第37話 吸血鬼の恋患い
―――放課後―――
僕とサクマは、アンリの家にやって来た。
「ただいま~!ママー、アンズとまりりん連れて来たよ~♪ほら、二人とも、入ってどうぞ~♡」
アンリは、僕とサクマの背中を押しながら、リビングの方へ誘う。
「あら、いらっしゃい♡!杏子ちゃん、それに真理君よね?」
アンリのママさんがにこやかに僕達を出迎えてくれた。
ママさんは、本日も大変お美しく、シックなベージュのロングドレスに肩からレースのブランケットを羽織っている。
アンティーク調の風情ある洋室と相まって、まるで英国の貴婦人みたいだ!
「はっ、はじめまして…!佐倉真理です。」
サクマが緊張気味に挨拶した。
「うふふ。杏璃から聞いているわよ?真理君、私の推理小説のファンなんですってね?」
「はっ、はいぃー♡!!俺、小学生の時にアンナ・マリー先生の『名探偵アポロ~ストロベリー畑殺人事件~』を読んでから、ずっと先生の大ファンなんです!本当に、お会いできて光栄です♡!!」
サクマは、感激で顔を真っ赤にして、尊敬と敬愛の瞳で憧れのアンナ・マリー先生を見つめながら言った。
「うふふ♡ 立ち話もなんだから、みんな座ってお茶にしましょう?――あぁっ!待って、杏璃は先にお薬をしないと…。」
お薬?
「えぇーっ!?ママ~、今日はボク元気だからお薬はいらないよー。」
アンリは、駄々っ子のようにママさんに反論した。
アンリ、僕より2歳も年上なのにお薬が苦手なんて可愛い~♡
「ダメよ!昨夜しなかったんだから、アンリはお茶よりお薬が先!明日も元気に学校行きたくないの?また体調を崩したら、杏子ちゃんに会えなくなっちゃうわよ~?」
「わかったよ…!ごめんね、アンズ、まりりん。ボク、ちょっと行って来るね…。」
アンリは、渋々、言うとリビングを出て行ってしまった。
「ママさん。アンリのお薬って、何ですか?」
わざわざ別室に移動して飲む薬って?
「あぁ。アンリのお薬は、点滴なの。だから、30分くらい横にならないといけないの。必ず、一日一回は摂取しなきゃなのよ。」
アンリの病気は、入院で完治したわけじゃないんだ……。
家でも毎日、点滴をしなきゃならないなんて……。
「さぁ、さぁ!二人とも、ソファーに座って。メイドのステラが美味しいアップルパイを焼いてくれたのよ♪」
ママさんがテーブルの上にある小さなハンドベルを鳴らすと、ステラさんが豪華なティーセットと焼き立てのアップルパイを運んで来た。
「うわぁ~♡!美味しそう~♡!」
ステラさんは、大きなアップルパイを均等に切り分けて白いお皿に載せると、おしゃれな花柄のティーカップに熱い紅茶を注いでくれた。
「どうぞ、召し上がれ♪遠慮しないで、どんどん食べてね。」
「いただきまーす!――うんっ♡!すごく美味しいです♡!」
ステラさんの焼きたてのアップルパイは、温かくて大振りに切られた甘いリンゴがたっぷり入っていて、こんがり焼き色の付いたパイはサクサクで♡!
