旦那様から逃げてみます
お昼休みに宮廷の中庭のベンチで、
サンドウィッチを食べてぼんやりしていた。
ああ、小鳥が可愛い…風が気持ちいい…
早く離縁したい。
毎日の旦那様のアプローチが気持ち悪くて仕方ない。
あんな男に囲われるなんて、嫌すぎる。
ままならなくなったら、修道院にでも駆け込もうか。
「おや、司書殿、休憩中?」
私に話しかけてきたのは、フードを深く被った魔術師のヴァレリー様だ。
ランチボックスのサンドウィッチをじっと見ている。
「はい。お昼です」
「そうか、美味しそうだね」
「うちのシェフが色々工夫してくれるので助かってます。
お昼は、食べましたか?」
「いや、まだなんだ。忙しくてね。30分後には会議があるし…
今日は食べられないかな」
「…あの良かったら食べますか?実は私、食べきれないのです。
残り物で大変失礼かと思いますが…
この量なら、5分もかからず食べきれると思います」
「ほんと?ありがたく頂くよ」
私の隣に腰を掛けて、フードをバサっと脱いで
差し出したサンドウィッチを美味しそうに食べる。
そうか…やっぱり宮廷魔法塔の人って忙しいんだな。
足を組んで会議の議題なのかファイルを見ながら、
片手でサンドウィッチを食べている。こんな仕草も絵になる…
でも、今は話しかけない方がいいみたいだ。
綺麗な青空…旦那様があんな提案をしてこなければ、
平和に暮らせていたのに。
ふっと左側の視界が暗くなった。
横を向くとヴァレリー様がじっと見ていた。
「ごちそうさま。美味かったよ」
「お口にあって良かったです。
あの、お忙しいのは分かりますが…少しは食べて下さい。
体に悪いですし、集中力も落ちます」
「そうだね。ありがとう」
やっぱり綺麗な人だなぁ…見とれてしまう。
青空のような瞳が本当にきれい…銀髪が日の光で輝いて…
ああ、羨ましいな…私もこんな色を持って生まれたかった。
「リリィの瞳…」
「はい?」
ふいに名前を呼ばれギクリと肩を揺らす。
それにしても、綺麗に微笑む美形は眼福だわ。
見ている人をここまで幸せにするなんて、ほんと尊い存在だ。
「日の光で金色になるんだね。透明感があって凄く綺麗だ。
黒髪の艶もいっそう輝いて美しいね」
「……は……えと…ありがとうございます?」
「はははっ、誉められ慣れてないね?可愛いなぁ」
粋なり何を言い出すのだ…この人は…
予想外の言葉を突然言われ、言葉に詰まり思わず動揺してしまう。
「おっと、そろそろ行かないと。リリィごちそうさま」
「は、はい。会議頑張ってください」
フードを被りなおし、ローブを翻して颯爽と去っていく姿も美しい。
いいなぁ…魔法なんて使えたらどんなに楽しいだろう。
と暢気な事を考えていた。
宮廷魔法塔には、4部門ある。
王都を主に防衛して結界を張る「防衛部」、
遠征に出て魔獣や脅威に対処する「遠征部」、
魔具を研究開発、特殊効果を付与する「技術研究部」、
治癒魔法や薬作りをする医療担当の「治癒部」。
たしか、「遠征部」ってエリートだけど一番危険な部門なはず。
魔物討伐や他国間の戦争などに、騎士と共に駆り出される。
ああ…命がけなんだ…あの人も…
旦那様はもう前線に出ないとはいえ、命がけで国を守ってきた騎士だ。
その辺は尊敬している。
命の危機があると性欲が強くなるって聞いたし、女好きなのは仕方ないと思う。
実際騎士はもてるし、群がる女性も多いので、特に性が乱れていると聞いた。
私をお飾り妻として向かえるほど、恋人さんを愛していたはずなのに…
こうもあっさり別れるとか…熱しやすく冷めやすいタイプなのだろうか。
でも、一度交わした契約を簡単に反故にするのは、
一人の人間として信用できない。
もし、万が一でも本当の夫婦として向かい合ったとしても、
また他で恋人を作る可能性だって大いにある。
そんなのをずっと許してたら無法地帯になるし、
なにより、私の平穏な生活が続けられない。
だから今の籠絡作戦を続行するつもりならば、離縁は絶対する。
昼休みも終わり、午後からは新冊が入荷され入れ替え作業、
古い書物は別の倉庫へ移す作業に追われ、
台車を押して何度も地下と1~3階の図書館を往復した。
「お疲れ。もう今日はいいわよ」
「え?でもまだ閉館時間ではないですよ」
「今日は、この建物全体早く締めるから」
「どうしてですか?」
「夜から館内のホールで、ちょっとしたお偉方の夜会みたいなのがあんのよ。
だから、私達は早く退散しろって。
これから夜会用の護衛騎士が来るから、関係者以外は警備の邪魔なんでしょ」
「そうなんですね。じゃあ、カウンター回りと窓の鍵締めてきます」
図書館から出て鍵を閉めて建物から出ると、またヴァレリー様に会った。
私に気づいて、またあの爽やかな美麗な笑顔で。
しかも騎士服着てるから顔が丸見え…なにこれ…格好良すぎる…
「やあ、リリィ。今帰りかい?」
「はい。今日は早く締めるそうです」
「ああ、さっきはお昼をありがとう。おかげで会議に集中できたよ」
「そうですか。お役に立てて良かったです。これからお仕事ですか?」
「うん。今日の夜会の護衛の警備担当に派遣されてね。
何時に帰れるか…」
