司書の仕事と新たな出会い
「シフトを増やしたい?」
「はい。午前中だけでしたが、今日から午後も出来るようになりました」
「そう、こっちは助かるけど…侯爵家の仕事は大丈夫なの?
旦那が恋人にうつつ抜かしてやらないから、あなたがやってるんでしょ?」
「はい。家令に引き継ぎして貰ってます」
「引継ぎ?手伝いじゃなくて?」
「……もしかしたら離縁するかもなんです…
まだ決まってませんが…」
「えっ…そうなの?浮気旦那にとうとう嫌気が差した?」
「いえ…契約を変えたいと言われて…
双方意見が合わなくて揉めている最中です」
「だから、契約結婚なんてやめろって言ったじゃないの…
今更何言っても後の祭りだけどさ。
まあ、あなた若いし可愛いから、やり直し効くしいいんじゃない?
あの顔だけバカ旦那に、利用されるだけの人生なんて勿体ないもの」
この毒舌は、エレノア司書長だ。
私が契約婚だと知っている、職場の唯一の理解者。
ゴージャス巻き毛の金髪で碧眼のダイナマイトボディ。
彼女目当てに図書館にくる男性客は多い。
「リリィこれ本棚に戻しておいてくれる?」
「はい。第4王子殿下の返却ですね。また貸し出しする本選びましょうか?」
「そうねぇ。任せていいかしら?童話が好きみたいだからお薦めお願い」
本を抱えてふらつきながら、天井近くの本棚まで梯子に登った。
だいぶ慣れたが、やっぱりこの高さになると怖い。
昨日の旦那様の話し合いを少し思いだし、
むかむかしながらガコンガコンと本を仕舞う。
ふと見ると、背の表紙が傷んで裂けている本が何冊かあり、
それを手に取って梯子を降りる。
修復しなくてはいけない本は、修繕師に回さなければいけない。
本を抱えて本棚の角を曲がろうとすると
丁度出会い頭で誰かの影が見え、認識するが遅れてぶつかりそうになった。
本を引き寄せ立ち止まるが、相手の鎖骨辺におでこがトンッと当たってしまった。
「おっと…」
「しっ、失礼しました!」
「いや、こちらこそすまない。不注意だった」
「いいえ、申し訳ありませんでした」
本を抱え、頭を下げて謝罪する。
床に視線を落とすとローブの裾が見えた。魔術師の方だ。
顔をあげると、少し微笑んだ白に近い銀髪の真っ青な瞳の男性が立っていた。
魔術師の方々は、いつもフードを被っているのだが、彼は脱いだ状態だった。
ああ、そうか。室内だし、貸し出し時に身分証を提示するから、
顔が分かるようにしているんだ。
彼は、両サイドだけ少し長く全体的には短い髪、まつげが長く目が凄く色っぽい…
何だこの美男は…
中世的な旦那様とは違う、男性的な雰囲気が強くて妖艶な色香を漂わせている。
この色気は、女性の扱いになれてそうな軽薄で危険な男にも見えた。
でも、こんな人いたっけ?…公には殆ど姿を現さない、
魔法塔に所属している研究員かもしれない。
再び一礼して、そのまますれ違おうとすると呼び止められる。
「そうだ司書殿、探している本があるのだが、少し時間いいだろうか?」
「は、はい。何でしょう?」
「古代文字と古代魔術の本は、どの辺だろう?」
「はい、こちらのフロアです。ご案内します」
案内が終わると、イメージとは違う礼儀正しいお礼を言われ、
さっき軟派な男性だと思ってしまい、申し訳なく思った。
受付に戻り、修理師に回す本の伝票を作成していると、
さっきの男性が本を持ってやってきた。
「さっきはありがとう。これお願いしても?」
「はい。貸し出しですね。少々お待ち下さい」
貸し出し許可カードにスタンプを押し、図書メンバーカードを読み込む。
“ 宮廷魔法塔所属 副師団長 遠征部 ヴァレリー・エヴァ・シュタイナー ”
うわ…高位魔術師だ。しかもエリートの遠征部。
あまり知り合いになりたくない。
このキャリアとあの外見で相当女性からもてるはず。
今は旦那様とのこともあるし、あの前の出来事もある…
これ以上面倒ゴトに関わるのはごめんだ。
「はい、お待たせしました。返却は1ヶ月以内でお願いします。
閉館後は設置してある返却ボックスにお入れください」
「ああ、ありがとう。君、見かけない人だね。新人さん?」
「…いいえ、違います。今までは午前中のみのシフトだったので、
お会いする機会があまりなかったのかと」
「なるほど。名を聞いても?」
「え?…」
「教えてくれないかな。家名は伏せていい。
これからも来るから、知っておきたいんだ。
俺はヴァレリー、宮廷魔法塔に所属している」
「……リリィ、と申します。」
「可愛い名前だ。リリィ今後ともよろしく。じゃあね」
「はい…こちらこそ。またのご来館お待ちしております」
パチンとウィンクして彼は颯爽と去っていった。
やっぱり、女なれしていらっしゃる?
