最悪と最高の思い出
見たことのある髪色
あの背の高さ…
見覚えがある…
あれは……あの人は……
背中がゾクリと冷える。
その人物が、こちらを見るか見ないかの瞬間、
私は両手で顔を覆い、
その場にしゃがみ込んで身を隠した。
「リリィ⁉︎」
異変に気づいたヴァレリー様が慌てて、
私の背中に手をあてる。
「リリィ?どうした?具合が悪いのか?」
「……旦那…様が……」
この雑踏の中、
絞り出すような声が聞こえたのか分からないが、
彼は私を抱き上げて足早に大通りを抜け、
人通りのない狭い路地裏に移動した。
「…あいつを、見たのか?」
こくりと頷いて、しゃがみこんで息が上手く出来ず
体を震わせている私を彼は片膝をついて、両腕に強く抱き込んだ。
「くそ…個人的に参加してたのか…ごめんよ…
俺がもっと回りに気を配っていれば…」
頭を横に振り否定するが、震えが止まらない。
呼吸も苦しい…
元旦那様は…警備で参加してないはず…
でも1人だった。
まさか…私を探してる?
顔を隠していた手をそっと外される。
両手で私の頬を包み込み、目の前に青い瞳が悲しそうに揺れていた。
「どうして君は1人ぼっちで泣くんだ…俺が、目の前にいるのにっ」
「……っ、………」
「そうか、君は人に甘えられないのか…
傷つけられてばかりで、他人を信じられないんだろ?」
私の頬から幾度も幾度も滴が流れ落ちる。
息も絶え絶えで、クラリと目眩がした。
ふと、目の前が暗くなったと思ったら、
瞼に軟らかな感触が触れる。
………あ……これ……
ふっと息を吐き、どうやって呼吸していたか思いだした。
ああ……そうか…私を冷静にさせるために…
「ごめん勝手に触れて…君が、過呼吸になっていたから…
もう、大丈夫?楽になった?」
「はい…お陰で…ありがと…う」
「あいつが居たんだね?」
「はい…」
「見られた?」
「多分、見られてないと…」
「そうか、落ち着いたら寮までおくるよ。
可哀想に、こんなに震えて…」
「…折角…凄く楽しかったのにっ…
こんな事になって、ごめんなさい」
「リリィ…君のせいじゃない、泣かないで」
「悔しいんですっ…
ヴァレリー様と一緒で…楽しくて、凄くいい日だったのにっ!
台無しに、されて…
いい思い出さえ、残せないなんてっ‼︎ 」
「……リリィ…」
涙が止まらい私を彼はずっと抱きしめてくれた。
無意識に私は彼の背中に腕を回し、すがり付いて泣き続けた。
何で元旦那様は、あんな所に1人でいたのだろう。
花祭りに私が参加するのを知って、探していたのだろうか。
折角勇気を出して離縁申請をして、やっと前へ進めると思っていたのに…
一体…いつまで私は、あの人の影から逃げて、
怯えてなければいけないのだろう。
ド──────ンッ わあああああっ
大きな爆発音と歓声が突如聞こえてきた。
ビクッと肩を震わすと、そっと背中を撫でられる。
「大丈夫。花火が始まったんだ」
「花火…?…」
「少しだけ、見て帰るかい?」
「…………」
「今日をいい思い出に塗り変えよう?ね?」
「は、い……」
「よし、じゃあ飛ぶから首の後ろに手を回して」
「え?」
「いくよっ!」
「わっ、あ……‼︎」
ぐんっと体が上に浮き、あっという間に眼下には町が広がっていた。
沢山の人々と華やかにライトアップされた花々、
家の窓から見える灯る明かり、空に咲いてる大きな花火。
町の時計塔の一番上に、ヴァレリー様はストンと降り立つ。
「足下気を付けてお姫様。ほら、見てご覧」
「あ………」
「ここなら誰の邪魔もされず、よく見えるだろ?」
「うん…ありがと…綺麗。特等席だね」
「大丈夫。いい思い出になるよ」
「うんっ……」
高鳴る鼓動は、さっきの出来事のせいでも、花火のせいでもない。
私が落ちないように後ろから抱きしめて、
支えてくれている人のせいだった。
大きな手…温かな体温…時々耳元で聞こえる彼の吐息。
それを意識するたび、私の鼓動は早鐘を打った。
そして、私は実感した。
彼が好きだと。
「私…あなたが好き、みたいです」
気付いたら口から出ていた。
「俺もリリィが好きだよ。ずっと前からね。知ってると思うけど」
彼は、今まで見たことのないクシャクシャの笑顔で、
私を力一杯抱きしめた。