「まあ、お疲れさまです。……騎士服とても素敵ですね。凄く似合います」
「ははっ、ありがとう」
「あれ?もしかして、お前が言ってた彼女ってこの子?」
後ろから騎士服の人が、ひょいと覗き込んで話しかけてきた。
藍色の長い髪をゆるく結んだ、灰色の瞳のこれまた美丈夫。
この人も、護衛担当に駆り出された人なのだろう。
「ばかっ、お前っ!」
「へぇ~可愛いね。君名前は…」
「じゃあ、もう行くよ。帰り気を付けて」
「は、はい。お仕事早く終わるといいですね」
そう言うと、ぐいぐいその男性を引っ張って行ってしまった。
私と知り合いと思われたくないのかもしれない…
建物の総合出入り口付近は、大通りに面している。
その前に馬車が停車した。
ここは止め場ではないのに、何だろうとそちらを見ると、
扉が開き、顔を出した人物を見て私は固まった。
「リリィ、今帰るのかい?ちょうど良かった。
さあ、乗って一緒に帰ろう」
「……え…」
いきなりの出来事に反応が遅れた。
ヴァレリー様も建物に入りかけて、異変に気づきこちらを見ている。
どうしよう…今乗ったら旦那様の思うつぼだ。
でも乗らないでここで揉めてしまうと、注目をあびてしまう。
なんでここに…騎士塔は離れているのに…
ああ、そうか警備に派遣された騎士を送ってきたのか。
「おあいにくさま、彼女は私とこれから出掛けるのよ」
「エレノア司書長…」
「では、そこまで一緒に送ろう。司書長もどうぞ」
「結構よ。すぐそこだから。ご親切にどうも。
それより、後ろつかえて迷惑よ。早く動いた方がいいわ」
「じゃ、じゃあ、リリィ家で待ってるよ!帰ったら話をしよう」
後ろをみて、慌ててそそくさと去って行った。
何が家で待ってるだ…夫面して…
私が外では断れないのを分かっていて、声をかけたのだ。
「大丈夫?」
「はい、ありがとうございます。助かりました」
「あれは諦めないわよ。
あいつは自分が拒否されるなんて、思ってないわ」
「…逃げるしか…ないでしょうか…」
「とりあえずは、既成事実つくられないように気を付けた方がいいわ」
「え…」
「あいつは男、しかも元騎士。女を組み敷くなんて造作もないわ」
ぞっとした。
そうだ…逆上して力で行使されたら、私なんてひとたまりもない。
手が震えている…ああ…イヤだ…
男は…力で全て思い通りに出来るのだ。
「リリィ、今の馬車は…大丈夫?」
ヴァレリー様がこちらに戻ってきて声を掛けてきた。
心配してくれたのだろうか。どう説明しよう…
「大丈夫よ。声掛けられただけ。私が追っ払ったわ」
「そうか、リリィ?」
「は、はい!」
「顔色が悪い。大丈夫?」
「大丈夫です。少しビックリして…ありがとうございます…」
1人じゃなくて良かった。
いつも強がっているけど、本当は旦那様が…
男性が怖くて仕方ない。
「リリィ良かったら、これ付けて」
「ブレスレット?」
「あら、可愛いじゃない」
「守護を付与してある。君が危なくなった時に守ってくれる」
「えっ、そんな高価な物貰えません!」
「いや、私物だから大丈夫」
「なおさら貰えません!」
「貰っておいたら?」
「司書長!…でも、付与つきなんて国家予算がかかってる物じゃ…」
「大丈夫。俺が試作で個人的に作った物だから、予算はかかってない。
だから気にしないで」
「そうよ、自分で自覚ないけど可愛いんだから、
あんた気をつけないと。
遠慮せずに防犯の為に貰っておきなさいって」
「わかりました。ありがとうございます……あの…お礼は何をすれば…」
「そんなのいい。付けてあげる。手だして」
「いえ、そんな訳には…物じゃないなら、
何かして欲しい事とかありませんか?」
「はい、これでいい。
……うーん……あ、お昼美味しかったなぁ」
「では、お忙しいヴァレリー様に、お昼ご飯を差し入れさせて頂く
というのはどうでしょうか?」
「いいの?それは嬉しい。何か俺ばっかり得してない?」
「そんな事全然ないです。本当にありがとうございます」
キラキラの青い魔石が付いた細いブレスレット。
仕事の時も邪魔にならないし、私には丁度言いサイズだった。
ヴァレリー様と別れ、乗り合い馬車に向かい歩いていると
司書長が話しかけてきた。
「良かったじゃん。今のあんたには必要だよ、そういうの」
「ええ…でも何か悪くて…」
「さっきも言ったけど、旦那に気をつけなよ。
いくら使用人が味方してくれているとはいえ、
侯爵家は旦那の領域だからね」
「やっぱり…一度侯爵家を出た方がいいでしょうか?」
「落ち着くまで、その方がいいと思うわ。
司書専用寮の方がまだ安全。警備員が常時いるしね。
逃げられないように、どうにかしてあんたを籠絡しようと
向こうも焦っているだろうし」
「そうですね。では、明日寮入居の申請してみます」
「許可降りるわよ。私が手を回すから1ヶ月位耐えられる?」
「はい。乗り越えてみせます!」
こっそり帰宅して、さっきの旦那様の呼び出しを無視して
具合が悪いからと私室に籠もる。
部屋にまた旦那様が訪ねてきたが、侍女と家令が追い返してくれた。
今は、必要最低限の物をトランクに詰め、
旦那様にばれないよう準備を進めていた。




