隣国へ視察申請
脚立の上に座り本の点検をしていると、下から人の気配がした。
ふと床に視線を移すと、美しい魔術師がこちらを見上げている。
「やあ、ラプンツェル。そんな高いところで、何してるの?」
「ヴァレリー様…」
「危ないよ。降りておいで姫君」
「は…はい…」
横着して脚立の一番上に腰掛けて、本をチェックしているのを見られてしまった。
恥ずかしくて、いそいそと降りていった。
降りきっていないのに、突然腰を掴まれ体がフワッと舞う。
「えっ!うわっ…」
「捕まえた」
体がくるりと回転され、目の前に真っ青な瞳があり、
自分の足が浮いているのに気が付いて、慌ててヴァレリー様の肩に両手を置く。
彼は美麗に微笑んで、腰周りと太ももの下に腕を回し、
私を抱き寄せたままそっと床に下ろしてくれる。
恥ずかしすぎる…顔が近すぎて、絶対顔が真っ赤になっていたはず。
「あ、ありがとうごじゃいます…」
「ごじゃいます?」
「……からかってますね?」
「はははっ、可愛いなぁ」
なんで、そんなご満悦な笑顔なんだ。
こっちは心臓が口から出そうなほど動揺しているのに。
こういうスキンシップを突然してくるので、
その度に私は狼狽えて、いつも彼にいたずらっぽく笑われていた。
むっとして顔を反らす。
「ごめんごめん、怒らないでよ。
探してる本があるんだけど教えてくれませんか?司書殿?」
「……どんな本をお探しですか?」
本棚へ案内して、彼の希望する種類を選別して何冊か渡す。
彼はいつも感心して時間短縮になって凄く助かると、感謝してくれるが、
司書としては当然の仕事だった。
今度、追加書籍購入希望リストを提出できるから、何か欲しい本の項目は
あるか聞くと、古代魔術の情報が圧倒的に少ないから、
それ系が欲しいと希望された。
「確かに少ないですね…でも、そんなに重要なのですか?」
「魔術師にとってはね。原始の魔術だから知りたいんだ。隣国の方がそういうのに
詳しい資料がありそうだけど、翻訳されてないから本国には入って来ない」
「分かりました。調べてみますね。国内ではなく翻訳前の本を調べて
リスト化して… 輸入許可を隣国と本国から貰って…隣国から翻訳許可…
寄贈許可と翻訳家の手配と…出版社と印刷会社、製本業者もお願いしないと…」
「うわ、色々手間がかかるんだね」
「はい、知識は貴重ですからね。他国の本は、無許可で翻訳できないんです。
とりあえず、古代魔術の本をリスト化して内容も調べて選別します。
特に知りたい魔術の種類とかありますか?」
「治癒と防御かな…攻撃魔法は充分だし…」
「分かりました」
隣国の言葉で慣れない翻訳をしながら、リストを作り始めた。
確かに多い。タイトルから想像するしかないが、内容がどうしても分からない。
隣国に本の輸入の為の視察に行きたいと外交部に申請すると、
意外と通ってしまった。
私、魔術師、通訳、護衛騎士を伴って行くことになったが、
まだ私以外は人選が決まっていない。
そして、後日になんと第4王子も同行が決まってしまった。
「は?何で…第4王子まで…」
「あの子、隣国の第5王女と婚約が決まってるでしょ?
外交の勉強がてら婚約者に会いに行きたいって、駄々こねたらしいわよ。
まだ8歳のお子様だからねぇ」
「王族が一緒なんて…」
「おかげで護衛も側近も同行者が増えるわね…面倒くさそう…」
「もっと気軽に行けると思ったのに…」
「まあまあ、行き帰りの道のりだけで、途中から別行動らしいから、
少しの間の辛抱よ」
ただの書籍視察の出張が、何だか大事になってしまった。
そして、急激に行きたくなくなった…
「大所帯になりそうだね」
「うん…」
「はははっ。凄く嫌そうだけど。折角の隣国の出張なんだし、
少しは観光は出来ないの?」
「まだ、具体的なスケジュールが未定で…はぁ…」
「まあまあ、ほら新しいメニュー美味しそうだよ」
離縁が成立して3ヶ月が経った。
私は、ヴァレリー様、アンナ、司書長と毎日平和に過ごしていた。
そして、毎週末彼とあの隠れやレストランで夕食を取っている。
何故か彼が毎週誘ってくるので、もう日課のようになっていた。
私は友人のつもりではあるけど、
アンナと司書長には、それはデートだとからかわれるている。
「デザート持ち帰りする?この間ストロベリーパイ気に入ってただろ?」
「………気づいてたんですか?」
「あんな嬉しそうに食べてれば分かるよ」
「私のこと見過ぎでは?」
「可愛いからね♡見てて飽きない」
この人、私のことペットか小動物だと思ってないか…
しかし、あれほど注意しろと言われていた元旦那様は、
信じられないほど、ぱったりと接触してこなくなった。
法の力は偉大なのだなと感心したが、そう油断した時こそ危ないのだと、
その後、私は思い知る事となるのだ。




