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上州義理人情伝「アン ころ もち」  作者: 苺鈴


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第38話 聖 碧瑠璃

 人間のラピスは、吸血鬼のアンヌの恋患いを治すために自らの胸にナイフを突き刺して、血と肉を差し出すなんて……!!


「それで、アンヌはラピスを食べちゃったの!?」


 僕は、思わず身を乗り出してサクマに向かって尋ねた。


「初めはアンヌは、拒否したよ。誰だって、最愛の相手の命を奪ってまで生き永らえたくないし…!ラピスがもう助からないなら、自分もラピスと一緒に死ぬって!だけど…ラピスは、胸から致死量に近い血を流して、息も絶え絶えになりながら、必死に自分を食べるように―――アンヌに生きて欲しいと必死に訴えるんだ。」


 サクマは、辛そうに胸を押さえながら言葉を紡ぐ…。


 僕だって、ラピスの立場だったらアンヌに生きて欲しいし――アンヌだったら、ラピスを食らうことなく一緒に死を選ぶと思う……。



「―――アンヌのお腹にはね、新しい命が宿っていたのよ。ラピスとの愛の結晶がね…。」


 いつのまにか、電話を終えてリビングに戻って来たアンリのママさんが言った。


「だから、ラピスはアンヌに生きて欲しかったの。アンヌのお腹の子は、人間と吸血鬼の混血児だから、人間のラピスと同じ時の流れの速さでは生きられないから…。ラピスは、アンヌにお腹の我が子にために生きて欲しいって……。

 アンヌは、意を決して…ラピスの首筋に紅い唇を這わせて、吸血鬼の牙をたてるの。アンヌの毒は猛毒だけど、麻酔の効果もあるの…。ラピスは、あらゆる苦痛から解放されて……安らかにアンヌの一部となるの……。」


 アンリのママさんは、リビングの棚に軽くもたれ掛かりながら、顔を伏せて悲しげに言った…。


「ラピスは、アンヌの中で生き続けているのよ…。それから、アンヌはラピスとの子どもを無事に出産するの。」


「この物語は、そこで終わるんですよね…。元気な産声をあげて泣く赤ん坊を抱き締めながら、アンヌも涙を流して泣き叫び続けて……。」


「ふふふ♡ この物語には、まだ続きがあるの!実は、今『吸血鬼の恋患い』の続編を執筆中なの!主人公は、アンヌとラピスの子どもでね~!年内に書き上げて、早ければ来年の春頃には出版できるんじゃないかなぁ~♡?」


 アンリのママは、さっきまでの悲しい顔が嘘みたいに、顔を上げて明るい調子で言った。


「本当ですか!?うわぁー♡!楽しみだなぁ~!俺、あのラストずっとモヤモヤしてて、続編を待ち望んでいたんですよ~!!」


 サクマも嬉しそうに瞳をキラキラさせて叫んだ。


「うふふ♡ そう言ってもらえると、嬉しいわ~。あっ、でも…出版は本当に順調に行けばの話しでね~。私、日本語は話せるけど、読み書きは出来ないから…。日本語版の出版は主人に翻訳してもらってからだからなぁ~、まだまだ先になるかも…。」


「あぁ!ご主人は、翻訳家の聖 碧瑠璃(へきるり)先生ですよね?聖…杏璃さんから伺いました。碧瑠璃先生は、今日はいらっしゃらないんですか?俺、碧瑠璃先生のファンでもあるんですよ!

 碧瑠璃先生は、海外作家の児童書やファンタジー小説の翻訳をなさっていて、俺が子どもの頃、読んでた大好きな絵本も小説もほとんど碧瑠璃先生が翻訳してくださったものばかりで!ぜひ、一度お会いしたいと思ってまして!!」


 サクマは、前のめりになって興奮気味に尋ねた。


「あらぁ…。ごめんなさいね、碧瑠璃さんは、今ね世界中を旅してるの。あの人、幼い頃から絵を描いたり空想をするのが好きで、実は絵本作家志望だったのよ。でも、貧しい母子家庭育ちで、経済的に苦労しながら大学を卒業してね、安定した収入を得るために大手の出版社に就職して海外文学の翻訳家になったそうよ。」


 アンリのママさんは、リビングの棚の上から木製のアンティーク調の写真立てを持って来た。


 写真立てには――前髪が綺麗に切りそろえられた黒髪の短髪に、丸いメガネをかけたスーツ姿の男性が本を片手に読みながら微笑んでいる写真が納まっていた。


「じゃじゃ~ん♪これが、碧瑠璃さんよ。ふふっ♡ あの人、本当に本が大好きでねー。子どもみたいに無邪気に目を輝かせて読んでるのよ。碧瑠璃さんの笑顔って、杏璃に似てるでしょう♡?」


 たしかに、写真の中の碧瑠璃さんは、純日本風の端正な顔立ちをしているけど、英国人のママさん似のアンリとは髪も目の色も違うのに、無邪気に微笑んでいる顔は、どことなくアンリに似ている!


「碧瑠璃さんはね、私が杏璃を出産してすぐに、本格的に絵本作家になるために、世界中の国々に伝わる童話や神話を知りたいって、勝手に放浪の旅に出ちゃったの…。本当に良い歳して、中身は子どもでねぇ…。思い立ったら、わき目も降らずに一直線なのよー。」


 アンリのママさんは、呆れたように苦笑しながら言うと、愛おしそうに碧瑠璃さんの写真を撫でた。


「それじゃあ、アンナ・マリー先生が作品を書き終えても、碧瑠璃さんが帰国してくれないと、翻訳版を読めないんですねぇ……。」


 サクマは心底残念そうにがっくりと肩を落としてしまった。


「真理君、心配しないで。今の時代、ネットがあるんだから、私の書いた原稿を電子データで送れば碧瑠璃さんが地球のどこにいても翻訳して、それをまたデータ化して送ってもらえばすむんだから♪わざわざ帰国する必要なんてないのよ。

 だから、あの人ったら味を占めて、絵本の題材探しに夢中でほとんど家に帰って来ないのよ…。」


「ママさんは、寂しくないんですか?アンリだって…」


「そうねぇ……私は、杏璃の体調管理と執筆の締め切りに常に追われているから、寂しいなんて思う暇ないのかも。杏璃も自分の体調や治療のことで不満や我儘はちょくちょく言うけど、父親を恋しがって私を困らせたことは一度もないわねぇ。あの子、碧瑠璃さんよりも私のことが大好きだから♡」











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