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上州義理人情伝「アン ころ もち」  作者: 苺鈴


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第6話 アンズとアンリ ー出会いー

 懐かしい甘い花の香りが―――事故のショックで失われた僕の遠い記憶を呼び覚ました……




―――僕が、アンリと出会ったのは、小学校になった年の夏休み。


 僕は、前橋市に住んでいるばあちゃんの家に遊びに来ていた。


 ばあちゃんとバスに乗って、前橋市の赤城南麓にある(みね)公園墓地に迎え盆に来た。


 嶺公園墓地は、その名のとおり公園と墓地が一体となった自然豊かな墓地公園だ。


 公園内には、遊歩道が整備されていて、四季折々の植物や野鳥などを観察することができる。

 子供向けのアスレチックも豊富で、大きな池もあって、夏場はそこでイカダの遊具に乗ったり、水遊びも楽しむことができる。


 ただ…緑に囲まれたこの公園は、自然が豊か過ぎて、危険な野生動物(熊とか!熊とか!!熊とか!!!)とのエンカウントもあるらしい……


 僕は、熊が怖くて、ばあちゃんにぴったり引っ付きながらお墓に向かった。


「―――いいかい、杏子?この花江(はなえ)という人はね、おばあちゃんのお母さんなのよ。」


 ばあちゃんは、墓石に刻まれた花江という名前をしわがれた指で優しく触れながら言った。


「おばあちゃんのお母さんはね、兵庫県の神戸に住んでいたんだけど、戦争が激化して空襲から逃れるために、今の杏子と同じ歳の頃にこの前橋市に疎開して来ていたのよ。その当時、神戸には戦争で使う兵器を作る工場がいっぱいあって、敵国の飛行機がその施設を攻撃するために頻繁にやって来ていたんだよ。」


 ばあちゃんが戦争のことを僕に話してくれたのは、これが初めてだった。


「おばあちゃんのお母さん――花江は、生まれて初めて親元を離れてたったひとりでこの前橋に来たの。遠縁の知り合いが前橋市のはずれで農家をしていてね、その家でお世話になっていたの。そこは、田舎で周りに田畑しかなくて、空襲の被害はほとんどなかったの。

 その農家のおじさんとおばさんは、気さくでとても良い人達でね、よその家から来た花江を我が子のように可愛がってくれたそうよ。」


「某戦争アニメ映画の西宮のババアとは、大違いだね。」


「上州人はね、義理人情に厚い気質なのよ。みんな、お節介なくらい面倒見が良くて、義理堅いのよ。戦時中に疎開先で、よそ者だからって理由でいじめられたり、酷い扱いを受けた子ども達も大勢いたそうだけど、土地柄なのかここら辺では、そういう悪い話はあんまり聞かないねぇー。」


 なんで、義理人情に厚い奴らが、人をパンイチにして真冬の川に突き落とすかなぁ…?


 例外もいるのか…。


「戦争は、日本の戦況がどんどん悪くなって、終わりに近づいていた頃に神戸で大規模な空襲があってね…。花江のお父さんとお母さんは、その空襲で亡くなってしまうの…。」


 僕のおばあちゃんのお母さん(つまり僕の曽おばあちゃん)は、そんな幼い時に両親をいっぺんに亡くしてしまったなんて…!


 当時の僕には、衝撃的だった…。


 自分の両親が突然亡くなってしまうなんて、想像したこともなかったからだ…。


「ばあちゃんのママ…かわいそう……っ。」


 僕は、いろんな思いがこみ上げて来て胸苦しくなって、小さな手でズボンの裾を握った。


「そうね…。花江も、手紙で両親の死を知った時は、もう…自分には、帰る場所も迎えてくれる家族もいないって……全てに絶望したそうよ……。

 けれどね、そんな孤児になった花江を農家のおじさんとおばさんは、養子として温かく迎え入れてくれたのよ。実は、その夫妻には2人の息子さんがいたんだけれど、2人とも軍隊に徴兵されて、それぞれ日本から遠く離れた戦地で帰らぬ人となっていたの…。

