表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
主役になれない傷モノ令嬢は、宮廷魔術師に抱擁される   作者: 米野雪子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/27

平穏な日々と彼の過去



帰国して、いつもの平穏な日常が戻り、

私は司書の仕事をしつつ、隣国の言語を学び始めた。


隣国の書籍は、ほとんど翻訳が進み、校正ももうすぐ終わる。

あとは、印刷会社に持ち込んで、製本するだけだ。

一般書店に出版するのは、まだ先だが、

図書館にはもうすぐ、その書籍が本棚に並ぶことになる。



それを考えただけでも、ワクワクする。



いつもの週末のディナーデートの帰り道、

公園のベンチに座り話が途切れた時、ふと彼がふんわり抱きしめた。


あれ以来、私たちの距離は急激に近くなった。

頬に口付けされながら、彼の膝の上に座らされる形で抱きしめられ、

ポツリと耳元で呟かれる。



「君にまだ話していないことがある。過去話だけど聞いてくれる?」


「はい…?」


「俺と君は、前にも会ったことがあるんだ。図書館が初対面じゃない」


「え?…本当ですか?私覚えてないです。ごめんなさい」


「いいよ。無理もない。

 何を隠そう、俺も最初分からなかったからね」



ヴァレリー様は、遠征部に配属される前、治癒部に所属していた。

主に心に傷を負った者のカウンセラーとして、治癒魔法を施す仕事だ。


彼は非常に優秀で評判が良く、忙しく対応する日々を過ごしていたが、

弱っているときに優しく支えられると、相手に好意を持つこともある。


ただでさえ、彼はこの見た目だ。フードを深く被り対応していたが、

ある日、好意を抑えきれなくなった一人の令嬢に、

無理やりフードを脱がされる。


素顔を見た令嬢は、彼の美しさに益々夢中になり執着していく。

仕事として対応していた彼との温度差に、

令嬢は業を煮やし、とうとう事件を起こす。


彼女は泣き叫びながら「愛してくれないのなら死んでやる」と

彼の目の前で首にナイフを突き立てる。

なんとか治癒で傷を治したが、完全に精神が壊れてしまい狂乱死する。


殺傷沙汰になったのは、初めてだったが、

過去に似たようなことは何度かあった。


自分は、女性の理性を狂わす呪いでもあるのではないかと思い悩み、

彼は女性に対して、苦手意識が募り嫌悪感を持つようになる。

そして、治癒部を退職。男ばかりの遠征部に異動届けを出し受理される。


しばらく平和だったが、女でも優秀な人材は入部できる。

1年半後に入部希望したフェリスが、唯一の女性で遠征部に加わった。

彼女も最初は普通だったが、徐々に態度が変わっていった。

そして、今回の連れ去り事件の要因になってしまったのだ。


話は戻り、

殺傷沙汰事件が原因で、ヴァレリー様は治癒部から遠征部に異動。

その直後、王家から秘密裏に治癒をして欲しい人物がいると、

依頼された仕事があった。


そして、その人物こそが、

冤罪で地下牢に捕らえられていた、リリィだった。



そこまで話を聞いて、私は不思議な縁に胸が熱くなった。



ああ、あの時、折れた腕を治癒してくれた人は、

ヴァレリー様だったんだ。



凄く怖かった…凄い力で、押さえ込まれた瞬間の腕の激痛。

身に覚えのない、湾曲された罪状を読み上がられ、

否定しても、言い訳するなと怒鳴られ、

冷たい地下牢に放り込まれて、心が冷たく震え上がった。


もうだめだ…

王族の意見が絶対で、冤罪で斬首刑にされるのだと

絶望して覚悟を決めた。



そして、長い長い苦痛と絶望と孤独の中、

私の前に現れた、深くフードを被った人は、優しく私の腕を治癒してくれた。

痛みがなくなって嬉しくて、有り難くて、

精一杯の笑顔で「ありがとう」とお礼を伝えた。

その人は、まるで私を慰めるように、そっと手の甲を撫でてくれた。



あの温もりを…まだ私は覚えている。



「覚えてます…私…顔は見えなかったけど…

 あなたの治癒は、私にとって一筋の光でした。

 ヴァレリー様は、あの時から…私を助けてくれていたのですね」


