消えたリリィ
私は、油断していた。
何もかも順調で、やっと何のしがらみもない、
もう、人目を気にしなくていい日常を遅れると、
信じかけていた。
「ヴァレリー様が?」
「はい、倒れられまして、今魔法塔の医務室におります。
リーン司書を呼んできて欲しいと言われ、案内を頼まれました。
よろしいでしょうか?」
「どうして…倒れたのですか?大丈夫なのでしょうか?」
「訓練中に急に。命に別状ありませんが、意識が朦朧としており、
あなたの名前を呼んでいるのです」
「……ちょっと、待ってもらえます?」
この方は確かフェリスさんだ。ヴァレリー様の部下。
彼女は、私を嫌っている。
以前、噂を鵜呑みにして、私に向かって敵意剥き出しで
私のせいで副師団長に悪評が立つから、近寄るなと言った人だ。
遠征部の人は優秀だし、仕事に私情を挟むとは考えにくいが…
警戒はしておいた方がいい。
念のため、確認しよう。
少し彼女から離れて後ろを向き、黒曜石板を取り出して、
指先でなぞって文字を書いた。
“ヴァレリー様、倒れたと聞きましたが、大丈夫ですか?”
送信するが一向に反応がない。
これは…どういう事だろう。倒れていて返信できないのだろうか。
事実なら、容体も気になるし早く彼のもとへ行きたい。
“フェリスさんがあなたに頼まれて、
私を医務室へ案内すると迎えに来ました。
彼女についていこうと思います”
もう一度送信するが、いつもすぐ来る返信がこない。
どうしよう…今ちょうど、エレノア司書長は会議でいない。
アンナを伴って行くと、図書館の司書が一人もいなくなってしまう。
「ここを離れるにあたって、他の司書に私の行先を伝えてきます。
少々お待ちください」
「ええ、どうぞ」
動揺は、ない。
本当なのだろうか。
だとしたら、彼に何があったのだろう。
「アンナ、少し出かけてくるから留守を任せられる?
司書長は会議から、もうすぐ戻ってくると思うから、
伝えておいてもらえる?」
「は、はい。どうしたんですか?」
「ヴァレリー様が倒れたらしいの。私を呼んでるって。
遠征部の方が迎えに来てるから、魔法塔の医務室に行ってくるわ」
「え?大丈夫なんですか?倒れたって…一体何があったんです?」
「詳しいことは分からないの。訓練中に倒れったて。
命に別状はないらしいけど…とにかく行ってくるから、
少しの間一人になるけど、大丈夫かしら?」
「大丈夫です。分かりました。でも、お一人では…」
「案内役の彼女、フェリスさんもいるから大丈夫よ。
黒曜石板でメッセージを彼に送ったんだけど、返信がないの。
だから、とりあえず心配だし様子を見に行ってくるわ」
「は、はい。いってらっしゃいませ…」
私が戻ってくるとチラリとこちらを見て、歩き出した。
フェリスさんの様子が、少し緊張して見える。
ヴァレリー様の容体はもしかして、あまり良くないのだろうか…。
私は、はやる気持ちを抑えて足早に彼女の後を追った。
「たっだいま~あー疲れた。会議だるぅ」
「お疲れ様です、司書長」
「うん、お疲れ、リリィは?会議の議事録渡したいんだけど」
「あの、それが…」
ことの次第をエレノア司書長に伝えると、少し考え込んで、
スケジュール表をパラパラと見始めた。
「訓練中って言ってた?」
「はい、訓練中に倒れたと…」
「おかしいね。今の時間シュタイナー副師団長殿は、
王宮で魔術師定例会議中だよ?」
「は?え…どういうことですか?
だって、黒曜石板にメッセージ送っても返事がなかったって…
だから倒れて返事が、できないんじゃ…」
「王宮内では、魔法の使用は厳禁だから、魔道具は持ち込み禁止。
会議中は手元にないから、返信できるはずないでしょ」
「え…じゃあ…なんなんですか?」
「何かやな感じだね。
確か遠征部に一人だけ女がいたけど…異動になったはず…
外見はどんな子だった?」
「はい!あの金髪のボブカットで、淡い青の瞳です。
フェリスさんとリリィ様は、おっしゃってました」
「分かった。ちょっと私も魔法塔の医務室行ってくる。留守頼むわ」
「は、はい!」
あの子は、知らない人間に1対1で付いていく訳がない。
多分、迎えに来たのは顔見知り。
恐らくシュタイナー殿の部下で、対面したことがあるのかもしれない。
「失礼、こちらにシュタイナー副師団長とリーン司書が
いる筈なんですか」
「はい?えーと、今日は誰も来てませんが…
それに今、副師団長は王宮で会議中です」
「……遠征部のフェリスって金髪ボブヘアの子は?」
「ああ、あの子は異動になりましたけど。ここには来てません。
えーと、今は技術研究部だったかな?彼女が何か?」
「その子…シュナイダー殿に懸想してたりしました?」
「あ~…それ、魔法塔以外でも知られちゃってるんですね。
だから、異動になったんですよ」
「そう、ありがとう」
最悪だわ。
早くシュナイダー殿に知らせないと…
あいつら、自分たちがリリィに近寄れないからって、
珍しく頭を使ったわね…