名前…知られてしまった…
いや、司書として名を知りたかっただけだ。
私ったら、警戒心がありすぎて自意識過剰すぎる。
家名は答えなかったし、距離を持っていれば大丈夫だろう。
「お帰りなさいませ、奥様」
「ただいま」
「あの、旦那様がお待ちです」
「は?」
「本館の応接室まで来て欲しいと…」
「……はあ…」
まだ何かあるのだろうか…もう今日はクタクタなのだが…
司書の仕事の後、図書館に保管されている議事録を文官達が探しに来て、
それに延々付き合わされたのだ。
今日は夕方から領地の孤児院の視察訪問に行きたかったのに…
それのせいで中止になってしまったのだ。
孤児院の子供達にお菓子を持っていきたかった。
代理で従者に頼んで届けて貰ったが…
子供達との触れ合いの癒しがなくなり、私は非常に不機嫌だった。
「リリィ、お帰り」
パッと嬉しそうに顔をあげる旦那様。
苛つくわ、この顔。
「何のご用でしょうか?私お風呂も夕飯もまだなんで
早くしてください」
「君は本当に、つれないな…」
そういうとスッと立ち上がり、椅子の後ろから花束を出した。
真っ赤なバラの大量の花束。しかも相当高そうな品種。
私を籠絡しようと、無駄な出費をしたようだ。
「これ、受け取って欲しい」
「何か記念日でした?」
「違うよ。君にただあげたかったんだ。だめかい?」
だめとかじゃなくて。いらねぇよ生花なんて。
それにバラは大嫌い。
強烈な甘い匂いで、頭が痛くなり酔いそうになる。
私は野に咲いているような、素朴で小さな花が好きだった。
私が無言で手も出さずにいると、ジリジリと近寄ってくる。
近寄られた分だけ後退する。そうしているうちに扉の前まで来てしまった。
それを見ていた家令がソッと扉を開ける。
私はそのまま後ろ向きで退出して、パタンと扉が閉められた。
しゅばっと方向転換して、廊下を走り抜け私室に飛び込む。
旦那様は今頃、花束抱えて呆然と突っ立ってるんだろうな。
というか、恋人さんにあげれてご機嫌伺いすればいいのに。
それをしないと言うことは…もう別れるのは決定しているだろうか…
侍女のアンナが食事を私室に運んでくれ、お風呂の後にマッサージしてくれた。
良くできた侍女である。
恋人にうつつを抜かし、侯爵家の仕事をおろそかにしている旦那様は
当然使用人達に嫌われている。
反面、今までの働きを評価されている私に、みんな味方をしてくれる。
「では、奥様おやすみなさいませ」
「ありがとう。おやすみ」
ベットにボスンッと寝ころびあっという間に夢の中。
旦那様は、私を籠絡すれば何とかなると単純な考えを変える気はなさそうだし、
離縁するしかなさそうだ。
旦那様以外は、ここ気に入っていたのに残念だけど…
そういえば…シュタイナーって公爵家だ。
魔力の強い人が多い魔術師の家系。
あの一族がなくては、国は防衛も攻撃もままならない時があったはず。
随分この国は、あの一族に貢献されていて恩義がある。
あの人、すごい血筋の人なんだ…




