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偽り咲く花神さまの後宮  作者: 淡雪みさ


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7/11

新しくなった花庵


 相変わらず、千夜と瓜二つの顔立ち。見る者にどこか夢の中にいるような錯覚を感じさせる、美しい人。

 前回と違う衣を纏っている。今の彼は、渋い藍色の着物に黒の帯を締め、肩口には控えめな秋草の文様が織り込まれていた。優雅な所作で煙管を持ち、ゆっくりと煙をくゆらせている。


「……あっ、あの、ここに建っていた建物は……」


 澄珠が思い切って問いかけると、男はちらりとこちらに目を向けて、口元を緩めた。


「片付けておくと言っただろう?」


 その飄々とした物言いに、澄珠は目を見開いた。


「……あなたが建て直したのですか?」


 男はふふ、と短く笑った。煙の向こうから覗く横顔は相変わらず美しく、瞳の奥にどこか寂しげな光を宿していた。


「大切な花嫁様のお望みだからね」


 その言葉に、澄珠の胸の奥がきゅっと締めつけられた。思いがけず俯いてしまう。

 この後宮でまだ自分のことを花嫁候補扱いしてくれる人がいるとは思いもしなかった。もうすぐ成人の儀式。千夜が花嫁を選ぶ日も近い。誰もが、選ばれないであろう澄珠からは興味を失い、雑に扱ってくる。まともに目を合わせてもくれない人すらいるのに。

 そんな中で、随分と変わった人だ、と思った。


「あの、お名前を伺ってもよろしいでしょうか……?」


 男は煙管を唇から離し、少しだけ目を細めて、空を見上げて間を置いた。


「んー……」


 考えるように小さく唸りながら、煙をふっと吐く。そして、くすっと笑いながら続ける。


花影(はなかげ)とでも名乗っておこうかな」

「花影……?」


 男は澄珠の方へと目を戻し、どこか冗談めいた調子で続けた。


「俺は、後宮で華々しく咲く花の影だから」


 澄珠がその言葉の意味をはかりかねていると、花影と名乗った彼はふっと顔を近づけ、鼻をすんと鳴らした。


「……ところで君、今日は何だか妙な匂いがするね」

「えっ……く、臭いでしょうか」


 澄珠は真っ赤になり、思わず手のひらを嗅いだ。思い当たるのは、あの嫌がらせの残り香だ。彼に嗅ぎ取られてしまったのだと思い、恥ずかしかった。


「申し訳ありません。さっきまで廊下で、汚れた場所の片付けをしていて……」


 声がだんだん小さくなって、ごにょごにょと消えていく。

 すると、花影が首を傾げる。


「屋敷の清掃は、女中の仕事なのではないの?」


 その問いかけに澄珠は目を伏せ、何と説明しようかと思い悩んだ。


 後宮に入った身で掃除や後始末を自ら行うなど、あってはならない。だが現実には、誰もが澄珠を見限っていた。けれど、花嫁候補なのにそのような扱いを受けていることを、美しい男――千夜に似た男に知られるのも何だか情けなくて、恥ずかしくて、伝えることができない。


 その沈黙を察したのか、花影はふっと視線をそらし、縁側に腰をかけた。


「……言いたくないのであれば言わなくてもいいよ」


 そして、ゆるやかに言葉を継いだ。


「沢山動いて、汗もかいただろう。この花庵の奥には、山から引いた湯が湧いている。温泉だ。使えるようにしたから入浴してくるといい」

「えっ……」


 思わず顔を上げると、花影は煙管の先を指で軽く叩きながらこちらを見ていた。驚きっぱなしの澄珠の反応を楽しむような、いたずらっ子のような眼差しだった。


「遠慮することはない。君のために整えておいた場所だから」


 一瞬、言葉が喉でつかえる。


 ――こんなに優しくされるなんて、いつぶりだろう。


 最初はみんな優しかった。

 後宮に入った頃は、幼くして術の才のある優秀な巫女、花神の一人目の花嫁候補としてちやほやされたし、大事にもされた。

 自分はみんなから大切にされているのだと思い込んでいた。

 でも違った。彼女たちが見ていたのはあくまでも〝花神の次期花嫁〟としての澄珠であり、その価値や見込みがなくなれば離れていく。そんな簡単なことも理解していなかった、自分は周囲の女中たちと本当の意味で親しくしていたのだと勘違いしていた自分のことが、ずっと恥ずかしくてたまらない。


「……ありがとうございます」


 人に優しくしてもらえたことが嬉しくて、澄珠は涙ぐみながらお礼を言った。

 花影は少し驚いたように目を見開き、ふいと顔を逸らす。


「手拭いや替えの衣も用意してある。ゆっくりしておいで」



 澄珠は花影の言葉に後押しされ、新しくなった花庵の戸を開けた。

 放置され、崩れかけだったはずの花庵は、まるで生まれ変わったように中まで広く綺麗になっている。

 湯殿へ向かうまでの渡り廊下では、風に揺れる簾越しに庭のわずかな緑がのぞいていた。

 服を脱ぎ、露天へと続く扉を静かに開ける。

 足先からそっと湯に沈み込んだ。疲れが体から抜けていくような感覚を覚える。

 仰ぎみれば、青空が広がっていた。


 どうせまたあの屋敷には戻らなくてはならない。けれど、今この一時だけでも、現実から逃れられる場所があることが少しの救いだった。





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