本当に恋愛脳はロクなことしないわっ‼︎
「あっ!いたー!シュタイナー殿‼︎」
「司書長⁉︎ どうしたんですか?こんな所で…
あ、でも丁度よかった。俺も図書館行こうと思っていたんです。
会議中にリリィから身に覚えのない、変なメッセージが届いてたんです。
俺が倒れたから、大丈夫かとか、医務室に行くとかなんとか。
会議終わってから見つけて、慌てて返信したけど、返事がないんだ」
「あのさー、やばい事になった」
「え?」
「まんまとしてやられたかも。
リリィ多分連れ去られたよ、元旦那と愛人に」
「は?」
「あんたに懸想してる、フェリスって子を抱き込んだっぽい。
あんたが倒れたから医務室に来てくれって、
その子がリリィを迎えに来て、そのまま消えた。
ごめん、私も会議中で、ちょうどいない時に狙われたみたい」
「………くそっ‼︎」
「ちょっと、ちょっと!落ち着いてって!」
「俺、先にラインハルト侯爵邸に行きます!後の手配頼みます!」
「あーーーーっ、もう!分かった!くれぐれも殺さないでよ!」
「自信ないっ!じゃっ‼︎ 」
「えーと、どうやって王宮騎士に動いてもらおうかなぁ…
全く…なんなのよ、あいつら!」
フェリスは、人一人を転移できる魔力を持っている。
それをリリィに使いやがったんだ。
怪我人を素早く転移させるのに、重宝していた魔力を悪用しやがって…
魔力の痕跡を辿れば、リリィの正確な転移先は分かるはず。
それに、彼女は俺のブレスレットをしている。
自分の左腕の揺れるバングルをそっと撫でる。
待ってろリリィ、絶対に助け出してやる!
* * * * * * *
エレノア司書長がなかなか戻ってこない。
リリィ様は、大丈夫なのだろうか。
何が起こっているのだろう。
「あの、すいません」
「は、はいっ!あ、さっきの…」
「はい、リーン司書が忘れ物をしたから、
取りに行って欲しいと言われまして」
「あ、そうですか。
あの、リリィ様をシュタイナー様の元へ無事、
送り届けていただけたんですよね?」
「はい、勿論です」
でも、シュタイナー様はあの時間帯は会議だとエレノア司書長は言っていた。
ああ、どうなっているのか、訳がわからない。
リリィ様が困っているだから、忘れ物を聞いてからしよう。
そして、さっきの件を彼女に確かめてみよう。
「そう、ですか、それで忘れ物とは…」
「あなたです。アンナさん」
「え?」
フェリスが手を前に突き出し、
突然、暴風が吹き荒れアンナを包み込んだ。
* * * * * * *
甘い…香り…
気持ち、悪い…
目を覚ますと、見たことのない部屋。
頭がクラクラする。
体を起こして、周りを見渡す。
やっぱり、知らない部屋。
窓の外を見ると、見たことのある景色と庭に気が付く。
…え、ここ…ラインハルト侯爵邸? いつもの庭が随分遠い…
離 宮 だ 。
嘘、なんで…
私なんでこんな所にいるの?
部屋の片隅に香炉が置いてあるのが目に入る。
あれだ、甘い香りの原因。
近くにあった、水差しの水をその香炉にかけて火を消す。
まだ甘ったるい香りが残っていて、気持ち悪い…窓を開けなくては。
窓は何とか開くが、内側に鉄格子がはめてある。
この部屋、まるで牢屋だわ。
風が入ってきて、甘い香りが少しづつ薄れていく。
ドアノブを回すが、鍵が外側から掛けられいるのか、
びくともしない。
これは間違いなく、閉じ込められてる。
私…連れ去られたの?
ハッとして、黒曜石板を思い出してカバンを探すがどこにもない。
腕のブレスレットは…ある。
良かった…これだけでもあれば…
それにしても、いつここに運ばれたのだろう。
よく覚えていない。時計がないけど、外はまだ明るい。
そんなに時間は経っていない…
そうだ、ヴァレリー様が倒れたって、
フェリスさんが呼びにきて…彼女の後をついて行って…
魔法塔が見えてきた森の中で、突然彼女がこちらを振り向いて、
憎悪のこもった恐ろしい目を向けてきた。
「あんたの、せいでっ…シュナイダー副師団長は…
邪魔なんだよ…あんたさえ……あんたさえ、いなければっ‼︎
消えて、よっ………私たちの前からっ、居なくなれっ‼︎ 」
その後は、目の前に突然暴風が吹き荒れて、
前が見えなくて…
彼女は、私が嫌いだった。
だから、近付けない彼らに協力して、
私を引き渡す手助けをした。
恐らく、転移魔法で。
大きな魔力を仕事以外で、私怨で行使するなんて、処罰対象だろうに。
彼女は、分かっていて…自分の意思で使ったのだ…
それほど私を恨んでいた。
久しぶりにぶつけられた悪意に、心が冷え込んでゆく。
さて……どうしよう。
アンナには行き先は伝言してるし、ヴァレリー様にもメッセージを送っている。
エレノア司書長も、すぐに、この違和感だらけの私の失踪に気づくだろう。
そして、やがてここにたどり着く。
それまで、私は自分の身を守らねばならない。
ガチャリ
鍵が開く音、そして静かに部屋のドアが開いた。