「パイの焼き加減も絶妙ですねぇ~♡!俺の母も最近、お菓子作りに凝ってて良く作ってくれるんですけど、この絶品アップルパイには、敵わないですよぉ~!」
「ふふふ。うちのステラは、元パティシエールだからね♪でもお菓子を手作りしてくれるなんて、真理君のお母様、素敵じゃない?」
「下手の横好きですよー。焼きムラは酷いし、パイなんか生焼けじゃなきゃマシな方ですもんwww
あっ!そういえば、望月も前にクッキー焼いてくれたことあったよな?あれ、すごい美味かったんだよなぁ~。」
「そりゃあ、そうだよ。だって、僕のクッキーは、ステラさんから作り方を教わったんだもん!」
「おほほほ。そうでしたねぇ…。あぁ、懐かしいですねぇ~。幼い杏璃様と杏子様が小さな可愛いお手々で私と一緒に菓子作りを良く手伝ってくださいましたっけ……。」
ステラさんは、しみじみと懐かしそうに呟いた。
「そうよねぇ…。あんなに小さかった杏璃も杏子ちゃんも、もう高校生なんだものねぇ……。あの頃の私は、ちょうど『吸血鬼の恋患い』を執筆していたっけ……。」
「吸血鬼の恋患い…?って何ですか?」
「望月!?お前、知らないのかよー!?『吸血鬼の恋患い』っていえば、アンナ・マリー先生の世界的大ヒットしたファンタジー恋愛小説だぞー!」
サクマが驚いたような顔で叫んだ。
「えっ?アンリのママさん、推理小説だけじゃなかったの?」
「ハァー…!(クソデカ溜息)アンナ・マリー先生は、元々、恋愛小説でデビューしたんだぞ?」
そんなこと言われても、そもそも僕はあんまり読書好きじゃないし……。
お恥ずかしながらアンリのママの本は、一冊も読んだことないんだ……。
「そう…なんですか……。すみません、僕、あんまり本は詳しくなくて……。」
「ふふふっ。気にしないで。そうよねぇ~、男の子はあんまり恋愛小説なんて、読まないものねぇ…。」
「俺は、読みましたよ!!『吸血鬼の恋患い』って…すごく、切ないお話でしたよねぇ……。」
サクマは、苦しそうに胸を押さえながら言った。
「サクマ。それって、どういうストーリーなの?」
「――奥様、出版社の方からお電話です~。」
ステラさんに呼ばれて、アンリのママさんが立ち上がった。
「あら?さっき送った原稿に不備があったのかしら…?ちょっと席を外すわね。二人とも、ゆっくりしていってね。」
アンリのママさんは、電話をするためにリビングを出て行った。
「それで、どういうお話なの?」
僕は、サクマに『吸血鬼の恋患い』のあらすじを聞いた。
「自分で買って読めばいいだろう?」
「サクマ、僕が読書苦手なの知ってるだろう?」
教科書とかは大丈夫なんだけど、僕はびっしりと並んだ文字を見てると眠くなっちゃうんだよ…。
「まぁ、ざっくりあらすじだけ言うと…。『アンヌ』っていう吸血鬼の美女が主人公で、アンヌは自分に好意を持った人間の血しか吸えない特異体質でさ、奴はその絶世の美貌で人間の男も女も誑かして生き血を吸って、老いることなく何百年も生き続けていたんだ。
アンヌは人間の血を吸う時に、蚊みたいに毒液を人間の体内に注入する。ただ、蚊の痒くなる毒と違って猛毒だから、アンヌに血を吸われた人間は必ず絶命する。」
「それが恋愛ファンタジーなの…?」
「アンヌは、人間をエサとしか思っていなかったんだけど、ある時『ラピス』っていう人間の青年に本気で恋をしてしまうんだ。ラピスもアンヌのことが好きで、両想いになるんだけど……
吸血鬼は、人間に恋をすると病気になってしまうんだ。だから、アンヌもその不治の病に侵されてしまい、命の危機を迎えるんだ。」
恋したら、病気になって死んじゃうなんて……!?
恋患いって、レベルじゃないじゃん…!!
「それで、どうなっちゃうの!?」
「吸血鬼の恋患いを治す手段は、ひとつだけあるんだ。それは――相思相愛の相手の生き血を吸い肉を食らうこと…。アンヌの命は、最愛のラピスの血と肉を食らえば助かるんだ。」
「でも!それじゃあ、ラピスが死んじゃうじゃないか!?」
「あぁ…。ラピスの命を奪いたくないアンヌは、このまま死を選ぼうとするんだ。けれど…ラピスだって、アンヌを失いたくない……。
だから、ラピスは……自分の胸に深々とナイフを突き刺して、アンヌに自分の身体を差し出すんだ。ナイフは心臓にまで達しているから、もう自分の命は助からないから、生きているうちに自分を食べろって……」