 夫妻は、農家だから、労働力が欲しかったというのもあったのかもしれないけど…きっと、一緒に暮らしているうちに花江のことを本当の娘のように愛おしくなって、もう二度と愛する我が子を失いたくなくて、花江を自分たちの本当の娘にしたのよ。花江も夫妻のことが大好きだったから、喜んで二人の娘になったそうよ。」


「花江さん、良かったねぇ…!それで、花江さんがそのまま前橋で結婚して生まれたのが、ばあちゃんなんだね?」 


「ふふふっ。そうよ。おばあちゃんのお母さんは、美人で働き者で気立ての良い娘だって近所でも評判だったそうよ~。おばあちゃんも、若い頃はお母さんにそっくりだって、モテモテだったのよぉ~♡ だから、杏子も結婚するなら、前橋の娘にしなさい♡!」


「えぇ…っ!?」


「えぇ?じゃ、ないよぉ~!上州娘でも特に前橋の娘は、みんな面倒見が良くて、大らかで、良い娘なんだよ~♡!娘だけじゃなく、前橋は住むにも良いとこだよ!自然が豊かで、家賃も物価も安いし!杏子、中学か高校は、こっちに進学しない?ばあちゃんちは、バス停の近くだからバス乗れば前橋駅でも、けやきウォーク(前橋市にある大型ショッピングモール)でもどこでも行けっからねー!」


「えぇーっ!?僕、前橋はやだよぉ~。遊ぶとこないし~。けやき(ウォーク)より高崎のイ〇ンの方がいいなぁ~。」


 あの頃のばあちゃんは、数年前にじいちゃんを病気で亡くしたばかりだったから、きっと寂しかったんだと思う。


 だから、僕だけでも一緒に暮らしたかったのかも…。



――――まさか…この9年後に僕が事故で両親を亡くして一緒に暮らすことになるとは……



「――あら~?里子(さとこ)さん!ご無沙汰しちゃって~。」


 僕のばあちゃん(里子)と同じ歳くらいの白髪のおばあさんが親しげに僕達のそばにやって来た。


「よっちゃん!ほんとひさしぶりねぇ~。お宅も迎え盆かい?」


 どうやら、白髪のおばあさん(よっちゃん)は、ばあちゃんの知り合いらしい。


「そうそう。家のことしてたら、こんな時間になっちゃったのよー。おや?まぁ~可愛いお連れさんねぇ~♡?里子さんのお孫さん?」


 よっちゃんは、僕に気づくと愛想良く笑いながら頭を撫でてくれた。

  

「ええ。下の娘の子の杏子よ。」


「杏子ちゃんかぁ~。まぁ、可愛いお名前ねぇ~♡!うちの孫と同じくらいかしら?うちの倅の子も女の子でねぇ~。」


 はぁっ!?


「ふふふっ。よっちゃん、杏子は男の子よ~ww」


 そうだよ!!


「あらぁっ!?杏子ちゃん、ごめんね~。まっさか可愛い子だから、女の子だと思っちゃったわぁ…!」


「気にしないで、よく間違われるからwww あっ!そうそう、間違えると言えば…うちのお隣の中島さんちの奥さんがねぇ~、とんでもない買い間違いしちゃって!」


「え~?何々?何、買い違えたのー?」


「それがねぇ~!ネットで韓ドラのビデオ(動画配信に意)を見ようとしたらねぇ…」


 ばあちゃん二人は、井戸端会議ならぬ墓端会議を始めてしまった…。


 ばあちゃん、おしゃべり大好きだから、これは長くなるなぁ……。


 二人は、僕がいることをすっかり忘れておじゃべりに夢中になっているので、僕は、退屈になってしまって、アスレチックのある公園の方に行こうとした。



「――いやぁ…っ!ママぁ…!()()()おうちにつれて帰るのぉ~!」

 

 墓地の奥から幼い女の子の泣き叫ぶ声が聞えた!


 聞き間違いかもしれないけど、「杏子」って僕の名前を呼ばなかった?


