第8話 吐血
――――あの日のアンリの溢れんばかりの嬉しそうな笑顔と可愛らしい歌声がよみがえってくる…
アンリは、花のような甘い香りがして…
アンリは、いつも僕の名前を呼びながら、僕よりも小さな身体で、無邪気に僕の身体に抱きついてくる…
眩いくらいに輝くプラチナブロンドの髪に…
シミひとつない純白の肌……
全てのパーツが完璧に整った、まさに生きる芸術品のような美しい顔……
――――……んっ?なんか…僕の身体が外側からギュっ!と強い力で締め付けられてるような気が…?
僕が目を覚ますと……
僕の顔の目の前に…!!!
「なっ、なななななな……っ!?」
僕は、なぜか…白いベッドの上で、例の絶世の美男子(たしか聖さんとか言ってた…?)にお互いに向かい合った姿勢で抱きしめられていた――――ッ!?
「ちょ、ちょっと、ひっ…聖さん?起きてください…!」
聖さんは、どの角度から見ても美しいお顔で熟睡していた……。
いったい、全体どういうことなんだよ―――!?
たしか、僕は……
仮眠をとろうと思って、保健室に来たら……
石関先生が、この絶世の美男子の大胆に開いた胸元に手を差し入れようとしてて…(医療行為)
そんで、僕の存在に気づいた、この美男子がなぜだか…僕の名前を知っていて……
僕の名前を呼びながら…僕に抱き着いて来て……
『アンズ?ボクだよ!杏璃だよ!』って……
そうだ…!!
この人、自分のことを「アンリ」だって言ってた……!!
「まっ……まさか……!?いや、そんなわけない…!!だって、アンリは…!僕の初恋のアンリは……!!!」
僕の忘れかけていた記憶の中のアンリは、女の子なんだよぉ~~~!!!
この聖アンリさんは、僕の初恋のアンリとは絶対別人だから!!!
「――おぉっ!?やっと起きたか、望月?」
石関先生が、ベッドの上で聖アンリ(♂)にガッチリとホールドされている僕を上から見上げながら言った。
「先生ェ~!これは、いったいどういうことなんですか―――!?なんで僕、この人に抱きしめられてるんですかーッ!?」
「そりゃあ、お前が聖に抱きしめられながら、勝手に寝落ちして、聖も体調がすぐれないって言うから、2人ともそのままベッドで寝てたわけで…」
「なんで、1つのベッドに二人で寝てるんですか!?保健室のベッドは、他にもあるじゃないですか!」
「だって…聖が、お前と一緒に寝るって聞かなくってさぁ……。悪いな望月、うちの学校は聖の親から多額の寄付をしていただいているんだ…!よって、聖の機嫌を損なうと…そのぉ……俺の立場が……」
「はぁーっ!?あんた教師なのに、自分の保身のために生徒の僕を犠牲にするんですか!?やっぱり、石関先生も薄汚い前橋市民だったんですねぇ~?」
「俺は、前橋市民じゃなくて、渋川市民だ!」
「えぇーっ!?渋川市って、あの『渋川こそが日本のまんなか、だんべぇー』と勝手に言い張ってる、あの前橋市以上に田舎くさい渋川市ですかーっ!?」※あくまで個人の感想です。
「あ゛ぁ゛っ!?お前、今なんつった!?日本のまんなかは、渋川市に決まってんだろ!!」
田舎くさいのは、否定しないんですね…。
「ったく…!これだから東京のガキは、てめぇんとこが首都だからって、つけあがりやがって!たしかに、渋川市は県内でも地味で目立たない存在だか…その地味で素朴な親しみやすさこそが渋川市の魅力なんだよ。まさに、あの錦光堂(渋川市内にある老舗和菓子屋)の渋川銘菓『こがねいも』のように…!!」
「『こがねいも』はたしかに美味しいですよねー♡!渋川に住んでるばあちゃんの友達がうちに遊びに来る時に良く手土産に持って来てくれるんですよ。白あんと紫芋あんの2種類あるけど、僕は白あんの方が好きです♡」
「あぁ!俺も俺も♡!2種類あると、たいてい白あんの方が先になくなるよな~?」
「――ふあぁ……ボク、アレ白も紫もどっちも苦手です。モソモソしてるし、シナモンが効きすぎてて……」
急に聖さんが目を覚ました!?
目を覚ました聖さんの瞳も――アンリと同じ宝石みたいな青い瞳をしていて…
いやいやいや!!
