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偽り咲く花神さまの後宮  作者: 淡雪みさ


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9/13

盗み見



 食事を終え、食器を片付けた後もしばらく、澄珠は花影と談笑していた。が、窓の外に夕日が見えたので、会話を終わらせることにした。

 澄珠は膝の上に手を置き、息を整えてから口を開く。


「今日はありがとうございました。そろそろ帰ります」


 その言葉に、向かいに座っていた花影が少し拗ねたように視線を落とした。


「もう少しいればいいのに」


 澄珠は首を横に振る。


「……あまり長く屋敷にいないと、不審に思われてしまいますので。それに」


 そこで言葉を切った。

 胸の奥に浮かんだ理由は、軽々しく口にすべきではない気がして。


 花影が、畳の上でわずかに身を乗り出す。


「それに、何?」


 促す声は優しいのに、拒めない圧があった。

 澄珠は一瞬躊躇ったが、後宮の中心部から離れた花庵なら、壁の向こうに誰の耳もないと感じ、おずおずと口を開く。


「千夜様のことを探りたくて……」


 花影の瞳がわずかに細められる。


「探る? 君は、元々彼と随分と仲が良かったと聞くけれど」

「……笑わないで聞いてくれますか?」


 荒唐無稽な話であるため、澄珠はそう前置きし、背筋を伸ばす。


「私は、あの方と親しくさせてもらっていたからこそ、今の千夜様が、偽物に見えてならないのです」


 花影の表情は動かなかったが、空気がわずかに張り詰めた。

 やはりこのようなことを言うべきではなかったように思い、澄珠は畳の上に手を付き、慌てて立ち上がる。


「……こんな話をして申し訳ございません。選ばれなかった花嫁の負け惜しみ、戯言だと思ってください」


 足早に襖へ向かおうとしたとき、不意に手首を掴まれた。


 驚いて振り返ると、花影の指が確かにそこにあり、しかしその顔は感情を読み取りづらい陰影の中にあった。

 一拍の沈黙の後、花影はぱっと手を離す。


「あまり、危険なことはしないようにね。辛くなったら、またおいで」


 外へ出ると、夕暮れの光はもう赤みを帯び、花庵の大きな屋根を染めている。

 遠くでカラスが二声鳴き、山裾へと沈む日を追うように飛んでいった。



 ◇


 花神の後宮内にある三つの屋敷は、渡殿と呼ばれる長い渡り廊下でそれぞれ繋がっている。

 琴の屋敷の方へ歩いていると、またもや千夜と琴の姿が目に入った。あの二人は、いつ見ても一緒にいるように思う。

 今日も二人は互いの仲を確かめ合うように親しく寄り添っていた。けれど、その距離はいつもより少し遠い。


(もう少し近くへ……会話が聞こえるところまで、行けないかな)


 澄珠はそっと足を向けかけた。けれど、途端に護衛の神官たちが視線を鋭くし、怪訝そうにこちらを見やる。

 その不審者を見つめるような目に、胸の奥がぎゅっと縮む。あの視線の中を歩いて琴たちに近付く勇気はない。澄珠はすぐに踵を返し、来た道を戻った。



 薄暗い自分の部屋に戻った澄珠は、手慰みに花冠を作った。

 編みながら考える。そもそも花神は、これまで聞いていた限り、琴といる時は甘い言葉を吐くばかりだった。何か怪しいことを言っていた覚えはない。

 そうなると、花神よりも、花神の周りの人――たとえばお付きの神官に、話を聞いてみる方が確実かもしれない。しかし、花神お付きの神官なんて、忙しすぎてこちらの話を聞く暇もないだろう。約束を取り付けるのが大変だ。


 そんな思索の途中で、部屋の襖が音もなく開いた。

 澄珠が顔を上げると、そこに立っていたのは琴だった。薄桃色の着物はいつも通り整っているが、その視線は針のように鋭く、唇の端には冷たい微笑がある。


「お姉様、今日、わたくしたちのこと、盗み見していたでしょう」


 琴の声は柔らかいが、含まれる言葉は毒を帯びていた。


「一体何のつもり? いつもいつも、気持ちの悪い視線を向けてきて。わたくしが千夜様に愛されているのが、そんなに気に入らないの?」

「ち、違……」


 そこで、澄珠はふと考えを巡らせた。

 ――そうだ、琴なら。最近、最も千夜の傍にいるのは、他でもない琴だ。不審な様子を目にしていないか、一言尋ねてみれば何か分かるかもしれない。


「琴、ねえ、千夜様といて何か……」

「……は?」


 琴が低い声を出し、一歩踏み込んで澄珠の頬を平手で打つ。


「千夜様のお名前をその口で出さないでくださる? お姉様ごときが呼んでいい方ではないわ」


 澄珠は打たれた頬を押さえ、唇を震わせながらもしばらく黙り込む。頬の熱がじりじりと痛んだ。


「……琴……どうしてしまったの?」


 震える声で違和感を訴える。


「おかしいのは、花神様だけじゃない。琴もよ。昔はそんな子じゃなかったでしょう。多少口が悪くても、我が儘でも、遠回りな嫌がらせなんてしなかったし、家族に暴力なんて振るわなかった……」


 その言葉が火に油を注いだのか、刹那、乾いた音とともに、琴の掌が再び澄珠の頬を打ち抜く。

 ぱしんっ――と響いた音と共に、頬に痛みが広がった。

 澄珠は息を詰まらせ、わずかによろめく。

 目の前の琴の表情は、甘えたで、姉である澄珠にべったりだった幼い頃の面影など欠片もない。




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