離縁申請書提出と過去の冤罪
離縁申請書も無事書き終わり、今日は市民課の調停官に渡して、
少々の打ち合わせがある。
ヴァレリー様の「昼に合ってるのに?それに友人だろ?
俺は別に噂が立っても構わないよ?離縁の進み具合も確認したいし」
との、ごり押しに根負けし、お昼休みの一緒ランチも復活して、
彼とは友人関係を続けていた。
「これは、これは…」
ヴァレリー様に紹介された調停官に、離縁申請書、診断書、契約書、
旦那様からの読まなかった手紙達を提出。
それを見て感心された。
外見は出来る男って感じのキリッとした男性。
茶色の髪、黒目の黒縁メガネ。
茶色の髪をポニーテールより下にキッチリ結び、いかにも賢そうな雰囲気。
彼はウィル・キンバレー・ハイゼン。ハイゼン侯爵家のご子息だ。
「完璧な書類ですね。これなら旦那様の異議申し立てがあっても
内容が内容なので、早々に離縁出来るでしょう」
「本当ですか?助かります。裁判の可能性はありますか?」
「いいえ、大丈夫です。示談に持ち込みます。
向こうも相当後ろ暗いので、公にはしたくないでしょうし。
賠償金と慰謝料も搾り取りましょう。今現在は家を出られているのですね?」
「良かったです。はい、1週間ちょっと前に」
「それは良かった。反対する旦那様に暴力をうける方が
時々いらっしゃるので。…今は寮に入居していらっしゃると…」
「はい。司書専用寮です」
「結構です。それと侯爵家の使用人に念の為、
証言を聞きにいかせて貰います。
侯爵様は昼間は勤めていらっしゃるので、その留守中に伺います」
「あの、私も同行しますか?」
「いいえ、私と助手で伺います。
使用人には、先触れをしていただくだけで結構です」
「分かりました」
「既に腕に怪我を負わせられていますからね。急いだ方がいいでしょう。
手紙の内容も随分独りよがりだし…職場にも来たり執着が強い。
大変でしたね。この契約内容も…酷いものだ…
確か恋人を囲う為ですね?」
「はい。それに同意したのは、私にも都合が良かったのです」
「それは何故ですか?普通の令嬢なら、激怒する屈辱的な内容では?」
「少し、長くなりますが………私は、結果的に冤罪でしたが、
醜聞持ちなのです」
私は司書の資格必須条件、貴族邸での行儀見習い経験を
宮廷の侍女で1年間務めた。
私の場合は資格取得の為だったが、低位貴族令嬢達の淑女教育の一環として、
または将来その職に就くため、あるいはその邸の主人の妾目当てで、
侍女の経験をさせる家もある。
私は侍女をしながら、必要な単位と講習は修了して司書の資格を取った。
そして、もうすぐ侍女を退勤となる直前に事件は起こった。
なぜか王弟に目を付けられ、何度か個人的に誘われるようになり、
私は愛妾や側室になるつもりは無かったので、全てお断りしていた。
私がもうすぐ去るのを惜しんだ王弟は、しつこく食い下がり、
その口説いている現場を王弟妃が偶然見てしまった。
そして、不貞を働いていると誤解し騒ぎ立て、
王弟は王弟妃に攻められ、私が誘惑してきたと虚偽の証言をして、
自分に靡かない私への意趣返しに、悪者に仕立て上げた。
王族の権力は絶対だった。
ある日の休日、子爵家の屋敷に宮廷騎士が押し寄せた。
私は王族に対する不貞姦通罪として捕縛される。
その時、騎士に腕を強く押さえられ、腕を骨折、激痛で気を失った。
怪我を負わせた件については、私が激しく抵抗したから仕方なかったと
これも騎士が虚偽の証言をした。
圧倒的な権力と武力に押さえつけられ、私は何も出来なかった。
その後、罪人に治療などされず、そのまま牢屋に入れられた。
お父様とお母様は、何度も不当な捕縛だと訴えたが相手にされなかった。
恐怖と絶望、そして痛みで気が狂いそうな中、
同僚の侍女達の懸命な証言のお陰で、王弟妃にその声が届き、
再調査をしたところ王弟が虚偽証言を渋々認めた。
牢屋に入れられて3日後、やっと骨折の治癒をして貰え、
王家の体面を保つため事件の詳細は内密に、
捕縛は間違いであると認められたが、
公には「あれは双方認識のズレで生じた勘違いであり、事実ではない」
と発表された。
そして、噂が落ち着いたころの1ヶ月後に、ようやく私は解放された。
しかし、王族の不祥事に色めき立った貴族達は、
様々な憶測を面白がって言いふらし、社交界で嬉々として、
事実無根の私の悪評を好き勝手に噂を広げていた。
もう収集がつかないほどの風評被害だった。
いくら冤罪とはいえ、あまりに事が大きくなりすぎた。
嫁入り前にこんな騒ぎが起こってしまったから、
当然醜聞はついてまわる。
本当は誘惑したのだろうと、今だに思っている貴族も少なくない。
さらに、傷モノを貰ってやると低爵位の子息に侮辱されたりした。
王弟妃に詫びられ、慰謝料を払われただけで、
王弟は何も処分されなかったし、
私の腕を折った騎士も軽い処罰だけだった。
色欲王弟の虚偽の証言のせいで、
私が罪人に仕立て上げられた詳細の事実は、
結局、王家の権力で公にはならなかった。
王弟妃は実直な方で、今後何かあったら力になると約束してくれたが
王弟からは形だけの謝罪で、最後まで不快な態度をとられた。
存命だった両親にも心労をかけてしまい、泣きながら私を迎え入れてくれ、
こちらには、何もいいことはなかった。
その騒ぎから逃げる為に、
旦那様の契約婚は私には都合が良かったのだ。
「なるほど…あなたでしたか…」
「…ご存じなかったのですか?」
「2年前は管轄が別だったので、でもこの案件は資料で読んで存じています。
酷い目にあいましたね。お気の毒に…」
「男性に対して恐怖心があったので、本当の夫婦になりたいと言われなければ、
私はこの契約婚をずっと続けるつもりでした。
私が離縁すると言った途端、契約を続けるから機会を欲しいと言われましたが、
それは私を落とすだけの言い訳で、到底信じることはできませんでした。
もし契約婚を続けると言われても、離縁を推し進めてください」
「勿論です。信頼関係は破綻してますし、彼の提案は嘘の可能性が高いです。
酷い契約内容ですが、お互い合意の上ですし、
その契約を同意無く一方的な要望で変えるのは契約違反です。
……割りを喰うのはいつも弱者の女性ばかり。
離縁の理由には充分すぎますよ」
「はい、よろしくお願いします」
「旦那様には、あなたに接近禁止の警告も書面にして出しましょう。
恋人の方にもね。もう大丈夫ですよ」
「はい、ありがとうございます」
ああ…良かった。これで終わる。
やっと、いつもの日常になる。
何だかトントン拍子で進んで少し拍子抜けした。
でも、人に頼るってやっぱり大事なんだな。安心感が凄いもの。
助かったけど、ヴァレリー様にまた借りができてしまった。