「うん、俺も図書館で再会した時は、分からなかったんだ。

 可愛い子だなって、興味はもったけど。 

 それに、地下牢は暗かったし、治癒が終わったらすぐ退出させられたから。

 でも、あの時の娘が君って分かってから、酷い目に遭わされて、

 やっと身の潔白が証明されて解放されたのに、

 今も君が幸せじゃないって知って…どうにかしたくなったんだ。

 最初は同情だった。でも、会うたびに君に惹かれて…

 もう、どうしようもなかったんだ」


「ヴァレリー様は、もう大丈夫なんですか?あの…」


「ああ、うん。君と一緒に過ごすうちに、

 いつの間にか女性に対する嫌悪感も忘れていたよ。

 何より君に夢中だったし。

 俺たちは、お互い無意識にいい影響を与え合っているね」


「……そう、だったん、ですね…」



胸が詰まって、言葉が出ない。


私、この人が好きだ。


出会って1年経つけど、

もっと長い月日を過ごして来たように感じる。


諦めないで、良かった…

生きていて、良かった…


フッと微笑んだヴァレリー様は、

私の顔を覗き込んで真剣な目をして

そして、こう言った。



「キスしたい…」


「…キスなら…さっき、頬に…」


「唇に。まだ無理?…軽く一度だけでいい…」


「…え、…と……私どうすれば…」


「俺に身を任せて、顔をあげて?」


「はい……目は?…」


「…閉じて」



素敵なバリトンボイスを耳元で囁くように言われ、

首筋がゾクリと泡立つ。

ぎゅっと目を閉じて少し俯いていると、

顎に手を添えられ上を向かされた。


ふっと体温が近くなり、

迫る気配とヴァレリー様の髪が頬に触れる。


あ……凄い目の前に顔が…ある…?…


頬に大きな手が撫でるように添えられて、

唇に柔らかくて温かな体温を感じた。



これ…唇だ…

うわぁ……ほんとうにキスしてる!!


指で少し唇を開かされ、

ぬるりとした感触で少しビクリと体が揺れてしまった。



「…嫌だった?」


「ううん…少しビックリしただけ…」


「もう一度、していい?」


「は、…い……」



彼が唇を離さずに話すから、声が凄く近い。

そのまま再び唇を重ねられ、ぬるりとした感触にも慣れて、

啄むように何度も口付けをされて顔が熱くなり体が熱くなる。

そわそわして考えがまとまらない、変な気持ちになっていた。



「…ん…っ、………」



頭が顔が熱い…

感情の高ぶりを押さえきれずに、無意識に声が出ていた。

口付けされながら、ヴァレリー様に強く抱きしめられ、

彼にすがるように、私も彼の背中に腕を回して抱きついていた。


軽く一度だけとはいかず、長い間口付けを交わした。


そういえば、彼は1年も私にこうするのを待っていてくれたのだ。

思いの丈は私より大きいだろう。



「…リリィ…ごめん。長くなってしまった。

 君が受け入れてくるから、つい嬉しくて」


「いえ…嫌じゃなかったです…」


「本当に?」


「は、い…」


「…今度から唇にキスしても?」


「は…い……」



心臓が煩い。

でも、頭がぼんやりして、不思議と幸せな気持ちで溢れている。


これが、愛されるという事なのだろうか。



…どうしよう。離れたくない。



「もう少しだけ…このままで…いて、欲しいです…」


「うん、嬉しいな。ふふっ…そう思ってくれるんだ」



私、この人がちゃんと男性として、好きだったんだ。

この1年間の付き合いで、ちゃんと恋として発展していた。


抱きしめられるのは好き。

守られているようで安心するから。

それは幼稚性の抱擁欲が、安心する要因だからなのかと思っていた。


でも、ヴァレリー様だから触れられたい…

肩に力を入れなくていい。警戒しなくていい。

私を大切にしてくれているのは、分かっているし、信じているから。


この人は、怖がる私を少しずつ少しずつ距離を詰めて、

私が慣れるのを根気強く待ってくれていた。


他の誰かにこんな事されるのは、多分無理だ。

考えるだけでゾッとする。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