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偽り咲く花神さまの後宮  作者: 淡雪みさ


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栗萌への相談



 昼が近付くと、空は暗く沈み、細かな雨粒が再び降り始めた。

 硝子窓を伝う雨の筋をぼんやりと眺めていた澄珠は、ふと栗萌の顔を思い浮かべる。


 栗萌は、例の放火が琴の仕組んだ自作自演ではないかと疑っていた。けれどその疑念を誰かに吹聴するようなことは、おそらくしていない。その証拠に、噂好きの女中たちでさえその話をしていない。

 栗萌は口を噤んでいるのだ。彼女は今の花神を不審がっているからこそ、不用意に後宮を混乱させないよう慎重に立ち回っているのだろう。澄珠はその堅実さが信頼できると判断した。

 思い悩んでいても答えは出ない。

 澄珠は立ち上がり、栗萌の屋敷を訪ねようと決める。

 しかし女中たちに行き先を告げると、露骨に顔をしかめられた。


「他の花嫁候補と親しくするなんて……前代未聞です」

「本来争い合わなくてはならない相手ですよ?」


 澄珠は説得のための言葉を探し、歴代の花神の例を持ち出す。候補者全員を後宮に残した代があり、その時花嫁候補三人は互いに仲睦まじく過ごしていた、と。

 けれど女中たちはすぐに首を振り、「それは大昔の話にすぎません」と取り合わない。

 どうしたものかと悩んでいたその時、昨日、外で待っていた気の弱そうな女中が、おずおずと声をあげた。


「澄珠様の好きにさせましょう。そうでないと、また我々が朝風様に怒られてしまいますよ」


 朝風の名を出されると何も言えないのか、他の女中たちは黙り込んだ。

 澄珠は彼女に礼を述べ、雨の気配の濃い庭を抜けて、栗萌の屋敷へと歩を進める。



 澄珠の突然の来訪に、屋敷から出てきた栗萌は少し驚いた様子だった。


「すみません、連絡もせずにいきなり……」


 澄珠が恐縮して言うと、栗萌はぱちぱちと瞬きをしてから、躊躇いがちに戸を大きく開けた。


「い、いえっ、お菓子を用意できませんが、それでもよろしければお入りください」


 そして、ふわふわとした栗色の髪を揺らしながら、澄珠を中へ招き入れる。

 部屋の机の上には綴じ紐でまとめられた紙束があり、今しがたまで彼女が小説を書いていたのだと分かる。

 腰を落ち着ける間もなく、栗萌は小声で問いかけてきた。


「……もしかして、花神様の件で、何か進展があったのですか?」


 澄珠は、自分の話をする前にと確認する。


「栗萌様は、あれから何もありませんでしたか?」

「……時々、花神様がこの屋敷においでになるのですけれど……あんなことがあったので、怖くて戸を開けていません」


 その答えに、澄珠は少し驚いてしまった。以前襲われそうになったのだから当然だが、神相手にそのような態度を取れる者もなかなかいない。大した度胸である。


「栗萌様はお強いのですね。千夜様に対してそんなことができるのは、きっと栗萌様くらいでしょう」

「そ、そうでしょうか……」


 栗萌は照れたように頬を赤らめ、頭をかいた。そして、机の上の急須でお茶を入れて澄珠に手渡す。

 澄珠は栗萌が用意してくれた茶を口に含むと、意を決して口にした。


「……私は、あれからこっそり琴の屋敷へ行ったのですけど……」


 その言葉に、栗萌の表情がぴんと張り詰める。


「ほ、本当に行かれたのですか? 大丈夫でしたか?」

「問題ありません。私には雲隠れの術がありますから、接近しても余程のことがない限りは見つかることがないのです」


 澄珠はゆっくりと続けた。


「夕映……反政府組織と繋がりがあると噂されている神官と直接話すことは叶いませんでしたが、琴に関して、気がかりな発言を耳にしました」


 そう前置きしてから、昨夜、琴の屋敷で見聞きした一部始終を栗萌に語って聞かせる。

 話が終わる頃には、栗萌は目を見開き、両手で口元を押さえていた。


「そ、そんな……神官様が花嫁候補と恋仲……? いけません! すぐにでも通報をしなければ……っ」


 「お待ちください」と、澄珠は慌てて制する。


「琴の方は明確に拒絶の態度を取っていました。彼らが実際にそういう関係にあるわけではなさそうです」

「……あっ、当たり前です!」


 栗萌の声は裏返り、震えていた。普段は穏やかな彼女が、あからさまに動揺している。神官とは清らかでなければならない存在。その理想を疑うことのない潔癖そうな栗萌にとって、この事実はあまりに受け入れ難いもののようだった。

 しばらくの沈黙があった後、栗萌が思いがけない作戦を口にした。


「……お……脅すのは、どうでしょうか」

「脅す?」


 思わず聞き返すと、栗萌は真剣な眼差しでこちらを見据えていた。


「幼なじみの神官とそのような仲であることは、あちらとしても周囲に知られたくないはずです。下手をすればどちらも後宮から追い出されますから。お、脅しの材料としては、有効だと思います」

「……でも、脅すなんて」


 澄珠は言葉を詰まらせる。

 栗萌は小さく首を振った。


「正直に答えなければこのことを通報すると脅して、彼女たちが反政府組織と関わりがあるのか直接聞きましょう。好機かもしれません」


 普段おっとりした栗萌からは想像もできない提案だ。

 他の相手なら躊躇いなく頷けたかもしれないが、相手が実の妹なので、すぐに返事することができなかった。


「何なら、わたしが澄珠様と琴様の対談の場を設けます。彼女はわたしのことは敵視していない……というか、眼中にないようですし、澄珠様から直接お誘いになるよりも、わたしを介したほうが警戒せずに出て来やすいかもしれません」


 澄珠は、湯気の消えかかった茶碗を指先でなぞりながら、しばし考え込んだ。

 胸の奥にわずかなためらいが残る。けれども、栗萌の言うように、この件を交渉の切り札とするのも一つの手だろう。

 澄珠は迷いを心の奥に押し込めて、小さく頷いた。


「……分かりました。一度琴と話してみて、最終手段として、脅しも考えておきます」


 その返答に、栗萌の表情がわずかに和らぐ。


「では早速、わたしの方から琴様に、文をしたためてみます。進展がありましたらお伝えしますね」





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