悪夢
「やあ、久しぶり。気がついたかい?リリィ」
「……………」
「ああ、ごめんね。媚薬を使ったから、具合が良くないんだろ?」
媚薬?
さっきの甘い香りの香炉だろうか。
私が水を掛けて消した香炉を指先で触りながら、
元旦那様は、話を続ける。
「本当に焦らし上手だね、リリィは。
ほら、お望みどおり俺は君を見つけて迎えに行ったよ。満足かい?
これで俺の心を信じるようになった?
そういえば、花祭りで随分楽しそうに、あの魔術師と踊っていたね。
まるで恋人同士みたいだった。あんな可愛い顔…俺には見せたこと無いのに。
あれも俺に嫉妬させる作戦なのかな?」
「…何をおっしゃっているのか、わかりかねます。ラインハルト侯爵」
「やだなぁ、他人行儀は。クロスって呼んでよ。夫婦なんだから」
「はい?」
「一度リセットしたんだから、もういいだろ?
再婚して、やり直そう。今度こそ本当の夫婦になれるんだ。
もう放っておいたりしない。大事に愛してあげるから、
拗ねなくていいんだよ」
「あなたが嫌いだと、私は言いました」
「ねえ、いくら俺でも、いいかげん怒るよ?
拗ねるのも大概にしないと、試されるのは不快だし愛が冷めてしまう。
それに、俺だって無理やりは嫌なんだよ?
ちゃんとお互い心を通じ合わせてから、いい気分で夫婦として始めたいんだ」
話が通じない。
この人…自分の都合のいいことしか、受け入れないのだ。
変に刺激して激昂されたら、力じゃ敵わない。
ブレスレットの魔力を発動するタイミングを図りながら、
私はしばらく様子を見ることにした。
「理由は分かりませんが、私を誘拐したのですか?」
「誘拐?どうして?思い合ってるんだから関係ないでしょ?」
「私の同意なしに連れてきたのなら、誘拐ですし、犯罪です。
それに、アンナやエレノア司書長だって、私が突然消えて探しているはず。
私に付き纏っていた元旦那様のラインハルト侯爵邸が、真っ先に疑われます。
このままでは、あなたは犯罪者になるんです。
だから、私を帰してください」
「そうはならないわよ。あなたが、そう証言しないから」
ドアが開き、真っ赤な髪と真っ青な目のジャンヌが
車椅子を押しながら入ってきた。
そして、俯いて座っている人物の髪を掴んで顔を上げさせる。
「アンナ⁉︎」
「ふふっ、さっきまで暴れてて苦労したわ。
やっと薬が効いてくれたみたい」
「彼女に…何したの? アンナ‼︎ ねえ、聞こえる?」
「煩いわねぇ。眠ってもらってるだけよ。
あなたの出方次第では、永遠に眠ることになるだろうけど?」
「ジャンヌさん、あなたは私がいない方が都合がいいのでしょ?
なぜ、こんな計画に協力してるの?」
「だって、クロスがあなたを連れてこないと私を追い出すって言うし、
私もこの生活を手放したくないのよね。利害の一致ってやつ?
あなたにだって悪い話じゃないでしょ?
大丈夫よ、初めては怖いだろうから媚薬を使うわ。
すぐ慣れるし、気持ちいいわよ」
「ほら、おいでリリィ。長い間、辛い思いをさせてごめんね」
「やめて、近寄らないで…」
「リリィ?」
「触らないで、気持ち悪い」
その一言で、元旦那様の表情が豹変した。
私に掴みかかって、ベットに押し倒して腕を拘束する。
「そんなこと言っちゃいけないよ、リリィ?
悪い子だね。君が悪いんだよ?
優しくしてるのに、俺を拒むから…俺を怒らせるからっ‼︎ 」
「あんたなんか大嫌いだって言ってんのよ‼︎ 触るな気持ち悪い!」
「黙れ‼︎ このっ…」
バシンッ‼︎
右手を振り上げ、私の頬を思い切り打った。
痛 い …
顎が 外れそう…
脳 まで 揺れ て…視界 が歪む。
嫌 だ 。
力で支配されるなんて、絶対に嫌。
「ああ、赤くなってしまって可哀想に…痛いかい?
でも、これで分かっただろ。逆らえば何度でも打つよ?
俺に愛されたんだから、光栄に思わないと。
全くどうしちゃったの?
ほら、リリィはもっと大人しくて素直だったろ?」
「クロス、私が押さえていてあげるわ。
この女処女でしょ?一度抱けば大人しくなるわよ」
ぐらぐらする意識の中で、
強烈な嫌悪感と憎悪が膨れ上がる。
こいつら頭おかしい、
気持ち悪い、
話が通じない。
自分の見たいことしか見ない…
キィ────────ン…
と頭の奥で音が聞こえて、静かに何かが壊れた。
なんで…寄ってたかって、
私の心をこんなにズタズタにできるの…
何の権利があって…
まるで────アイツだ。
王 弟
“たかが、子爵家の娘が俺に見染められたんだ。光栄に思え。
今夜迎えをやるから、俺の寝所に来い。いいな?”
あいつは逆らえない私を小馬鹿にしたように、せせら笑った。
誰が頼んだ?
あんたに見染められたいって?
自惚れるのもいい加減にしろ‼︎
どいつもこいつも、私を見下して好き勝手言いやがって…
私が何をしたっていうの。
私は、あんた達の玩具じゃない。
心があるんだ。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
自分本位で傲慢で強欲で、好色で支配的。
死 ね ば い い
い な く な れ ば い い
こ い つ ら 全 員 ──────
カッ!
ゴオッ──ォォ───────‼︎
次の瞬間、ヴァレリー様から貰った左腕のブレスレットが、
眩い光と共に風が発生して、周りの物を膨大な力で吹き飛ばした。
「うあっ‼︎ なんっだ…」
「きゃあああっ!助けて、クロス─────」
轟音と共に、二人はまるで人形のように弾き飛ばされて、
壁に叩き付けられた。
放出された魔力は竜巻のように暴れ、
ギシギシと激しく壁を揺らし、バキバキと崩れていく。
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───────
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──
シ…ンとした静けさ。
部屋の壁が吹き飛び崩れ去り、
侯爵家の手入れされた、綺麗な庭の景色が見える。
二人は、ピクリとも動かない。
ああ…
怒りに任せて…私…
とうとう人を殺してしまったんだわ。
私はフラフラと破壊された窓から、バルコニーに向かった。




