を虐げていることは皇帝に気づかれないように振る舞っていただろう。それでも臣下から少しは噂を聞いていたはず。だけど私を助けようとはしなかった。

 それとも、贔屓することが助けることだと考えていたのだろうか。私はお前を大事にしているよ、と。それが孤立をさらに深めるとも知らず。

 後宮での女性たちの対立など、男性から見れば些細なことだ。実際、国政の大事さとは比較にならない。公主が亡くなっても、きっと何も困らない。

 こうして思い返すと、少し胸が痛むけれど、恨むような気持ちは全くなかった。今の生活が好きだから。あの陰鬱な日々から抜け出したから今がある。

 ひたすら我慢をして、流されるまま結婚して、その先に幸せはあっただろうか。

 もうあり得ない未来についても考えても、意味はない。



 英さんが膝をつき、阿花を抱え上げた。


「ありがとう。起こしてしまってごめんね」

「強盗じゃなくて安心しました」

「私も、阿花と雪羅が強盗にさらわれたのかと、鍋を武器にするしかないと思ってここに来たから」

「私も、鍋しかないなって」


 暗闇の中で視線を合わせて笑った。


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