アンリは女の子だから!!
あっ!もしかしたら…聖さんはアンリの兄弟とか従兄弟なのかも!!
「ひっ、聖さん…!起きたなら、僕の身体を離してください!」
「えー?なんで?」
聖さんは、僕を――僕よりもずっと肩幅の大きい逞しい両腕で――抱き締めたまま離してくれない!
「なんで、じゃなくって…!おかしいじゃないですか…!男同士で抱き合うなんて…っ!」
「おかしいのは、アンズの方だよ?なんでボクに敬語なんか使うの?」
「だって、聖さんは、僕よりずっと背が高いから…たぶん、先輩ですよね?」
「そうだね~。僕は、アンズより2歳年上だもんね。でも、僕、去年単位が足らなくてダブっちゃったから今2年生なんだよ。」
やっぱり、この人は僕の初恋のアンリじゃないや!
実は、アンリの実年齢は知らないんだけど、僕よりも身体が小さかったから、絶対に僕より年下だもん!!
「あのぉ…聖さんは、ご家族に妹さんとか従妹とかいらっしゃいますか?」
きっと、その子が僕の初恋のアンリのはず♡!!
「いないよ?ボクひとりっ子だし、パパもママもひとりっ子だからイトコなんていないよ?」
聖さんは、きっぱりと言った…。
「そう…なんですかぁ……。」
じゃあ、この人は僕のアンリとは縁も所縁もない人なんだ……。
「ねぇ、アンズ。どうして、急にボクの家に遊びに来なくなっちゃったの…?毎年、夏休みにはいつもお泊りに来てくれたのに…。急に来なくなっちゃったから……っ。」
「えっ……?」
僕が…小4まで毎年夏休みにお泊りしていたのは、アンリの家だ……
「聖。望月はな、交通事故の影響で記憶障害を起こしているんだよ。だから、お前と過ごし記憶を失って、」
「そんなわけない!!アンズが杏璃のことを忘れるわけないでしょう!?」
石関先生の言葉を遮るように、聖さんが叫んだ…。
聖さんは哀しそうな顔で僕を見つめている―――聖さんの青い綺麗な瞳が涙で潤んで……
聖さんは…あの時のアンリと同じ瞳をしていて……
まさか……
聖さんが……
「アンリなの…?あなたが…あのアンリなの…?」
「アンズ♡!そうだよ!ボクが、君の……――うぅ…っ!?…かはぁ…ッ!」
突然、アンリが僕の身体を突き放すと――アンリの美しい顔が苦痛で歪んで…アンリの紅い唇から真っ赤な鮮血が溢れ出した…!!
「アンリ!?」
「聖!!大丈夫か?」
石関先生は、僕の身体を押しのけて、アンリのそばへ行くとアンリの背中をさすりはじめた。
アンリの顏は真っ青で、片手で口を押さえている…。
口を押えているアンリの白い指の間から零れ落ちた鮮血が、真っ白のシーツを赤く染めていく…!
「アンリ…っ!先生!僕、救急車を、」
僕は、いてもたってもいられなくて!救急車を呼ぶためにベッドから降りようとすると…
アンリが僕の制服の裾を掴んで、引き留めた?
「――ははっ……アンズ、大丈夫だよ~。ちょっと、薬の副反応が出ちゃっただけだから…。」
アンリは、ハンカチで唇についた血をふき取りながら、何事もなかったかのように平然と言った…。
さっきまで、顔面蒼白で…恐ろしいくらい真っ赤な血を吐いてたのに……
アンリの吐き出した真っ赤な鮮血が……
なぜか僕の脳裏にこびりついてしまったみたいで……
僕は、シーツに広がった真っ赤なシミから目が離せなくて……
「先生、すいません。ボクのせいで、またシーツだめにしちゃいましたね。あとで、ママに請求してください。」
「シーツのことなら気にすんな。聖、母親が迎えに来たら、病院に必ず行けよ?」
「医者には、昨日診てもらいましたよー?でも、あの藪医者、ロクな薬よこさないんだもん…。アンズ、びっくりさせてごめんね?アンズ?アンズー!?」
僕の名前を呼ぶアンリの声が遠くに聞こえる……
僕は、自分でも気が付かないうちに、ベッドの上で気絶してしまっていた。
アンリの吐き出した真っ赤な血……
僕は、もっとすごい量の血を見たことがある……
これは、いつの記憶なんだろう……?




