震える心
とりあえず、ホテル泊で何事もなく過ぎていった。
読まなくてもいいからと、無理矢理押し付けられた旦那様からの
手紙を何度も断っていたにも関わらず、侍女のアンナに何通か手渡しされ、
アンナの私に渡す時のあの嫌そうな顔…
お望み通り、読まずにホテルの机の引き出しに投げ込んでおいた。
というか、恋人さんはどうなっているんだろう。
ほったらかしなのだろうか。
来週からいよいよ寮の方へ入居になる。
一旦侯爵家に、必要な荷物を取りに行かなくてはいけない。
旦那様がいる時間帯は避けたいので、仕事を半休して日中に行く事にした。
旦那様は、まだ私との話し合いもとい、籠絡を諦めていないそうだ。
ほとんど言葉を交わしてない妻に、よくそんなに執着できるものだ。
恋人と結婚したくても身分違いで両親に猛反対され、それでも一緒に暮らす為に、
隠れ蓑の妻をわざわざ迎え入れたくせに、2年で破局して心変わりする男だ。
不誠実の塊だ、冗談じゃない。
「ねえ、あんたに来客なんだけど」
「……誰ですか?」
「心配しなくても旦那じゃないわよ。
女なんだけど、あんたにあんな派手な知り合いいたかなーと思って」
「どんな人ですか?名前は?」
「ジャンヌと名乗ってたけど、赤髪で派手な青い目の…」
「うわ…多分恋人さんです」
「ええっ?マジ?追い返す?」
「今は会いたくないですね…やっと落ち着いてきましたし…
それに、この腕を見られたくないんです」
「そうよねぇ、旦那に知られるかもだし…追い返しておくわ」
「ご迷惑おかけします…職場にまでくるなんて…」
「いいって、こんな時くらい頼りなささいよ。
しっかし、旦那と恋人揃いもそろって迷惑な連中ねぇ…」
この精神攻撃はいつまで続くのだろう。
でも、わざわざ職場に来るって事は、また来るだろう。
気が進まないが、次は合わないといけないだろう。
こんな逃げてばかりで、落ち着かないが…
今はまだいつかくる、全面対決に備えてないといけない。
いつの間にか、癒しの存在になったヴァレリー様と
いつものベンチで待ち合わせていた。
「あの…司書のリリィ様でしょうか?」
すると知らない女性が話しかけてきた。
彼女もローブを着ているから魔術師なんだろう。
綺麗な金髪を切りそろえたショートボブで、水色の瞳の綺麗な女の子。
誰だろうと考えながら顔を見ていると、彼女は言葉を続けた。
「シュタイナー副師団長の代理で参りました。
初めまして、フェリスと申します。」
「は、はい。初めまして。代理?」
「はい。今日は急用で来られないので、ランチボックスを
受け取ってきて欲しいと言われまして、あとお詫びを伝えてくれと…」
「わ、分かりました。…では、お手数ですがお願いします」
ランチボックスを彼女に手渡すと、彼女はぺこりと頭を下げる。
そして、何か言いたげに私を見ている。
「あの…副師団長とは…」
「はい?」
「随分親しいようですが…どういった、ご関係でしょうか?」
「…………知人、…です」
「そうですか。
その…副師団長とあまり親しくしないで、欲しいんです」
「え…?」
「大変失礼ですが、あなたと居ると副師団長まで、悪評が立ちますので…」
「………悪、評?…」
「では、失礼します」
「はい…、よろしくお願いします」
タタタッと駆け足で去っていった彼女を見送り、
しばらく、何んであんなことを言われたのか、分からなかった。
そして、ああ…王弟殿下との事か…
まだあの噂が、真実だと思われているんだ。
今日は…会えないのだわ…
ふと、彼女のさっきの表情を思いだす。
もしかして……あの子……ヴァレリー様を好きなんだろうか…
そうだよね…彼は素敵だもの…
私…何やっているんだろう。
心細いからといって、勝手にヴァレリー様を心の拠り所にしていたんだ。
頼っては駄目だ…あの方には、あの方の人生がある。
ブレスレットをくれたのだって、やさしい人だから親切にしてくれただけ。
明日から、魔法塔の受付にランチボックスを届けて、人伝手に渡して貰おう。
その方がいい。
忙しいのにわざわざここに来たり、誰かに取りに来させるのも悪い。
あの子の言う通りだ。
私といると彼のためにならない。
それに、もしヴァレリー様が、あの王弟殿下との事件を知ったら、
彼も私を疑うかもしれない。
不安定な心が、またグラリと揺れた気がした。