 二人のばあちゃんは、おしゃべりに夢中で女の子の声に気づいていないみたい…。


 僕は、女の子の泣き声が聞こえて方へ向かって行った。 


「うぅ…っ!ひっく……っ。いやぁ…!アンズ、埋めちゃいやぁああ…!アンズぅ~!!」


 声のする方へ行くと、可愛らしいフリルがいっぱいついた黒いワンピース姿の小さな女の子が、黒の喪服のようなワンピースを着た若い女の人の腕の中で泣き喚いていた。


「アンズぅ~!!うわぁああああ~~~んっ!!」


 なぜか僕の名前を叫びながら泣いている女の子の目線の先では、黒服姿の男の人が今まさに、お墓の中に小さな骨壺を埋葬しているところだった。 


「さぁ、杏璃(あんり)…。アンズが安らかに天国に行けるように、ママと一緒に手を合わせてお祈りしましょうね?」


 喪服姿の若い女の人は、女の子の母親らしく、女の子を腕の中から離しながら優しく語りかけた。


「いやぁ~!!アンズ、天国行っちゃ、いやだよぉ~~~!!」

 

 女の子は、黒いリボンを結んだ銀色の綺麗な髪を振り回して、泣き続けている…。


 アンズというのは、僕のことじゃなくて、あの埋葬された骨壺の主らしい。


「杏璃…お願い、ママを困らせないで?今度のお休みにまたペットショップへ連れて行ってあげるから、ね?アンズみたいな可愛い仔犬をママと一緒に見つけに行こうね~?」


 亡くなったアンズは、仔犬だったのか…!


「いやぁああ~!!アンズがいいのぉ…!アンズじゃなきゃ、ダメなのぉ~~~!!」


 お母さんの提案は、逆効果のようで女の子は、もっと大きな声で泣き始めてしまった…。


 涙で濡れた女の子のぱっちりとした可愛いらしい瞳は、宝石みたいな青い色をしていて…


「……アンズ…?」


 女の子の綺麗な青い瞳が、真っすぐに僕を見ながら呟いた。


「えっ!?」


 女の子は、泣きながら僕に抱き着いてきた!?


「うぅううう~~~っ!アンズぅ~~!!戻ってきてくれたのね…っ♡?天国から、男の子に生まれ変わって、アンリのとこにもどって来てくれたのねぇ~~♡?アンズぅ~~~♡♡♡!」

 

 女の子は、僕に抱き着きながら、嬉しそうに微笑んだ。


 女の子は、僕が亡くなった子犬の生まれ変り(?)だと勘違いしている!


「えっ…!?ええっと…僕は……そのぉ………」


 僕は、女の子があんまりにも嬉しそうだったので、事実を言えなかった…。


「アンズ♡!アンリのとこに戻って来てくれてありがとうっ♡!これからも、アンリとアンズはずぅ~~~~~っと一緒だよぉ~~♡!アンズ…♡!アン……ズ………」


 女の子は、僕に抱き着きながら、意識が朦朧としてしまった!?


「どうしたの?大丈夫?――わぁっ!君、すごい熱があるよ…!!」


 僕は、女の子の小さな額に手を当てると、あきらかに熱があった!


「杏璃!?すぐ、お家に帰りましょう!」


 女の子のお母さんが僕と女の子の元に駆け寄って来た。


 女の子のお母さんは、僕に抱き着いている女の子の身体を優しく剥がそうとするんだけど、女の子は小さな手でギュッと僕のシャツを掴んで離そうとしない。


「いやぁ…っ。アンズ…もう、どこにもいっちゃ、やだよぉ…?アンズぅ……っ。」


「仕方ないわね…。ごめんね、どこの子から知らないけど、ちょっと私達の家まで一緒に来てもらってもいいかしら?」 


「――杏子!こんなところいたの~?何も言わないで勝手にいなくなっちゃダメじゃない…!」


 女の子のお母さんは、僕を探しに来たばあちゃんに事情を説明すると、女の子が抱き着いたままの僕を車に乗せた。


 


―――――これが、僕の初恋の女の子「アンリ」との出会いだった。





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